ローマ人はすでに定住当時から鉄器時代に入っており、その諸「村落」に鉄鍛冶工その他の手工業者が少なくも混住していたことはすでに考古学の成果が示すとおりであるが、さらにエトルーリア王制の支配下に商業を媒介としてオリエントの高度な生産諸力が伝えられ、手工業者の種類と数はいっそう増大したものと考えられてべ四。それらの手工業者たちが、さきにわれわれが「部族」（＝トリブス）とよんでおいたところの原初的「農業共同体」に対してどのような関係に立つものであったかは、もちろん明らかとはいいがたい。ただ「平民」（＝ブレーブス）とよばれて後年ローマ史上一つの主導的な役割を果すことになる市民層の起源がＩこれまた不明の点がきわめて多いがＩある程度までそれを推測させてくれる。「平民」（＝ブレーブス）がそもそも、中心的「戦士氏族」（＝支配「部族」）の周辺にあって、何らかの形でそれに従属するいわゆる「客人部族」（＝従属「部族」）であったのかどうかは、必ずしも明瞭でないが、少なくともそうした「客人部族」がその重要部分を形づくっていたことは、比較史的見地からして推定にかたくないと思われる。ともかく「平民」（Ｉプレーブス）はもともと「貴族」（＝パトリキー）−初期のV
oil ｂｕｒｇｅｒ の「氏族」Ｔゲーンス）には属せず、その周辺に別個の、多かれ少なかれ弛緩した血縁集団（伝説にしたがえば単なる「群集」）をなして生活していた一層地位の低い人々であった。ところで、われわれの注意をひくのは、こうした「平民」（＝ブレーブス）のうちには、農民のほかに、手工業者や商人が含まれていたということなのである。彼らの一部は各「村落」（＝パグス）内部に混住していたでもあろうし、また早期の「手工業組合」Ｔコレギア）の存在占取地を外敵から防衛するという、そうしたいわば「共同労働としての心Ｅ」の必要から、こうした人々も「都市」共同体内部にｒａｓｓiｖｂｕｒｇｅｒである「平民」（＝ブレーブス）として編入され、かつその地位はしだいに高まっていった。紀元前五世紀末ないし四世紀初め頃のものとされるセルウィウス法には、周知のように市民たちが戦時に「百人隊」（＝ケントゥーリア）に編制されるべきことを規定しているが、そのさい数多い「百人隊」のうちにあって、二種類の 「手工業者」Ｔファブリー）−大工と鍛冶エーがそれぞれ一隊を形づくるようになっている。このような「都市」共同体内部における手工業者の比重の増大は、おそらく王制の廃止と共和制の成立のころに一つの転回点にまで到達していたといえるのではなかろうか。というのは、そののち、いわゆる「重装歩兵民主制」への移行によって「平民」（＝ブレーブス）の市民としての政治的地位が決定的に高まる（したがって後に述べるように土地所有者としての資格が強化される）とともに、いまや手工業労働が奴隷、解放奴隷、寄留者などの「卑しい仕事」としてむしろ「有害な労働」と考えられるようになるからである。しかし、それまでは、ともかくも共同体内部における「手工業者」の政治的地位は高かったのであ゜（マ｀このことはわれわれの問題的視点にとって十分な注意に値いするものと思われる。すなわち、このような形で「古典古代的」共同体はその内部に、「アジア的」形態のばあいに比べて、はるかに高度な社会的分業（＝生産諸力の分化）を包含しているＩこれはアジア的形態のいわゆる「都市」においてみられる「部族間分業」（その一つの極致はカースト制！・）とは厳密に区別されるべきであるＩのであって。 「アジア的」形態に比べての段階的優越は明瞭であろう。このような進化が可能であったのは、おそらく、原始ローマ人の共同体（＝トリブス）の内部編制において血縁制的規制がすでに著しく弛緩していたことによるものであろうが、またこの「共同体内分業」の進展がそうした血縁制的規制の弛緩をいっそう決定的なものにしたことももちろんである。こうして、「古典古代的」形態の共同体内部における編制は古い血縁制的なものに代えて地縁制的なもの（たとえばローマのトリブスリクーリアエ日ゲンテース制をみよ）に急速に移行していくのである。ともあれ、このような事情の変化にともなって、古典古代的「都市」共同体は前述のアジア的「部族」共同体から決定的に区別されるような諸特徴をおびてくるようになる。
さしあたって、指摘しなければならぬのは、まず次の事実であろう。すなわち、上述のような分業関係（＝生産諸力）の拡充とそれを対象的に表現する労働要具−武器をも含めてＩの家族内蓄積の増大に照応して、家族内部における「家父長制支配」ｔは、古い「アジア的」形態にみられなかったような強烈なものとなり、その物質的基盤である「ヘレディウム」（＝宅地および庭畑地）の「私有制」もいっそう強固なものとなっている。ローマの家族形態は、すでに歴史時代に入るころには、古い血縁制的関係のいち匕るしい弛緩を表現して、基本的には「小家族制」（＝単婚家族）に移行しつつあり、多かれ少なかれ残存する「氏族制」ないし「大家族制」（＝同族組織）の遺制もその後の発展過程のうちにしだいに消失してゆく方向にあったといわれているが、しかしまた同時に、他面においては、古い１艮日ｏ口肌（‥日家族主義的）な温情も消失して、家族内部における「家父」ｐａｔｅｒfamiliaｓの権力、すなわち「家長権」は異常なまでに強烈なものとなったのであった。ローマ史の初期には「家父」がその妻子に対しても「奴隷」に対すると同様生殺与奪の権利をもっていたことは人の知るところであるが、実際ローマ人の「ファミリア」ｒ且ｒなるものはこの強烈な「家長権」のもとに、たんに狭義の「家族」ばかりでなく、ひろく「奴隷」をも包含するものであり（したがって「アジア的」形態のばあいのように「奴隷」が狭義の 「家族」に同化されていくことはない！）、こうした性格が、そこから古典古代に独自な「奴隷制経営」（ローマのラティフンディウムやまたギリシアのエルガステーリオン）Ｉロードペルトウスのいわゆる「オイコス経済」〇ｉｋｅｎwiｒｔ-ｓｃｈａｆｔ
が展開されてくる根源となるので糺切。それはそうとして、このようなローマ大の「家父長制家族」が私的かつ個別的に永続占取するところの「宅地および庭畑地」こそが、いうところの「ヘレディウム」に他ならなかった。しかも、共同体内部における血縁制的規制のいち匕るしい弛緩という事実にまさしく照応して、この「ヘレディウム」は、すぐれてローマ「市民」―ひろく古典古代的「共同体」の成員−という資格のいわば物的象徴として、前述の「アジア的」形態における「宅地および庭畑地」に比して、ある意味ではるかに重要な意味を賦与されるにいたった。このことはすでに研究史がわれわれに教えているところだといえよう。あのローマ建国の王ロームルスがそのは匕めローマの各市民に「ピーナーユーゲラ」（ニェイカーずつ）の土地を「ヘレディウム」として分けあたえたという伝説はおそらくこの事実を反映しているというべきであろうが、この「ヘレディウム」に対する個別的占取の「私的」性格もまた、アジア的形態のばあいに比して、いっそう強烈なものになっていたようである。すなわち、伝説はさらに、次代の王ヌマが淮びとであれ「ヘレディウム」の境界を示す標石をうごかすものは直ちに打ち殺さるべしと命じた、としているが、この境界を守護する神テルミヌスはローマ人にあっては実に最高神ユピテルと同一視されさえしていたといわれる。