さて、このような編制替えの過程に照応して、「共同体」成立のいわば物質的土台をなす「土地」の占取関係そのもののうちにも、一つの決定的な変化が現われてくることを見逃してはならない。すなわち、「共同体」によって「共同に」占取された「土地」のまっ只中に、しかもそれにまさしく対立して、「私的に」占取されたもろもろの「土地」が形づくられ始めるということである。もう少し詳しく説明するならば（こうである。新たに成立しつつある「家父長制的家族共同態」にとって基地ともいうべき「宅地」｝｛ｏ’とその周囲の「庭畑地」Wｕｒｔ｢　Ｇａｒｔｅｎｌａｎｄが、垣根やその他の形で囲い込まれ、父系制的に相続されて、その「家族」の永続的な私的占取にゆだねられるようになる（私的土地所有の端初的成立！）。このような囲い込み地は、さしあたり、ローマ人の用語に従って「ヘレディウム」ｒｒｅｄｉｕmとよぶことにす乱心、こうして、さきに指摘した共同体の「固有の二元性」はこの「ヘレディウム」の出現とともに部族共同態による土地占取の様式のなかにいよいよ姿を現わし、いわぼ「部族共同体」とよばれる土地所有関係Ｔ生産関係）のうちに内在化されて、その内的矛盾として現象するようになるのである。マルクスは、このような「ヘレディウム」の私的占取をすでにその内部にはらむにいたった共同組織を、さきにも指摘したように、「農業共同体」ｌａ　commｕｎｅ　ａｇｒｉｃｏｌｅと名づけ、これを「原始共同態」の「最終点」であり、またすぐれて「共同体」とよばれるべき構成の「最初の型」であると考えた。そして彼は、一方においてタキトゥスの記述（『ゲルマーニア』第十六章および第二十六章をみよ）にみえるゲルマン諸部族の生産様式をこのような第一次的「農業共同体」と特徴づけたばかりでなく、他方においては、こうした構成は｡７ジアの各地域、とくにインドでは十九世紀にいたるまで部分的に残存しており、これがアジア社会の久しい不変性と専制王朝のたえまない交代の現象を説明しうる経済的基礎だと考えた、ことは周知のとおりである。

　ともあれ、第一次的「農業共同体」の形成とともに、人類社会はいまや最初の階級分化を開始し、そして世界史は「書かれた歴史の時代」に入りこむことになる。このような歴史上における段階的位置を考慮に入れるならば、第一次的「農業共同体」およびそれに含まれている、私的所有の橋頭堡ともいうべき「ヘレディウム」の形成過程を、世界史上の文化諸民族の史実に即して具体的に跡づけるこ二心、−現存の自然諸民族に関する文化人類学や民族学などの豊富な知識の助げをかりて類推を加えるとしてもＩ恐ろしく困難な仕事であることが容易に推測されうるであろう。それはそれとして、ここでも、そうした過渡期を物語ると思われる一つの事例を示しておくことにしたい。紀元前一五〇〇−一〇〇〇年ごろインドのパンジャブ（五河）地方（現在の西パキスタン）を占拠していたインドーアーリア族はおそらくこのような過渡期を通過しつつあったものと見られているのであるが、彼らの生活様式については、さきにもその名をあげたことのあるリグーヴェーダ讃歌のうちに記されているところにしたがって、だいたい次のような事情が想定されている。以下簡単に紹介してみるが、前述のイロクオイ族のばあいを想起し、それと比較しながら読んでほしい。−インドーゲルマンの故地からこの地方に侵入してきた彼らアーリアの諸支族もまた幾つかの　「部族」（ガナスあるいはジャナスとよばれた）の連合体をなしていた。各部族は「部族長」（ガナパチ）の統率下に部族別に土地を占取し、そうした部族の占取地はヴリジャナとよばれた。「部族」はいくつかの「大氏族」（ヴィス）−ヴィスはその定住地区をも意味するＩに分かれ、この「大氏族」はまた数個の「氏族」（サパー）に分かれていた。「氏族」はさらにまた数個の「大家族」を包含し、この「大家族」は、家屋をも意味するダマ（ラテン語のドムスと同系語と考えられている）あるいはグリ（の名称をもってよばれた。定住の形式についてみると、一個ないし数個の「氏族」をもって「村落」共同態を形づくったと推定されているから、一つの「村落」は少なくとも数個以上の「家」（ダマ）の集合であったとみてよい。「家」（ダマ）は住居だけでなく、仕事小屋、納屋、家畜の小屋や囲いなどの集合によって構成されており、しかもそれらが殆んどすべてクーランジュのいわゆる「神聖な囲い」によって囲い込まれていたということは、とくに注意する必要があろう。「家」（ダマ）を構成する人々は、「家父」（グリ（パチ）とその妻である「家母」（グリ（パトニ）を中心に、家父の傍系親で未婚のものが数人、息子たちとその妻子、未婚の娘たちからなる「大家族」であり、共同の経済生活が営まれていた。こうした点からも分かるように、そこにはすでに父系制的に秩序づけられた「家父長制家族」が成立してお刃、また奴隷もすでにある程度含まれていたが、後述の有名なローマの家父長制家族のぼあいに比べてみると、家母の地位が比較的高く、したがって家父の権力は比較的弱かったと思われ、また奴隷も、本来の家族と同権ではないにしても、その一員と見なされて家族共同態のうちに組み入れられていったようである。