第３章　犯罪の成立要件および犯罪論の構造
犯罪の成立要件および犯罪論の構造

犯罪の成立要件および犯罪論の構造

一　犯罪の成立要件

　刑法総論の主要な分野は，犯罪論と刑罰論とに分けることができます。犯罪論では，どういう要件が備わったならば，刑法上，犯罪の成立が認められるかについて論ぜられ，刑罰論では，その犯罪に対して，どのような刑罰が科せられるかが問題とされるのです。刑罰論も重要ですが，今日の刑法学上，とくに議論が集中しているのは犯罪論ですので，本書では，犯罪論の説明にできるだけ重点をおくことにします。

　刑法において，犯罪とは，われわれの社会的共同生活を侵害する人の行為のうち，刑罰を科せられるべきものをいいます。それゆえ，たとえば，高度の精神病のために物事の是非善悪を見分けることのできない者が残忍な殺人を犯したとしても，その行為は，今日の刑法では罰せられませんので（39条1項参照），刑法上の犯罪とはならないのです。

　刑法上の犯罪は，次の３つの要件が具備されたときに成立すると解されます。この３つの要件を犯罪成立要件と呼びます。

(1) 構成要件該当性
　犯罪か成立するには，第一に，行為が刑法の規定する構成要件に該当することが必要です。右に述べたように，犯罪は，社会的共同生活を侵害する人の行為のうち，刑法によって処罰されるべきものに限られますが，処罰される行為は，罪刑法定主義の建前から，まず，成文刑法の定める犯罪の要件に合致するものでなければならないのです。

　構成要件とは，刑法の定める犯罪の型であり，犯罪の要件についての大枠だといってよいでしょう。刑法は，犯罪ごとに構成要件を定めています。たとえば，殺人罪においては，「人を殺した者」というのがその構成要件です（199条参照）。殺人罪が成立するためには，行為者の行為が，まず，この構成要件に当てはまること，すなわち，構成要件該当性をもつことが必要なのです。

(2) 違法性
　構成要件に該当する行為が犯罪となりうるためには，第二に，それが違法性を備えていなければなりません。違法性とは，行為が法に違反すること，つまり，法的に許されないことですが，その実質は，人間の社会的共同生活を侵害し，かつ，国家・社会的倫理規範に違反していることにほかなりません。そして，構成要件は，元来，人間の社会的共同生活を侵害し，国家・社会的倫理規範に照らして放任しえない行為を類型化して作られたものですから，構成要件に該当する行為は，通常，違法性をも備えているということができます。しかし，例外的に，たとえば，正当防衛によって人を殺した場合のように，殺人罪の構成要件に該当する行為についても，違法性が欠けることがあります。このように，構成要件に該当する行為について，その違法性を排除する事由を違法性阻却事由と呼んでいます。

(3) 責　任
　犯罪が成立するには，さらに，第三に，構成要件に該当する違法な行為に対して，その行為者に責任が認められることが必要です。責任とは，行為について，その行為者に刑法上の非難を加えうろことを意味します。たとえば，先に例示した，物事の是非善悪の区別のつかない精神病者が人を殺しても犯罪にならないのは，その殺人行為は，構成要件に該当し，違法でもあるのですが，精神的欠陥のある行為者に対しては，その行為を非難することができず，責任が欠けるからです。このように，構成要件に該当する違法な行為について，行為者の責任を排除する事由を裏任阻却事由といいます。

　そして，以上の３つの要件をまとめて，犯罪成立要件を定義しますと，「犯罪とは，構成要件に該当する違法かつ有責な行為である」ということになります。この定義は，犯罪論の骨子をなすものです。

　なお，これらの３要件は，右に述べた順序で考えられることが必要です。それは，犯罪の成立についての検討が，この順序で進められることによって，順次，一般的なものから特殊的なものへ，また，抽象的なものから具体的なものへと推移しうるのであり，思考経済的に合理性をもつばかりでなく，裁判における犯罪認定の方式にも適合しうるからです。それゆえ，犯罪論は，これら３要件を基幹として体系づけられるのです。

二　犯罪論の根底における行為の意義

　右に述べた犯罪の定義にもあきらかなように，犯罪は，一般的に，人の行為だということができます。行為は，後に説明するように，構成要件の要素，違法性の要素としても，刑法上，重要な意味をもちますが，その前提として，まず，犯罪論の根底において，刑法的評価の対象とされるべき行為の意味を考えておかなければなりません。

