さてマックス・ウェーバーの方法は、マルクスのばあいにみられるような「疎外からの回
復」という観点に立つ経済学の方法というものは、もちろんもっておりません。そして、その
点は、或いはヴェーバーが終りまで経済学プロパーに出ていくことのなかった一つの原因では
ないかとも考えられます。か、しかし、他面、彼のばあいには、経済以外の文化諸領域におけ
る「固有な法則性」Ｅｉｇｅｎｇｅｓｅｔｘｌｉｃｈｋｅｉｔの社会科学的追求を可能にするような方法をみごとに
つくり上げたということかできると思います。つまり、経済現象に関する厳密に経済学的―
経済社会学的でなくＩな分析の実りは十分ではなかったか、他面、またそれだけに、具体的
な生きた人間の多面的な姿を視野のうちにおきながら、社会現象を科学的に追求しうるような
方法をきたえあげた、ともいえるように思うのです。そこで、そういう視角から、ヴェーバー
は、いったいどのような形の社会科学方法論を考えたのかということを、次回に皆さんととも
に考えてみたいと思うのですか、まだ少々時間がありますので、もう少し、マルクスにもふれ
ながら、ヴェーバーのそうした方法意識について予備的な説明をしておきたいと思います。
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さて、マックスーヴェーバーは一八六四年の四月二十一日の生まれですから、今年はちょう
ど生誕一〇〇年にあたります。マルクスに比べると時代はだいぶ新しいのですか、それでも今
からみれば、かなり古い人です。そこで、そんなに古い学者の研究にまで立ち帰る必要など、
もうないじゃないか、もっと新しい学説に取り組むべきだという考え方も、かなり強く出てく
るわけです。それは’ある意味で、たしかに正しいものを含んでおりますか、しかし、新約聖
書にもありますように、「古きは良し」ということもありまして、葡萄酒と同じように、新し
い学説がつねに良いとは決して申せません。そういケわけで、そんな古い学者の学説をいまさ
ら、というふうにすぐにはお考えにならないで、私のいうところを、いちおう聞いていただき
たいと思います。
それから、先ほども申しましたか、マルクスとヴェーバー両者の学説は、ふれあうことのな
い、まったく異質のものだ、というような考夊『方があります。マルクスかヴェーバーか、こう
した二者択一は成り立つけれども、マルクスとヴェーバー両者の学説か、あるところで重なり
合い、また補い合うというようなことは、およそ考えられないというわけです。もちろんヴェ
ーバーの社会科学は、いわゆる近代理論と或る点で親近関係に立っている。このことはある意
味でたしかに正しい。しかし、他面マルクスの歴史理論や経済理論となんの類縁関係もないか
というと、そんなことはなく、私は、両者のあいだにそうとう重なり合うものかあるように思
います。これは、同じヨーロッパの思想史のなかから生まれたものだから、重なり合うものか
あるのは当然のことで、月の世界のものと火星の世界のもののように、ぜんぜんふれ合わない
というようなことはあり得べがらざることです。現代のアメリカの社会科学もマルクス、フロ
イト、ダーウィン、この三人の学説から大きい影響をうけているということか指摘されていま
すか、マルクスとヴェーバーのあいだには、これよりももっと多く重なり合うものかあるよう
に思います。そこで、さしあたってはマルクスとヴェーバー両者の対抗関係といったことにあ
まりこだわらないで、聞いていただきたいと思います。
もう一つヴェーバーについては、あれは政治的反動だという意識がことに革新的な方々の頭
にはこびりついておりまして、なにかというと、けしがらんやつだ、というような感情か先に
立つようでありますか、そういう先入主見は、さしあたって、どうかお持ちにならないで、話
を聞いていただきたいのです。彼がむしろ少なくともリベラルな態度の持主であったことは、
