ローマの原住民ローマーニー（以下ローマ人とよんでおく）は北方からイタリア半島に移住してきたインド・ゲルマン系のイタリア族に属するラテン族の一部であって、おそらく紀元前七世紀の中葉エトルーリア王権の支配下に糾合されて都市ローマを建設し、さらに六世紀の末葉から五世紀前半のころには王制を打ち倒して独立の共和制 「都市」国家を形成したと考えられている。さて、都市建設前におけるローマ人の生活状態はもちろん詳細かつ正確には知りがたいが、他のイタリア諸族のばあいと同様、「氏族」ごとに「村落」を形づくりつつ（いわゆる（jaｕｄｏｒｆｅｒ） 「部族」全体がすでに定住の状態に入っており、そうした数多くの「村落」（＝パグス）の中央には通常防塞を施した 「ブルク」（＝オッピドゥム、これはギリシアのアクロポリスにあたる）が形成されていたと推測されている。土地占取の主体である基本共同態はこのばあい、後の史実からみて、おそらく「村落」を形づくる個々の「氏族」（＝ゲーンス）ではなく、一層大規模な、むしろいくつかの「村落」をその中に包含する「部族」共同体（＝トリブス）であったとみるべきであろう。あるいは建国の伝説から、また後代の都市ローマの内部構成からみて、前述のイロクオイ族やインドのアーリア族のばあいと同じように、部族（＝トリブス）↓大氏族（ａクーリア）↓氏族（＝ゲーンス）という姿をとっていたとも推測されている。ところで、こうしたローマ人の最古の共同体は、もはや単なる無階級の原始共同態でなかったことはもちろん、さらにすすんで、既述のような「アジア的」形態を特徴づける血縁的構成の基本的骨格をさえすでに喪失しつつあったもののようである。すなわち、古い「部族」共同体の外観と残滓を長く残しながらも、すでに早くから、内部における呪術的な規制を伴う血縁的紐帯はいち匕るしく弛緩し（エジプトのノモスの構成と比較せよ！）、ヴェーバーの表現をかりればmagiｓｔｒａｔiｓｃｈな編制をとっていたというのである。この点は土地占取の様式や家族形態のうちにも特異な形をとって現われてくるが、それについては後述することとしよう。ともかく、このような呪術的Ｈ血縁制的規制の弛緩によって、（都市ＸＴキーウィダース）といういっそう大規模な「共同体」の形成、そうした「部族」間の連合を妨害するような内部的条件がすでに基本的に除去されていたのである。ところで、こうした内部構成の変化ばかりでなく、彼らの定住形態がまた特異な姿をとっていたことにも注意しなければならない。というのは、「氏族」ごとに形づくられた「村落」（＝パグス）は、しばしばいわゆる勺ｒ匡Ｕの形をとっていたばかりでなく、少なくとも、さきにも指摘したように、諸「村落」（＝パグス）の中央には防塞を施された、「部族」全成員がいつでもたてこもることのできる「ブルク」（＝オッピドゥム）が形成されていたとみられるのであって、このことはローマ人の最古の共同体が、もはや単なる血縁的「部族」組織ではなく、むしろ積極的に、いわば常時戦闘態勢にある「戦う農民たち」の緊急の必要に応じて内部的に編制替えされていたことを物語るであろう。こうして都市建設前におけるローマ人の基本共同態（＝トリブス）−そのうちにはいくつかの「村落」（＝パグス）を含むＩは、もとよりそれ自体一個の「農業共同体」を構成しながら、しかも「アジア的」形態とはいち匕るしく異なった「戦士共同体」ｋｒｉｅｇｅｒiｓｃｈ ｏｒｇａｎｉｓieｒｔｅ Ｇｅｍｅｉｎｄｅ（マルクス）ともいうべきものとして、すでに「最初から……Ａｃｋｅｒｂｉｉｒｇｅｒｓｔａｄｔに転成しうる傾向」を内に含むところのいわば「半卜都市的な性格」ｒlbｓｔａｄｔiｓｃｈｅｒ
Ｃｈａｒａｋｔｅｒ（ヴェーバー）を具えており、そうした単純に原始的とはいいがたい「第二次的構成」ｌａ ｆｏｒmaｔｉｏｎ ｓｅｃｏｎｄａｉｒｅ
（マルクス）となっていたということができるのである。なお、こうした点は、単にローマだけではなく、ひろく古典古代における「都市」国家（＝ポリス）形成の基体となった「農業共同体」一般について多かれ少なかれいいうるのではないかと思われる。