　この意味の行為には，およそ犯罪となる可能性を有するものはすべて包摂されるとともに，その可能性のないものはできるだけ除外されることが望ましいといえましょう。しかし，それは，刑法的評価の対象ときれるものであって，まだ刑法的評価を経たものではありませんから，十分な概念的厳密さを期しがたいことも当然です。

　ところで，犯罪には，その基本形態として，作為犯，不作為犯，故意犯，過失犯などの区別がありますが，行為の概念は，これらにあたりうるものは，ひとまず，すべて包含する反面，あきらかに処罰の対象となりえないものは除外して考えられるべきです。右にあげた各犯罪は，後に構成要件の問題として詳述しますが，話を進める便宜上，ごく大まかに説明しておきますと，作為犯とは，たとえば，犯人が短刀で被害者の心臓を突き刺して殺した場合のように，作為，すなわち，犯罪の実現に向けての積極的な身体活動を内容とする犯罪であり，不作為犯とは，たとえば，母親が嬰児を餓死させようとして，ことさら授乳を怠った場合のように，不作為，すなわち，犯罪の実現に向けての消極的な身体活動を内容とする犯罪です。また，故意犯とは，犯罪と知りつつ，あえてそれを犯す積極的態度によるものをいい，過矢犯とは，不注意でうっかり犯してしまう消極的態度による犯罪をいいます。

　なお，あきらかに処罰の対象となりえないものを除外する趣旨から，行為は，外界にあらわされた身体の動静に限られなければなりません。単に内心に犯罪意思を抱いているだけで，それが外界にあらわされていない段階では，その意思が倫理的にどのような非難をうけるものであっても，今日の刑法上は処罰されませんので，まだ行為があったとはいえないのです。「何人も，思想の故に罰せられることはない」という法格言は，このことを意味しています。なお，身体の「動静」とは，作為と不作為とを併せて含む趣旨です。

　刑法における行為の概念をめぐって，従来，自然的行為論，社会的行為論，目的的行為論などが主張されています。自然的行為論は，19世紀以来のもので，刑法上の行為を自然的・物理的現象として把握しようとする立場です。適用上，きわめて明快ですが，その理論を徹底させると，不作為は，物理的現象といえませんので，行為から除かれねばならないという欠陥があります。これに対して，社会的行為論は，社会的に意味のある，人の有意的な身体の動静を行為と解しますので，不作為も行為に含ませることができますが，たとえば，鉄道の踏切番人が，居眠りをしていて，定刻に遮断機を降ろすことを忘れたため，列車と自動車が衝突して死傷者が出たというような，いわゆる忘却犯の場合には，踏切番人の不作為には有意性が伴いませんので，行為にあたらないと解されることが少なくないのです。しかし，忘却犯も不可罰とすることはできませんので，この立場も，犯罪にあたりうるすべての行為を包含する機能を果たしえないことになります。

　目的的行為論は，第二次大戦の前後から，ドイツで勃興し，わが国にも強い影響を及ぼしました。それは，従来の自然的行為論・社会的行為論の立場を客観的・因果的な身体活動の面のみを行為と解する因果的行為論だと非難し，みずからは，存在論的見地に立って，行為は，行為者が一定の目的を予定し，その達成に必要な手段を選び，これを目的の実現に差し向けるものでなければならないと説き，自然的行為論・社会的行為論においては，行為の要素ではなく，もっぱら責任の要素とされていた故意を，行為の本質的要素とみるのです。この立場には，行為概念に積極的に主観的要素をとり入れた点に注目すべき意義がありますが，行為の要素としての目的性を強調する点や存在論的立場を徹底しようとする余り，かえって混乱をきたしている一面があるといえましょう。たとえば，過失には目的性が欠けるのではないかという疑問に対して，この立場からは，自動車の運転を誤って通行人をひいた場合，運転者には，通行人をひく目的はなかったが，自動車を運転してドライブをする目的はあったのであり，つまり，法的に重要でない結果を目ざす目的があるという理由で，過失行為も目的的行為なのだと説明されるのが一般です。しかし，あきらかに法的意味をもたない目的をことさら強調することは，犯罪論の根底において刑法的評価の対象とされる行為を論ずる上にも，無用なことだと思います。素直に考えれば，過失の場合には，故意の場合と同様な目的性は欠けているのであり，したがって，目的性を行為の基本的要素と解するかぎり，故意の行為と過失の行為とをまとめて，統一的な行為概念を導くことは不可能だといわねばなりません。また，目的的行為論は，存在論的立場を強調する結果，不作為は存在しないものだから行為ではないとし，作為による行為と不作為とを纏める上位概念として，「人間の行態」という観念を用いています。しかし，これでは，犯罪となりうるものをすべて包摂するという行為概念の機能は失われ，上述した自然的行為論などと同様な非難を免れないのです。

