共同体の基本形態の第一は、「アジア的形態」と名づけられているものである。この名称は、それがいわゆるアジア的生産様式の基礎を形づくるものであるばかりでなく、さらに幾千年にわたる悠久なアジアの歴史と特殊的に深い関連をもってきたことを示しているが、理論上の正確を期するために、その歴史上の存在が決してアジアの諸国にだけ限られるものではなく、むしろ世界史上どの地域にも見出されうる「農業共同体」の第一段階了端初形態）をなしているということを、ここでまずはっきりと指摘しておきたい。したがって、この「アジア的形態」のうちには、世界の各地に現存する自然諸民族のばあいは別としても、世界史上、たとえば西ヨーロッパではケルト民族の旧制度の基礎に見出される共同体や、また有名な南アメリカの旧ペルーにおけるインカ文明の土台を形づくっていた共同体なども、その諸例に属させてさしつかえないものである。ところで、世界史の上でこの「アジア的形態」の共同体が最大の意義を担ったのは、何といっても、オリエントをはじめ、黄河下流域地方やインダス河流域地方に建設された古代専制諸国家の基礎構造としてであろう。しかし残念ながらわれわれには、こうした世界史上最古の階級諸国家につき、成立の曙にまで溯って、その土台をなす共同体の基本構造を実証的につきとめることは、いまのところまず不可能とせねばならない。したがって、「アジア的共同体」の基本構造を明らかにするためには、さしあたってはただ次の二つの方法が残されているといえよう。（―）民族学や文化人類学の莫大な実証的成果に依拠して、現在の自然諸民族のなかにそうしたものに関する基本的諸事実を確認すること、（２）世界史の上で、古代オリエント諸国家のばあいなどよりずっと後の時代に見出される諸史実、たとえばイギリスやその他の国々の歴史のうちに見出されるケルト民族の旧制度であるとか、アジＩアの諸国家にずっと後まで残存していた最古の村落制度であるとか、そういった共同体に関する諸事実について検討を試みること、この二つである。
ところで、この講義におけるわれわれの目的は、さきに言及しておいたように、「共同体」に関する基礎諸理論を正確に紹介し説明するにあるのだから、詳細な史実について立ち入った検討を加えることはもちろん割愛しなければならない。むしろ当面、基礎理論の理解をたすけるための例示として、一、二の典型的と思われる史実を瞥見することが必要なのである。そうしたものとして、ここでは、十九世紀の中葉インダス河流域のパンジャブ地方（現在の西パキスタン）に残存していた「農業共同体」の事例をとり、これを手がかりとして説明していくこととしたい。これらのインドの共同体はかつてマルクスによって、「かかる簡単な生産有機体は、アジア的諸国家の絶えざる瓦解と再建、および絶え間なき王朝の交替とは著しい対照をなすところの、アジア的諸社会の不変性の秘密を解くべき鍵を提供する」と特徴づけられたもののうち、とくにその原型を構成するものであることを一言しておく。