さて、共同体の基本形態として第二にとりあげねばならぬのは、言うまでもなく、いわゆる「古典古代的形態」である。この形態の共同体もまた世界史上、さまざまなニュアンスの差異を伴いつつ、種々な時代の種々な地域にわたって見出されるであろうが、とくに「古典古代的」の名称をもってよばれるゆえんは、もっぱら、それが古代地中海周辺地域、とくにギリシア、ローマにおける奴隷制社会の基礎を形づくるものであったと考えられているからに他ならない。ところで、「古典古代的形態」の共同体のばあい、基本共同態をなすものは、さきにも指摘したとおり「都市」であって、「古代は都市とその小領域から出発したが中世は農村から出発した」（マルクス）などといわれているのもそのために他ならぬ。しかしまた他面において、研究史上この「古典古代的」共同体はおよそ「農業共同体」の第二の基本形態とも考えられていることは、われわれがすでに見たとおりである。この二つの命題は一見相互に撞着するように思われる。われわれは、まずこの点について若干の説明を加えることから、共同体の「古典古代的形態」に関する叙述を始めることとしよう。
まず、きわめて思いきった言いかたをしてみると、論点は次のようになるといってよい。「古代は都市とその小領域から出発した」といわれるが、それは、中世封建社会が「草深い田舎から」生れでたのと異なって、古代の奴隷制社会が、最初から、なんらか現在われわれが常識的に思い浮かべるような姿の「都市」文明として出発した、などということを、決して意味しているのではないのである。もしそのような意味ならば、地中海地域の古代奴隷制社会もまた当然に「草深い田舎から生れでた」といわなければならない。それでは、「古代は都市とその小領域から出発した」ということは、いったいどのような意味に理解されるべきであろうか。（１）古代奴隷制社会の典型的な社会構成がいわゆる「都市」国家であったことは周知のとおりであるが、この「都市」（＝ポリス）は最初一定の小領域内に住む諸「部族」の連合体を土台として、いわゆる「集住」（＝シュノイキスモス）によって、その凝集点に漸次に形成されたものであった。ともかく、「都市」（＝ポリス）の成立には一般に諸「部族」の形づくる「農業共同体」の存在があらかじめ前提されていたのであり、事実、征服された［都市］はときに「農村」に解体Ｔディオイキスモス）されたばかりでなく、古典古代を通して、「農村」のままで「都市」の姿をとることのなかったもの（たとえば初期のスパルター）もまた、きわめてひろく存在したもののようである。それはそれとして、このように「都市」（＝ポリス）形成の一般的な土台を形づくった「農業共同体」は、それぞれいちおう「部族」共同体とよばれるべきものであり、前述したような古い血縁集団としての編制の面影をもちろん幾分か止めていた。とはいえ、その内部においては、原始的な血縁の紐帯や呪術的な規制はすでにいち匕るしく弛緩し、さらにまた、集住による「都市」（＝ポリス）の形成を可能ならしめるような積極的な諸要因の萌芽−たとえば戦闘隊形における定住様式−をも内にはらんでいたのであって、その意味で、これらの「農業共同体」はすでに 「半＝都市的」であったともいわれるのである。ともかく、このように、「都市」形成の一般的土台となるべき「農業共同体」がすでに何らかアジア的な「部族」共同体と質的に異なったものとなっているのでなければ、「集住」によって「共同体」としての「都市」を形成することなどとうてい不可能であったといわねばならない。これは第一の重要な点である。（２）「集住」による「都市共同体」の形成とその後における展開は、大づかみにいえば、次のような段階をへて進行した。まず、一般的な土台をなす「農業共同体」（＝部族）の内部に、「王」をも含めて、「貴族」が形づくられる。彼らは比較的大規模な土地および労働力（＝奴隷）の所有者として、みずから完全に武装しうるところの「戦士」ｉｖｒｉｅｇｅｒである。これらの「貴族」たちが自己の所有地から離れて一定の、防塞を施されかつ通例市場開催地でもあるところの中心地点−いわゆるアクロポリスおよびその周辺ｊに「集住」して「都市」（＝ポリス、ウルブス）を形づくり、そのうち一定の発達をとげたものはやがて王制を廃して共和制をしくようになる。いわゆる「貴族都市」（ｊｅｓｃｈｌｅｃｈｔｅｒｓｔａｄｔである。そのばあい「貴族」たちは本来の市民（Ｖｏｌｌｂｕｒｇｅｒ）’ヴェーバーの表現をかりれば、Ａｋｔiｖ
ｂｕｒｇｅｒとして「都市共同体」（＝ポリス、キーウィダース）の中核を形づくり、これに対して都市内の手工業者たちや周辺農村の農民たちＩいわゆる「被護民」Ｔクリェンテース）の地位にあるものをも含めてＩは「平民」（＝デーモイ、ブレーブス）として従属的な、いわばＦａｓｓiｖ
ｂｕｒｇｅｒの状態におかれていた。ところで、ギリシアの主要都市やローマはそののちさらにいわゆる民主化の過程を経て「平民都市」Ｐｌｅｂｅｊｅｒｓｔａｄｔへと変貌していくが、この民主化なるものの基本内容は、「農村」に住む「農民」たちが、都市内の手工業者たちと手を携え、みずから完全武装の戦士Ｉいわゆる「重装歩兵」Ｈｏｐｌｉｔｅｎ（=ホプラーパレコメノイ）Ｉとして、貴族と同じＡｋｔiｖ
ｂｕｒｇｅｒの地位に上昇していく過程に他ならなかった（中世都市における民主化過程の基本内容との相似と差異！）。こうした簡単な事実だけからでも推測できるように、古典古代の「都市共同体」（＝ポリス）なるものは、それが成長しきった暁においても、周辺一定地域内の農村を不可欠の土台として、それと一体となってのみ成立可能だったのであり、したがってその内部構成においてはあくまでも農業と土地占取の関係が「共同体」の基本を決定していたということができよう（中世都市との相似と差異！）。――以下の叙述では、「農業共同体」の第二形態としての「古典古代的形態」を論ずるさい、しばしば何の断わりもなしに「都市」に関する種々な史実が示されるであろうが、それは以上の諸点を念頭においた上のことであることを、あらかじめここで記憶に止めておいていただきたい。
以下数項にわたって、われわれは、古代都市ローマの史実を中心とし、ギリシア諸都市その他の史実をもってそれを補いながら、「古典古代的」共同体の基本的諸特徴を理論的に追究していくこととしたい。