「農業共同体」の第三の、つまり最後の基本形態は、すでにしばしば示唆しておいたように、「ゲルマン的」とよばれるところのものである。ところで、さき、にみた「アジア的」のばあいと同様、この「ゲルマン的」共同体という名称も現在かなり広く用いられるようになっているが、その用語法には実はかなり注意を要する点があるのではないかと思われるので、さしあたって次の二点をあらかじめ指摘しておくこととしたい。決ﾈ下の叙述で「ゲルマン的」というばあい、それは、何らか「人種」としてのゲルマン民族に特有なものというようなことを、決して意味するのではない。中世ヨーロと（の封建社会において、その基礎過程の主要な民族的担い手となったのは周知のようにゲルマン諸部族であったが、そうしたゲルマン諸部族のうちにとくに典型形的な姿が見出されるために「ゲル゛ン的」とよぶまでであってゝ必要ならば「封建的」形態あるいは「封建的」共同体というふうに言いかえてもよいし、また場合によってはその方が意味がはっきりすることもあろう。それはともかく、このような用語法にしたがうばあい、たとえばわが国の封建社会の基礎過程を形づくる「共同体」について、もし中世ヨーロ气（の「共同体」と同一の基本的特質が実証されうるとすれば、それも「ゲルマン的」形態とよんで一向さしつかえないわけである。汲ｱのように、以下の叙述では、共同体の「ゲルマン的」形態という用語を、さきの「アジア的」および「古典古代的」なそれと対比しかつ区別しつつ、いわば一個の範疇的表現として厳密な意味に使用することになるが、こうした用語法にしたがうばあい、当然に次のことが帰結してくる。すなわち、歴史上ゲルマン民族が形成するところの「共同体」であっても、そのなかにはこうした厳密な意味での「ゲルマン的」形態とは考えがたい事例も見出されるということである。たとえば、後にもふれるように、カエサルの『ガリア戦記』やタキトゥスの『ゲルマーニア』に述べられているような段階でのゲルマン諸部族の「共同体」は、とうてい以上のような意味での「ゲルマン的」形態とは考えがたい（そこでは形式的平等の原理はまだ現われていない！）。むしろ、そうしたものとしては、少なくともメロヴィンガー期のフランク（『レックスーサリカ』をおもえ！）やそれ以後のゲルマン諸部族にみられる「共同体」を念頭におくのが、研究史のうえからみて正当なのではあるまいか。また、こうした点に関してしばしば引き合いに出されるマルクスの見解も、仔細に検討するならば、このような用語法に一致していると思われる。ｉこのような諸点をまずもって十分に考慮にいれた上で、以下の叙述でも、「ゲルマン的」共同体の基本的諸特徴というべきものを理論的に整理していくこととしたい。
（１） たとえば、後者の次のような一節をみよ。「タキトゥスが記しているように、このいうそう原始的な共同態（カエサル段階のそれを指すのであって、マルクスはこれを農業共同体成立以前のものと考えていたＩ引用者）は、ゲルマンの土地にあっても、自然な発展によって農業共同体（la commｕｎｅ
ａｇｒｉｃｏｌｅ)に転形しました。しかし、この時以後は、そうしたものもわれわれの視野から失われてしまいます。よくは分からないが、絶えまない戦争と移住という環境のなかで亡びてしまったのでし″う。……しかし、いうそう重要なことは、その『農業共同体』が、それを出発点として形づくられるにいたった新しい共同体（la ｎｏｕｖelle
commｕｎｅ)のなかに痕跡を止めていることです。……森林、牧野、荒蕪地などはなお共同所有であるが、耕地は耕作農民の私的所有に属するようになったこの新しい共同体は、ゲルマン人の手によってすべての征服地にもちこまれました。それは原型からうけついだ特質によって、中世を通じて自由と民衆生活のただ一つの原動力となったのです」。