さて、いままではもっぱら「土地」という近代以前のいわば「富」の基礎範疇について説明してきたが、ここで分析の焦点をかえて、そのような「土地」の占取を物質的土台として成立するところの、「共同体」とよばれる社会関係に関する説明に入りたいと思う。そのばあい、われわれの問題はさしあたって次のような形で提起されることになるであろう。すなわち、研究史上「共同体」あるいは「共同組織」とよび慣わされているところの社会関係は、経済学的にみたばあい、いったいどのような規定性をもつものとして理解されるべきであろうか、と。ただし、以下の叙述では例のとおり、まずきわめて一般的な規定からはじめて、しだいにいっそう立ち入った理解に進んでいくという順序をとることとする。
　「共同体」の成立という事実に関連させつつ、われわれがいま問題としているような生産諸力の発達段階にあっては、労働の客観的諸条件が多かれ少なかれ「自然」という性質をおび、「大地」のなかに包括されて立ち現われることは前述したとおりであるが、これと全く同じように、それに対応する労働の主観的条件、すなわち労働諸主体（＝社会をなして生産する諸個人）もまたこの生産力段階においては当然に多かれ少なかれ「自然」という性質をおびた「自然的諸個人」として立ち現われるほかはない。そしてそのような「自然的諸個人」は、まず労働の客観的条件である「大地」の諸断片を占取し、そのうえで自分みずから労働諸主体として直接それに関係することによって、自己の生活を、さらに自分たちの社会関係をも再生産していくこととなるのである。ところで、客観的条件である「大地」が、これも前述したように、自然的定在だということからして一定の「原始的」な性格をおびて立ち現われたように、労働主体である諸個人と彼ら相互の間にとりむすばれる社会関係もまた、彼らが「自然的」諸個人であることからして当然に一定の「原始的」な性格をおびて立ち現われざるをえない。「共同体」とよばれる社会関係は、その成り立ちにおいて、したがってまた存立の根底において、こうした「自然的」労働諸主体がおのずから身におびている「原始的」な事態と本質的な深い関連をもっている、ということをわれわれはまず念頭においていたいと思う。ついでながらこのばあい「原始的」というのは、これまたすでに説明したことであるが、人間が自己の歴史的な生活過程のなかで自分で作り出したものではなく、むしろ伏能的に自然から与えられたままのものであるということ、あるいはさらに、人間の「歴史」的な生活のなかで再生産されはするけれども、多かれ少なかれその根底に「自然」それ自体がなお尾を引いている、ことを意味しているといってよかろう。
　さて、「共同体」は何よりもまず、このような生産する自然的諸個人が「自然」状態から「歴史」のなかへ直接にもちこんだ原生的集団性ないし血縁組織――そこにはいわゆる原始的「群団」からはしまって或る程度複雑な内部構成をもつ「部族共同態」にいたるまでの一連の発展がある――そうした「原始共同態」と、根底において何らかの形で連関をもちつづけているような社会関係だということができよう。すなわち、そのような「原始共同態」は、それを構成する諸個人が「大地」の諸断片を占取しつつ生産活動の中心をしだいに農耕にうつすにつれて、単なる「原始共同態」からしだいに「農業共同体」へと移行するにいたるのであるが、そのさい多かれ少なかれ歴史的所産である種々な人為的変容をうけつつも、その根底になお長きにわたって「原始共同態」という「原型からもちこされた諸特徴」すなわち「共同組織」を何らかの形で残すことになるのであって、この「共同組織」を根底にもつ社会関係こそが「共同体」なのであり、また、そうしたいわば原始的事態を残している限りにおいて、「共同体」は「共同体」でありうるのである。たとえば、次のようなマルクスの諸章句をみよ。「原生的な部族共同態」、あるいは原始群団といってもよいが、そうしたものが、彼らの生活およびそれを再生産し対象化していく活動（牧者・猟夫・農夫としての活動）の客観的諸条件を占取するための第一の前提−血統・言語・習俗などの共同性−なのである」。「……部族共同態、すなわち自然的な共同組織は、土地の共同態的占取および利用の結果ではなく、むしろ前提として現われる」（傍点−原文）。