バイエルンの急進的な学生エルンストートラーなんかを反動的団体から防衛してやったことか
らでも判かるはずです。もちろん、彼は当時の極左政党の立場には立だなかった。それは確か
です。しかし、そういう点だけからいきなり彼の思想について、なにかひじ。うに大ざっぱな
きめつけをするのは少々あわてすぎているように思います。が、ともかくここでは、しばらく
のあいだ、そうした論点から離れて純粋に科学方法論の問題として、この話をお聞き願いたい
と思うのです。
そうしたことからとの関連で、ここで、ヴェーバーのいうヴェルトフライ（イト（価値自由）
ということに、ちょっとふれておきましょう。ふつう没価値性などと訳されるヴェルトフライ
（イト（価値自由）は、もちろん価値判断を不当にまじえたりしないでことからの真実を冷静に
みきわめていくということですか、しかし、それは、そもそもことからを見究めるための視野
を設定するのに必要な価値観点をさえも含めないということでは決してないのです。むしろ、
そうした問題ないし視野を設定するのに必要な価値観点を主体的に選びとる、その自由こそが、
ヴェルトフライ（イト（価値自由）のなかに入っていろわけです。いや、そうしたいわゆるヴェ
ルトペツィーウング（価値関連）の問題だけに止まらない。誤解を恐れずにいえば、対象化され
た形ならば価値判断はむしろ研究過程で積極的に取りいれられていなければならない。彼のい
うヴェルトインテルプレタツィオン（価値解釈）がそれなのです。（この点については、―「経済人口
ビンソンークルーソウ」を参照されたい。）ともに駆ぐ、ヴェルトフライ（イトは、こういう両面をも
っております。これからヴェーバーについてのお話をいたしますか、そういう意味でヴェルト
フライに、とくに常識的なイメージからくる予断を入れないで、ひとつ不当な価値判断の介入
から自由に、お聞き願いたいと思います。
さて、ヴェーバー社会学のばあいにも、マルクスのばあいと同じように、出発点は生きた、肉
体をもった、そして経済活動をも営む人間諸個人です。が、ヴェーバーのばあいには、。マルク
スのばあいとちが｀つそ、ｙただ彼らの経済活動だけにもっぱら力点がおかれるというのではあり ３
ません。つまり、人間諸個人」は、その生活のなかで、経済だけでなく、その他さまざまな文化
諸領域にも足を突っ翳ん。で払り、その端っこは経済のいわば対極をなしている宗教にまで入り
こんでいる。しかも、ヴェーバーのばあいには、
ぼす影響の重要さかとりわけ強調され、そして、
け
社｀と
いう文化領域の人間の社会生活におよ
会学というものにひじ。うに巨きな意
義があたえられることになるわけです。もっとも、この宗教という言葉を卒然と聞くばあい、
誤解か起る可能性か多いのですか、その意味内容についてはこの次に説明することにいたしま
しょう。
ともかく、ヴェーバーの社会学のばあいには、対象は、出発点ばかりでなく、終始、こうし
たさまざまな文化領域に足を突っこんでいる、そういう具体的な生きた人間諸個人なのです。
マルクスは、そうした生きた具体的な人間諸個人から出発するか、しかしその生活か入りこん
でいく文化諸領域の多面的な様相はさしあたって捨象し、「社会をなして生産しつつある」諸
個人という経済の領域に視野を限定した。そして、経済学批判の過程を通り抜けたのち、ふた
たび生きた、具体的な人間諸個人にもどってくることになる。ところか、ヴェーバーは、いま
いったような多面的な様相をおびている人間諸個人の具体的な営みを終始認識の対象にしなが
ら、社会科学かＩ自然科学と対比されるような意味合いで、社会科学かＩどうして成立し
りるかを追求しつつ、これを可能にする方法をうちたてていったわけです。
ところで、彼は、なぜ、こういう方法の問題を提起しなければならなかったのかというと、そ
れはもちろん、彼の周りにそういう問題を提起しなければならなくなるような事情か山積して
