以上述べてきたような諸事実を念頭におきながら、「アジア的」農業共同体の基礎的特徴に関する学説を整理し紹介してみると、およそ次のようになると思わ心鈍。（１）「アジア的共同体」では、部族あるいはその部分体である血縁集団が土地の共同占取の主体となっている。すなわち、「部族」組織が共同体の支柱を構成する基本共同態をなしており、したがって、「アジア的形態」の共同体はすぐれて「部族」共同体であると特徴づけることができよう。もちろん、こうした「部族」共同体の内部にも村落や家族などの従属的共同態が形づくられており、なかんずく家父長制「家族共同態」Ｈａｕｓｇｅｍｅｉｎｓｃｈａｆｔ単なる原始的な血縁共同態のばあいに比していっそう重要性を増してきた結果、「部族」共同体の内部構成そのものも、たとえば「部族の形にまで拡大された家族、相互の婚姻によって結ばれた一連の家族」というような、家父長制大家族（ないし同族団）の連繋体ともいうべき様相を示すにいたっているが、それにもかかわらず、依然として「アジア的共同体」がすぐれて「部族共同体」であることは記憶に止めなければならない。（２）ところで、部族共同体によって共同に占取された土地（部族マルク）のまっ只中には、いまや各家族によって永続的に私的に占取される土地、すなわち「ヘレディウム」「宅地および庭畑地」がすでに広く形づくられている。そしてこれはすでに、単なる原始的な家族内の原生的分業をこえた生産諸力（とくに手工業）のある程度の発達を前提し、したがって家父長制家族の一段と明瞭な形成に対応しているというべきであろう。（３）しかし、それにもかかわらず、「アジア的形態」の共同体においては「土地」の永続的な私的占取（私的所有）はまだ「ヘレディウム」という形で、わずかに橋頭堡を形づくっているに止り、「富」の基本形態である「土地」の主要部分は「共同マルク」として直接「部族」共同体自身による「共同占取」（＝部族的共同所有）のもとにおかれている。各家族はたかだがそれの個別的利用（＝一時的な私的占有）を許されているに過ぎない。この事実は、多かれ少なかれなお重要性をもっている共同労働（大家族Ｕ同族団による共同耕作・開墾から灌漑設備の構築にいたるまでの村落的・部族的な共同労働）におそらく関連をもっていると考えられるが、ともかく「富」の基本形態である「土地」の私的所有はまだ「ヘレディウム」の形で、部族的「共同所有」の大海のなかからわずかに頭をもたげているに止り、「土地」の主要部分は、耕地であれ牧地その他であれ、すべてなお「共同所有」の深みのうちに沈んでいるのであって、ここから「アジア的共同体」における「所有の欠如」の相貌が生ずるのである。（４）このことはまた、共同体の成員諸個人に対する部族的「共同態規制」の圧倒的な強さをも意味する。すなわち、個々人はきわめて強い規制力をもって共同体に従属させられており、「共同体に対して自立的となることはない」（マルクス）のである。これは一方では「アジア的共同体」の強靭な持続性の基礎をなすとともに、他方では特殊アジア的な階級分化、いわゆる「普遍的隷従制」ａｌｌｇｅｍｅｉｎｅ Ｓｋｌａｖｅｒei展開の起点ともなるのである（たとえば古代ヘレニズム世界における余自尽や後代におけるロシアの余臥芯などを想起せよ）。それにしても、「アジア的形態」の共同体においては「ヘレディウム」の確立を基礎として、単なる「〔部族的〕血縁関係に拘束されない自由人」（マルクス）間の生産関係の端緒がすでに形成されていることを看過すべきではない。
この最後に指摘した点、すなわち「ヘレディウム」の確立によって部族共同体内部の純血縁的編制が突き破られ、「血縁に拘束されない自由人」間の社会関係が形成されはじめているということは、ある点で、「共同体」の発展史上「アジア的形態」の占める位置、その段階規定（＝すなわち原始的共同態に対する進歩としかもそこにみられるいわゆる停滞性）を端的に示しているということもできる。インドの農業共同体の内部にみられる分業関係は『資本論』の叙述によって有名となってぃに心、この分業状態などはその事実を示す典型的一例ということができよう。――前述したインドの村落内部では、本来の「部族」成員である村民のほかに、いわゆる「村落手工業者」などが一定の「庭畑地」弌回｛ないしいくばくかの「耕地」を与えられて定住しており、村民たちのためにそれぞれいわゆる「賃仕事」を行なっている。すなわち、「部族」外の手工業者たちのために 「村落」内部でヘレディウムが与えられることによって、純粋な血縁関係がすでに明瞭に突き破られ始めている。しかも、そうした手工業者たちは、なお、村落全体のためのいわゆる「村抱え」として、部族共同体の編制と規制のなかにがっちりと組みこまれているのである。ちなみに、インドの村落における「村抱え」としては、こうした鍛冶工・大工・陶工・銀細工師などの手工業者のほか、理髪師・洗濯師から僧侶・教師・諸種の役人などまで見出されることは周知のとおりである。このような共同体内部における分業関係の一定の比率と存続を規定する「法則」は、『資本論』にしたがえば、「如何ともしがたい自然法則の権威をもって作用しており」、こうして「自足的共同体がたえず同じ形態で再生産され」ていくことは「アジア的諸社会の不変性」（傍点―原文）の基礎を形づくるものとされている。このことは、さしあたって、次の二つの事実を意味するであろう。（１）「アジア的形態」の共同体もまたすでにその成立の条件として一定程度の共同体内分業の存在を前提している。（２）しかし、「アジア的形態」の共同体は、それがいつまでも存続するためには、この共同体内分業が一一定程度以上に進展することを何らかの様式で押し止めねばならない。Ｉインドの村落にあっては、とくにカーストという形に固定化された「部族間分業」と結びあって、共同体内分業が不変の比率と形態にまで化石化されたといわれるのである。なお、これと関連して問題となってくるのは、アジア的専制諸国家のうちで顕著な展開をみる「部族間分業」であるが、これは実は共同体内分業と全然別個の法則性に従うものであり、したがって後段別の関連で「共同体間分業」を考察する際に詳しく取扱ってみたいと思う。