すなわち、自然的諸個人はいわば宝庫としての「大地」を占取し労働によってその扉をひらくに先立って、つねに前もって一定の原始的な共同態に組織されており、したがって諸個人はそうした共同組織の一員として「大地」を占取し、自己の労働を介してそれに関係するのであって、決してその逆ではない。そして、そのような共同組織が現実の労働過程のうちで、それぞれ生産諸力の発達段階に照応した一定の形態をとりつつ、「共同体」として自己を再生産していくのである。そうした形態上の段階的相違はあるにしても、社会関係の基本が「共同体卜の形態をとっている限り、その根底には、ともかくもつねに原始的な共同態が何らかの形の「共同組織」として生きのびており、その集団性のいわば基本的な外枠を形づくっているといわねばならない。ついでながら、「共同体」という基盤の上に築かれている社会諸関係が、何らかの形において、つねに「経済外的」な性格をおびて現われてくることは周知のとおりであるが、この事実がすでにそうした「共同体」のもつ原始的な性格のうちに深く根ざしているということをも、ここで念のため記憶に止めておきたいと思う。

　　　　（３）　テンニェスにはじまるＧｅｍｅｉｎｓｃｈａｆｔ―（ｊｅｓellｓｃｈａｆｔという周知の用語法を用いたぼあいにも、ここでいう「共同体」は単純な（ｊｅｍｅｉｎｓｃｈａｆｔだということはできない。その内部には、明らかに、種々な形で（ｊｅｓellｓｃｈａｆｔ的な関係が本質的要素として入りこんでいる（Ｖｅｒｇｅｓellｓｃｈａｆtｕｎｇ　!)といわねばならない。それにもかかわらず、Ｇｅｍｅｉｎｓｃｈａｆｔの構成はその集団性の外かとして依然残されているのであり、「共同体」は本質的にそうした外枠をもって支えられている。

　以上の点にいま少し説明を加えておくと、次のとおりである。研究史の現段階では、「共同体」は、世界史的発展の基本線からみれば、農耕生産力の一定度の発達を基盤として一連の段階的発展をとげた原始的な「血縁的共同組織」（単なる部族共同態が「農業共同体」へと進展することによって成立したとされている。歴史上こうした「農業共同体」は、時と所によって無数の偏差をもつ、恐ろしく雑多な姿をとって現われてくる。この無数の偏差と雑多な形態は、（１）一方ではもちろん部族自体のもつ自然的個性や占取される大地の種々な自然的特質というような原始的諸条件、それに戦争、移住などという外的な諸事情からも生してくるが（この点は「共同体」の諸形態を問題とするばあいきわめて重要な意味をもつ）、（２）また他方において、成員である諸個人の労働の生産性の上向的発展――それは労働要具の発達に基づき社会的分業の進展として現われる――に照応して、後述するような「農業共同体」のいっそう高度な諸形態や「都市」、「ギルド」などという派生的な「共同体」諸形態がつぎつぎに姿を現わしてくるという歴史的発展にも関連している。とくに、後者のばあい、その根底に見出される「共同態」（それは前述のように原始的血縁組織を原型としている）は、歴史的発展の過程でしだいに水を割られ薄められて、ついにはそれとは見分けがたいほどの様相にさえ到達するが、それにしてもおよそ社会関係の基本が何らかの形で「共同体」として構成されているかぎり、原始的な「共同態」の根基は「共同組織」としてなおその基底に残存し、その集団性のいわば外枠となっていることを忘れるべきではない。たとえば、「農業共同体」の最後の段階であり、したがってその「原始的」性格がすでに極小となっている、「共同体」のいわゆる「ゲルマン的形態」についてはとくにその事が指摘されねばならないのであって、「ゲルマン的」農業共同体について、ときにそれが部族的組織の「極限的なばあい」であるとか、原始的な農業共同体の崩壊ののちに形成される共同体の「第二次的構成」ないし「新しい共同体」であるとかいわれているのは、まさにそうした事実を指しているのである。いずれにせよ、社会関係の基本が「共同体」とよばれうるような構成をとっているかぎり、その根底には、成員である諸個人がいわば生れながらにその中に入りこんでいるところの原始的な共同態ないしその名残りが、「共同組織」の形をとってなお深く尾を引いているのである。