いたからでしょうか、わけても歴史学派伝来のロマンチックな人間観を批判する必要かあった
からだと思います。じつは、われわれも、戦後ｕだいぶよくなりましたけれども、同じような
問題を背負っているわけですか、それは、こういうことです。入間というものは、自由な意志
をもっており、その意味で非合理的なものだ。したがって、その行動を合理的にとらえ、また
Ｉ
予測するということは、全くできないとはいえなくとも、原理的に至難だ。さらにまた、そう
いうふうに合理的な予測をこえるものであるからこそ、人間は自然とことなっており、また人
格の尊厳もあるのだ。こういうふうに考える。ところで、こういう考え方からすれば、社会現
象については因果関係はたどりにくくなります。そこに成り立つのは、むしろいわゆるテレオ
ロギー（目的論的関連）、つまり人間か目的を設定し、そのための手段を選択しつつ行動するとい
う、目的一手段の関係ですね。こういう目的論的な関連は迫求でき名けれども、自然科学のよ
うに現象の因果関連を迫求しＩていくことは、きわめて限られた範囲内ではで孝るかも知れない
か、学問として本質的な意味をもたない。‐そしてまた、そうしたことこそ’が、ほかならぬ社会
39
｀＼
Ｉ社会科学の方法
科学の特性だということにもなるわけです。大ざっぱにいって、こういう考え方をした人々は、
その当時支配的な影響をもっていた歴史派経済学の学者たちでル牝か八ニロエーバーは、そうい 。
う雰囲気のなかにおかれていたために、改めて厳密な意味で扮会科学愉濔謫か成立しうる根拠
を問題にしなければならなかったといえまし。う。つまり現象の因果関連を追求する、あるい
は、因果性の範疇を用いて対象を研究するという点では、社会科学は自然科学に比べて、一段
と劣っている、またその点で劣っていることこそが、自然科学に比べて、社会科学の固有な特
徴なのだ、といったような考え方―これはわか国にも、いまでも、ある程度あるんじゃない
でしょうかＩを批判することか、彼に方法を問題にさせた動機の一つだった、といってよい
と思います。
そこで、そういう点をもう少し別の言葉で説明してみましょう。皆さんも、こういう考え方
をよくごぞんじでし。う。−自然科学はサイエンスだが、どうも社会科学は、経済学にした
って、本来サイエンスじゃない。結局、高等な知識であっても、知識の集積にすぎないから、
やろうと思えば常識でやれるだろう。―そこで、哲学や自然科学の論文はどんなに難解でも
何もいわないのに、社会科学の論文になると、一般の人々に難解だとすぐ文句をつけるばかり
か、難解だというかφで、その学問的価値を疑ったりするような雰囲気かときにありますね。
こういう科学の立場と常識の立場を峻別しえないような精神的雰囲気のなかでは、目的論的関
連と因果関連とか、すぐに混同される。たとえば、具体的な問題をとって考えてみます恆、明
治維新以後の日本の資本主義−このばあい産業化といいかえてもかまいませんＩは、どう
して、ああいうふうな姿をとって発達してきたか、という問いか出され、それに対して、当時
日本は列強の、すでに高度に発達した資本主義列強による外圧、そうした環境のなかで、それ
に充分対抗しうるような国民経済を形成しなければならなかった。そのためには、どうしたっ
て国内に資本主義産業を発達させなければならない。日本の政治家たちは慧眼にもそれを見抜
いて、列強の外圧に対抗するために、資本主義産業を強力に上から育成し、その結果、日本の
資本主義はああいうふうな発展をとげることになった、という答えか出されたとします。とこ
ろで、この答えはそれ自体決して誤ったことを言っているのではないのですか、よく気をつけ
てみますと、その中には、学問的にはきわめて危険な、目的論的関連と歴史的因果関連との混
同−少なくともその胚種−が含まれていますね。というのは、こうです。かりにその当時