さて、古典古代における奴隷制的「都市」国家（＝ポリス）がそもそものはじめ、爛熟期に到達したオリエント専制諸国家のいわば辺境地方のなかから、その文化的て生産力的）遺産をゆたかに継承して出現したものであることは後段でふれるであろうが、ともかくそのことから、研究史上次のような重要な事実が理論的に想定されていることは見逃すことができない。すなわち、いま述べた「半日都市的」な共同体は前述の「アジア的形態」に比べて一層高度な生産力段階にたつところの、「歴史的発展の所産」としての「農業共同体」であって、したがって先行の発展段階として何らかのＩ世界史の複雑きわまる絡み合いのなかにあって、はげしい嵳みをうけている（いわゆる同時性の問題！・）にしてもＩ「アジア的形態」の共同体の存在をすでに前提している。すなわち、一定の歴史的条件のもとに、そうした「アジア的形態」から抜けでて「半日都市的」ともいうべき新たな形態に再編制されるにいたった共同体だというのであって、ギリシア史については、すでにある程度まで史実による裏付けがあたえられているといえよう。基礎的な立場は異なっているにもせよ、あるいはマルクスが「第二次的構成」la ｆｏｒmaｔｉｏｎ ｓｅｃｏｎｄａｉｒｅといい、あるいはヴェーバーが「人為的な発生」ｋｉｉｎｓｔｌｉｃｈｅ Ｌｎｔｓｔｅｈｕｎｇというのも、なによりもまず、この事実を指しているというべきであろう。ただ当面われわれの考察の中心となっている都市建設前のローマについては、そうした「半日都市的」な農業共同体の発生に関する具体的史実はほとんど知りがたいのであるが、そこにみられる「部族」共同体的な遺制、しかもそれが時代とともに急速に消失していくという事実からして、当然に少なくともラティウムにおける定住以前には、ローマ人を含めてイタリア諸族もなんらかの姿における「アジア的共同体」として血縁制的に編制されていたとの想定をうけいれるほかはないのである。
ところで、以上の想定が正しいものとしたばあい、古い「部族」共同体における呪術的卜血縁制的な規制力を弛緩させ、あるいはその絆を断ちきらせ、「共同体」内部の構成を常時戦闘態勢にあるような農民のいわば「戦士共同体」（マルクス）に編制替えさせるにいたった基本的な事情は、いったい、どんなものであったのか。これに関してマルクスは、さしあたり、次のような事実を指摘している。
（一）「部族」を構成する「諸個人の土地（Ｅｉｇｅｎｔｕm）の、事実上共同労働を通してのみ利用されるＩたとえばオリエントの灌漑にみるようにＩことがしだいに少なくなり、歴史的な移動、移住が部族の純粋に原生的な性格をしだいに破壊し、部族は……見知らぬ土地を占取しつつ根本的に新しい労働条件のもとに入りこんで、個々人のエネルギーをばいっそう発展させるようになるＩそしてその共同的性格は外部にむかって消極的な統一（ｎｅｇａｔiｖｅ Ｅｉｎｈｅｉｔ）として現われ、また現われざるをえなくなるＩが、まさにその度合に応して、各個人が土地−個別的なＰａｒｚｅｌｌｅ（割地）−の私的所有者となる諸条件もまた増大してくる」（傍点−原文）。
（二）「部族」組織がこのような諸条件のもとにあるばあいには、「共同組織の遭遇しうる諸困難は……ただ他の共同組織から由来するもののみとなる。したがって戦争が……生存の客観的条件を占取しあるいは防衛するために共同体全体に対して要請される重要な課題、つまり重要な共同労働となってくる。諸家族から構成された共同体は何よりも戦闘隊形にＩ軍事組織として編制され、そしてこのことがまた土地所有者としての各家族の生存のための諸条件の礁一つとなる。都市における集住がこの軍事編制の基礎〔をなす〕」。そして、共同体成員たちの「余剰時間はまさしく一い戦闘という労働などとして共同体に帰属」させられることになる。
以上の指摘はきわめて興味深いものであるが、おそらく「移動」と「戦闘」の二点に要約して差支えないであろうと思う。ただしかし、この要約には匸百付け加えておく必要がある。すなわち、このばあい、もし「移動」と「戦闘」という二要因を他の歴史的諸要因との具体的関連から切りはなして孤立的に取扱うならば、大きな誤謬を生むだろうということである。「移動」といい「戦闘」といっても、単にそうした事実だけならば、われわれがすでに一瞥した「原始共同態」においてさえ重要な意義をもっており、それによっていち早く種々な形態上の偏差を生みだしていること（たとえば牧畜部族と農耕部族の分化）は、先史学や文化人類学の成果がすでに十分に教えているところであって、「移動」や「戦闘」は単にそれ自体としてはなんら「共同体」発展の基本要因とはなしえないのである。「アジア的形態」の共同体という一定の生産関係が上向的発展をとげるためには、他の諸形態の共同体のばあいとひとしく、むしろその内部にはらまれている生産諸力（＝分業関係）の展開こそが何よりもまず基礎的な意味をもつのであって、「移動」も「戦闘」もこの基礎要因に結びついたばあいにのみは匕めて発展の推進者として現われうるのである。そのことは、右の引用文のうちにもすでに示唆されているところであるが、なお次項でやや具体的に示されるであろう。ただ、ここで「移動」や「戦闘」という要因にある力点をおいて叙述した理由は、「アジア的共同体の崩壊は純外部的な性格をもった諸影響なしには……ほとんど不可能である」といわれるほどに頑強な、いわゆる「アジア的停滞性」の問題にいちおうの注意を喚起しておきたかったからにほかならぬ。