　右のような考察を踏まえて，私は，刑法における行為は，行為者の人格のあらわれとみられる有意的な身体の動静であって社会的に意味のあるものと解するのが適当であると考えています。それは，客観的な身体の動静だけでなく，身体の動静を導く主観的要素をも含みますが，主観的要素としては，必ずしも目的性を必要とすべきでなく，有意性，すなわち，身体の動静に対して，行為者の人格のあらわれとしての意味を付与する心理的態度かうかがえれば足りるのです。そして，身体の動静が，行為者の先天的な素質と後天的な環境の影響とからの制約をうけながらも，具体的な行為環境を場として，行為者自身によって選ばれたものとみられるときは，いいかえると，他の身体的動静をとりえたのに，積極的にであれ，消極的にであれ，行為者があえてそれを選んだと認められる場合には，その身体の動静を行為者の人格のあらわれとみてさしつかえないと思うのです。このような考えを人格的行為論と呼ぶことができましょう。

　人格的行為論においては，行為には，作為も，不作為も，故意によるものも，過失に基づくものも，すべて包摂されますし，忘却犯の場合も，行為者の人格のあらわれとして，やはり，行為に含められます。しかし，単なる筋肉の反射運動や絶対的強制状態の下でなされた身体の動静などは，行為者の人格とは無縁のものであって，行為にはあたりません。そして，これらは，今日の刑法上も，処罰の対象とされないのです。

三　構成要件該当性と違法性との関係

　犯罪成立要件の第一のものである構成要件該当性と第二のものである違法性とは，どのような関係に立つのでしょうか。

　犯罪成立要件として構成要件該当性の観念を用いる考えは，1906年，ドイツのベーリングによって初めて提唱されたのですが，その後，同じくドイツのＭ・Ｅ・マイヤーおよびメッガ−によって修正を与えられ，発展させられたのでした。そして，構成要件該当性と違法性との関係について，この三人の学者の説くところは，典型的な対立を示しています。

　ベーリングは，構成要件該当性と違法性とを，相互に関連し合わないものとして，厳格に区別しました。構成要件の内容は，記述的な，つまり，単なる認識的判断によって理解されるものと，客観的なものとに限られるべきであるが，違法性の観念は，本来，規範的な，つまり，その存在の有無を定めるについて価値判断を必要とするものであって，両者は，互いに性格を異にし，相いれないというのです。

　これに対して，Ｍ・Ｅ・マイヤーは，構成要件の要素として，記述的要素，客観的要素のほかに，規範的要素があるとし，また，主観的違法要素の存在しうろことも認めています。そして，構成要件該当性は，違法性の重要な認識根拠であり，両者の関係は，あたかも煙と火とに例えられるべきものだと説きました。すなわち，構成要件に該当する行為は，通常，違法性を具備すると推定されるのであり，とくに違法性阻却事由が認められないかぎり違法だとするのです。

　メッガーは，構成要件の内容として，記述的要素，客観的要素とともに，規範的要素，主観的要素の存在することを明らかに認めつつ，犯罪成立要件としては，「行為」「不法」「責任」という３つの要件をあげ，その「不法」の中に，構成要件該当性をも含めて理解しています。彼の立場からすれば，構成要件に該当する行為は，同時に，違法でもあるのであり，したがって，構成要件該当性は違法性の実在根拠だとされるのです。

　どの立場が妥当でしょうか。私は，基本的に，Ｍ・Ｅ・マイヤーの見解とほぼ同様に，構成要件該当性は運法性の認識根拠であると解しています。すでに犯罪成立要件について説明したところも，その立場から行ったものです。すなわち，刑法上，構成要件として規定されているものは，元来，立法者が，われわれの社会的共同生活を侵害する人の行為のうち，国家・社会的倫理規範に則して許しがたいと認められるもの，つまり，違法であるべき行為を類型化して犯罪の要件としたものですから，構成要件に該当する行為は，通常，違法性をも備えているということができます。ベーリングの見解は，この当然の事理を看過しており，実際的意味に欠ける嫌いがあります。一方，メッガ−の立場は，構成要件該当性と違法性との性格の違いを十分に考慮していないといえるでしょう。構成要件該当性とは，行為が構成要件という犯罪の大枠に当てはまることだけを意味し，該当性の程度とか，該当する行為の重さなどの評価を含むものではありませんし，構成要件該当性の有無の判断も，基本的に，形式的判断であり，事実判断の性格をもつべきです。これに対して，行為が違法であるかどうかを決するには，必ずしも犯罪の枠にとらわれない実質的判断が必要ですし，かつ，つねに法的な見地からの価値判断がなされなければなりません。また，違法性については，（［為が違法かどうかのほかに，違法である場合には，どの程度に違法であるかという，違法性の程度も検討される必要があるのです。このように，構成要件該当性と違法性とが異なった性格のものである以上，犯罪成立要件としても，それぞれを独立させて取り扱うべきであり，両者を安易に「不法」という概念に一体化させているメッガーの立場は当を得ないものといわざるをえません。これに対して，Ｍ・Ｅ・マイヤ−の見解は，先に犯罪成立要件として示した立場と異なりませんので，基本的に妥当であると解されます。