の日本の政治家だちか、外圧に対抗するために資本主義産業を育成しようと考え、また断固と
して行動したところで、もし国内にＩ国内についてだけ考えてみてもＩ客観的にその条件
か具わっていなければ、とうていあのような姿をとって発展することはありえなかったわけで
す。つまり、目的論的な関連というものは、歴涜の過程で、もちろん一つの原因として作用し
ますか、そのほかにさまざまな諸条件かそれと重なり合って、はじめて一定の具体的な結果か
生まれることになるわけです。とりわけ、計画経済でなく、自然成長的な分業の基盤の上では、
たとい明確な目的を設定し、そのための手段を熟慮によって選択しつつ行動したからといって、
結果は必ずそうなるかどうかはまったく判からない。それどころか、しばしば全然意図しない
正反対の結果さえ現われることは、例の景気の過熱、不況、倒産といったことをお考えになる
だけでも明らかでしょう。ところで、ヴェーバーは、そうした目的論的関連を人間諸個人を行
動にまで押しうごかす一つの原因とみて、それを客観的な歴史の因果関連のなかに移しかえ、
そして因果性の範疇を用いて社会現象を対象的にとらえていく、それこそが社会科学の名にあ
たいする方法だと考えた。そして、それでこそ社会科学は自然科学に劣らず、科学的認識であ
りうると考えたわけです。
さて、さきにも申しましたように、当時彼の周辺で支配的な影響をもっていた歴史派経済学
の学者たちのあいだでは、たえず目的論的関連と因果関連とか方法的に混同されていた。こう
いう雰囲気のなかでは、歴史学か、あるいは倫理学や法解釈学のようないわゆる規範の学は育
ちうるかもしれないか、厳密な意味での社会科学は育ちにくい。というのは、目的論的関連と
因果関連か方法的に混同されているばあい、社会科学的認識のなかにはいつしか価値判断か不
当に入りこみ、そうした価値判断とともにさまざまなｙｙルージオン（幻想）も容易にすべりこん
にり ヽ
でくることになります。彼が、ヴェルトフライ（イト、とくに価値判断の不当な介人かちの自
山を、つまり科学的認識への価値判断の誤った混入の排除を主張した動機はまさにここにあっ
たといってよいでしょう。
ところで、そうした科学方法論を主張するためには、やはりそれ相応の根拠づけが必要にな
ります。そして、彼のばあいは、それを論理主義的な立場からやりとげようとしたわけです。
そのばあい、さきにも中しましたように、問題の要点はこうでした。人間か意志の自由をもっ
ており、その意味で非合理性を背負っていると考える限り、人間の行動は、さらに社会現象は、
原理的に「計測不可能」ｕｎｂｅｒｅｃｈｅｎｂａｒであるほかはない。そうだとすると、文化諸領域にお
いて合理化過程か進展するにつれて、人間か自由になり、意志の自由の領域か拡大されると、
それだけ人間の行為はますます非合理的になって、社会現象はますます計測不可能になってい
くということにならざるをえない。そして、合理化の徹底的な進展をみた近代社会では、社会
現象に関して、およそ科学的認識というものは成り立だなくなるということになるわけです。
そして、こうしたことが真実ではないことは、逆に近代にいたってはじめて社会科学か成立し
えたことからでも、明らかだといえましょう。
そこで、ヴェーバーは、意志の自由を計測不可能という意味での非合理性と等置する見解を
ますもって批判する必要にせまられ、そのためにも、彼は、歴史派経済学の学者たちの科学諭
を当面の対象にしながら、自分の科学方法論を展開せざるを得なかったのだと思います。彼は、
こういうのです。古典派経済学に見られるような、彼のいうナトウラリスムス、つまり、社会
科学の方法と自然科学のそれを簡単に同一視した自然主義的な科学方法論の、ある意味で批判
を意図した歴史派経済学は、その批判をきわめて中途半端におわらせて七まった。中途半端な
ゆえんは、へＩゲルあたりからもちこまれた「流出論理」Ｅｍａｎａtｉｏｎｓｌｏｇｉｋといいますか、有
機体的な発展の論理かそのなかに混入している点にある。カールーメンガーもその点を批判し
たか、また別の意味で、自然主義的方法に後戻りしようとしている。こう考えた。そしてヴェ
ーバーは、一面で、歴史派経済学がイギリスの古典派経済学を批判した、その批判の奥底に秘
められている合理的な動機を抜き出して、それを継承するという意味で、自分は歴史学派の子
であるといいながら、他面では、自分かそのなかから生まれ出た歴史派経済学の方法論のなか
に含まれている流出論理を、真っ向うから批判しつつ、自分の社会科学方法論をうちたててい
くことになったわけです。
ヴェーバーのこうした歴史学派批判は、返す刃でマルクスの批判にもなっていきます。とこ
ろか、ち。つと不思議なことには、−といって、それは私か読んでうけた感じだけのことで
すかＩヴェーバーのマルクス自身に対する批判は、あまり激しい形をとっていない。むしろ、
あるときには、矢才的な構成だとほめていることは周知ガとおりです。が、マルクスの経済学
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を継承しているとみずから思っている人々、とりわけ彼の周辺の社会民主党系の人々に社、か
なり厳しい批判がとぶわけです。これは、なかなか興味ある問題を含んでいるようですか、そ
れについては後でふれることにして、じつは最近ドイツで、エドウアルトーバウムガルテン
（Ｅｄｕａｒｄ Ｂａｕｍｇａｒtｅｎ）という人の((Ｍａｘ Ｗｅｂｅｒ: Weｒｋ ｕｎｄ Ｐｅｒｓｏｎ))（『マ″クスーヴェーバーー業績
と人』）というたいへんおもしろい本がでました。これは、ヴェーバーの文献の重要個所や手紙
などを編集し、それにヴェーバー研究のいろいろな動向を紹介、整理したものを附け加えてお
りまして、ひじ。うに興味深いし、有益なものですか、それを読んでみますとわかりますよう
に、編著者のバウムガルテンなどはヴェーバーの学説や研究を、一面ではマルクスの立場に対
する批判を含みなから、しかも他面では、巨きく重なりあうものかあることを認めております。
私も、かつて、そんなふうなことを書いたことかありますので、いっそう興味ぶかくよんだわ
けです。
つまり、大ざっぱにいえば、こういうことかと思います。ヴェーバーの立場はもちろんマル
クスに対する一定の批判を含んでおりますか、この批判を通じてマルクスの見解を相対化しな
がら、ある意味では、それを自分の立場のなかへ大きく取り入れていったというわけです。と
ころが、ヴェーバーのマルクス主義、とくに当時の社会民主党の人々に対する批判は、それと ５
またちがった局面を含んでいるように私には思われます。たとえば、当時のドイツの社会民主
党系の学者の見解のなかには、いつのまにか歴史学派の論理か混入してしまっていたぶしがあ
りヽヴェーバーがそれを鋭く批判しているという面が、はっきりあると思います。その限りに ４
おいて、ヴＩＩバーはマルクス主義、というより、当時のドイツ社会民主党の学者の理論を、
いったい右から批判しているのか、左から批判しているのか、ち。つとわからない面があると
思います。その意味で、問題はそう簡単ではないわけです。とくに、ヴェーバーの『プロテス
タンティズムの倫理と資本主義の精神』（邦訳、岩波文庫、上下）という論文をお読みになるとき
は、その点をようく頭に入れておいていただきたいと思います。あのばあいはルヨーブレンタ
ーノに対する批判か前面に出ておりますか、あのブレンターノの考え方は、当時のドイツ社会
民主党のなかにも持ちこまれていて（レーーンのばあいは逆）、だから、事実上ヴェーバーは、そ
れをも合わせて批判する結果になっていたわけです。
ともあれ、ヴェーバーは、こういう思想環境のなかで、また他面、非ヨーロッパ地域、とく