四　構成要件該当性と責任との関係

　犯罪成立要件の第一のものである構成要件該当性と第三のものである責任との間にはどのような関係があるのでしょうか。ベーリングによってはもちろん，Ｍ・Ｅ・マイヤーによっても，メッガーによっても，この点は積極的に認められていませんでした。そして，今日の通説的見解も，これを否定しているといってよいでしょう。すなわち，構成要件は，違法な行為を類型化したものであるが，行為者の責任までを類型化したものではないと解されているのです。

　これに対して，構成要件は違法類型であるだけでなく，有責の類型でもあるとして，構成要件該当性と責任との間にも結びつきを認められたのは，小野清一郎博士です。博士は，昭和の初年以来，ベーリング，Ｍ・Ｅ・マイヤーらの構成要件理論を踏まえつつ，その理論についての徹底した研究を遂げられ，構成要件に刑事訴訟法学的機能をも付与するなど，ドイツの学説を超えた理論的発展をもたらされましたが，構成要件該当性と責任との関係についても，独自の主張を示されたのです。

　おもうに，構成要件の要素中には，本来，責任の要素であるべきものが類型化されているとみられる場合が少なくありません。たとえば，行為者が適法な行為を行うことについての期待可能性は責任の要素とされていますが，それが存在しない場合や軽減される場合を構成要件中に取り込んだとみられる事例はいくつもありますしたとえば，刑法105条・152条など），また，目的犯における目的宅とえば，刑法77条・92条・148条など参照）や，常習犯における常習性宅とえば，刑法186条参照）なども，構成要件の要素であるとともに，実質的には，責任の要素でもあると解されます。これらの構成要件要素が含まれていることが，構成要件に責任類型としての意味を与えていることは否定しえないと思います。そして，今日では，さらに，故意・過失を，第一次的に，構成要件的故意・構成要件的過失としてとらえ，これを主観的構成要件要素とみる見解が一般化しています。この立場においては，構成要件的故意または構成要件的過失が存在することによって，行為が故意犯または過失犯の構成要件に該当する場合には，一応，その行為者には，責任の要素としての責任故意または責任過失が存在するという推定がなされうるものと解されるのです。構成要件的故意が認められる場合には，実際上，その大部分について，責任の面でも，行為者に故意があるといえますし，また，構成要件的過失があるとされるほとんどの場合について，責任の面でも，行為者には過失が認められるといえるからです。こうして，構成要件該当性は，責任の存在についても，事実上，認識根拠としての意味をもっとみることができましょう。

　もっとも，構成要件該当性と責任との関係は，構成要件該当性と違法性との関係ほどは緊密でないことにも注意しなければなりません。これは，とくに，違法性の判断が，社会における通常人を基準として，行為者の行為が刑法上許されるかどうかを定める一般的判断である点で，構成要件該当性の有無の判断と共通した性格をもつのに対して，責任の判断は，行為者自身の一身的な事情を考慮しつつ，当該行為についての非難可能性の有無を論ずる特殊な判断であって，構成要件該当性の判断とはまったく異質のものであることに基づくのです。それゆえ，構成要件に該当する行為について，違法性が具備されていることを判定するには，単に違法性阻却事由の存在しないことを確かめれば足りるのに反して，責任に関しては，構成要件該当性が認められる場合に，一応，行為者の責任も存在するものと推定され，かつ，実際上も，大部分の場合について，責任の存在が肯定されるにしても，理論上は，さらに，責任能力や責任故意・責任過失など，独自の責任要素の存在することが確かめられなければ，終局的に，行為者に責任があるとはいえないのです。

　しかし，いずれにしても，このように，構成要件該当性と違法性との間にだけでなく，構成要件該当性と責任との間にも結びつきが認められることによって，先にあげた３つの犯罪成立要件は，重畳的に密接に関連し合い，一貫した強固な犯罪論体系を構成しうると解されるのです。
犯罪の成立要件および犯罪論の構造