に東洋文化の異質性か、社会科学の認識対象としてしだいに意識されはじめる段階で、彼の科
学方法論を展開しなければならなかったのです。しかも彼は、このばあい、さきほどお話した
マルクスとはかなりちがった道を辿ったのでした。一方では、マルクスの『資本論』やその基
礎をなす唯物史観を天才的な構成だとほめながらも、他方ではそれを相対化しつつ批判的に摂
取し、人間を、彼の言葉を用いると、政治的及び経済的な利害状況ｉｎtｅｒｅｓｓｅｎｌａｇｅのなかで、
それとの関連の面でのみ捉えるのではなくて、経済という文化領域の「基礎的な重要性」でＬ‐
ｍｅｎｔａｌｅ Ｂｅｄｅｕtｕｎｇを十分にみとめながらもＩ彼の主著の表題か『経済と社会』Wiｒｔｓｃｈａｆｔ
ｕｎｄ Ｇｅｓellｓｃｈａｆｔとなっていることでも判かりまし。うＩその他の文化諸領域、マルクスによ
るといわゆる上部構造ですか、そういう文化諸領域のなかにも手足や頭を突っこんでいる、そ
うした具体的な人間諸個人の多面的な性格を十分に視野のうちにおきながら、科学方法論をう
ちたてようとしたのでした。
このようにして、ヴェーバーのばあいには、社会科学的認識の対象となる人間諸個人は、と
うぜんに、マルクスのばあいのように、自然史的過程のなかに嵌めこまれて、その流れのなか
で否応なしに動かされている、したがって、あたかも自然と同じようにものとなって動いてい
る人間ではなくて、自由な意志をもつ、そしてどこまで自覚的であるかは別としても、目的を
設定し、それに対する手段を選択して、たえず決断をしながら行動しているような、だから、
マルクスの『資本論』のばあいよりはいっそう具体的な人間諸個人であるほかはなかった。こ
うしてでき上ってくるのか彼のいう社会学なのですか、そのばあい、そのような具体的な人間
諸個人、その行為の軌跡ともいうべき社会現象を対象としながら、どのようにして、因果性の
範疇を使用しつつ、科学的認識を成立させることかできるか、というととが彼の社会科学方法
論の中心問題となったわけであります。
ただ、ここでちょっと触れておきたいのは、そうした社会科学方法論を論するばあいに、彼
が（インリ″ヒーリ″ケルト（Ｈｅｉｎｒｉｃｈ Ｒｉｃｋｅｒｔ)の哲学を高く評価し、周知のように盛んに援用
しているということであります。私は哲学者じゃないので、残念ながら、はたしてヴ７１・バー
の方法とリッケルトの方法に本質的に同じものかあるのか、ないのか、また、両者かどこまで
重なりあい、どこから離れることになるのかといったことは、十分判定しかねます。これはつ
れづれ哲学者の方々に伺いたいと思っているところなのです。彼がある面でリッケルトの影響
をうけていることは、素人目にも、確かのようです。或いはお互いに影響し合ったことでもあ
りましょう。しかし、またリッケルト哲学に素人の私の目にも、両者の科学方法論のあいだに
は、何かきわめて根本的に重要な差異かあるように思えてなりません。たとえば、ヴェーバー
のばあいにも、リッケルトのばあいと同様に「普遍的に妥当する関係概念（法則）」の追求と
「普遍的（あるいは歴史的）な意義を有する個性的な事物概念」の追求というこの認識の二途は、
けっして自然科学と社会科学の差異を表示する指標とはなっておりません。自然科学にも社会
科学にも、その認識の二途が同じようにみられるのですけれども、彼のばあいには、認識論の
うえで自然科学から社会科学をわかつものとして、動機の意味理解にもとづく「理解的方法」
ｖｅｒｓｔｅｈｅｎａｅ Ｍｅtｈｏｄｅの有無か現われてまいります。こういう点や、またこうした方法の射程
距離などについては、次回に説明することといたしましで、汳ばぬ点はまた哲学に詳しい方々
の御教示をうけたいと思っております。
なお、この点についてとくに興味をおもちの方々は、安藤英治さんの『マックスーウェーバ
ー研究』（未来社、一九六四年）というすぐれた書物をぜひお読みいただきたいと思います。
*