さて、以上のように「ゲルマン的」共同体の基本法則を集中的に表現しているともいうべき「耕区制」、およびこれまた「形式的平等」の原理の具体化にほかならぬ「共同地」の「総有制」は、いったい歴史上いつごろ、またぞのようにして発生したのであろうか。この問題に関する研究史の一般的説明はここでは当然割愛することとし、さしあたって、その理論的解明を目指す学説の紹介に力を注がねばならない。ところで、そうした学説のうちきわめて有力なものとしてマ。クスーヴェーバーの著名な見解があるので、以下それを簡単に紹介しつつ、ある程度の批判を加えてみたいと思う。ヴェーバーによれば、「壇制」の成立はおそらくその端緒を四世紀に発し、『レボクスーサリカ』の段階にはすでにその骨組ができ上がっていた。そして彼は、その原因を何よりもまず、かつては「土地に余裕がある」という状態であったのに、農業がいっそう発達した結果、その「土地」がいまや「狹少」となり、たがいに先占権を主張しあう村民（＝共同体成員）たちのあいだで自然発生的に新たな協定が取り結ばれるにいたった、という事実に求めるのである。この説明は、彼以前にも先例のある（たとえばマイツェン）すぐれた見解であり、ただそのこと自体としては何らの誤りをも含んでいないというべきであろう。しかし、比較史的見地からいっそう深く考察してみるとき、なお十分に納得しがたい点が存することも否定しがたい。というのは、こうである。たとえば古典古代、とくに前述したようなローマの「都市」共同体のばあいには、「先占」の進行によりて「公有地」が狭少となったとき、市民Ｔ共同体成員）たちは外にむかって「土地」掠取のための侵略戦争を開始するのがつねであった。このことだけからでも分かるように、歴史上土地の狹少化の事実は、それだけでは、必ずしもつねに共同体成員間に土地獲得のための競争（つまり先占権の主張と衝突）をよびおこし、その結果として、自然発生的に新たな協定としての「耕区制」の成立へみちびくものとは限らないのである。これを他面からみれば、歴史上「耕区制」が成立するためには、単なる土地の狭少化の事実だけではなく、それとともに、むしろそれに先立って、かつてリューベルが指摘したよｙに、土地の「人口収容力」の上昇が、換言するならば、そうした一定度の農業生産の発達（したがって局地内における生産諸力と社会的分業の発達）が前提されているといわなければならない。こうした点でもわれわれは、「耕区制」の起源そのものを帝政末期のローマ版図内の農村に求め、それが遺産としてゲルマンに伝えられ、かついっそうの発展をとげたとする見解に、十分な理論的関心をはらうべきではないかと思うのである。事実ヴェーバー自身もまた、他の諸労作においては、ローマ帝政期の発達した生産諸力、とくに手工業生産諸力の遺産が、それに照応する社会諸関係を伴いつつ、中世ヨーロッパの「村落」へ、さらにそれを介して中世「都市」へ継承かつ発展させられていったという事実を、この上もなく強調しつづけているのだからである。
　最後に、以上述べたような「耕区制」の成立事情に関連させつつ、われわれはここで、他ならぬ「ゲルマン的」形態の共同体が他の共同体諸形態に比べて生産力（＝生産諸力）のいっそう高い発展段階に照応するものであり、したがって「共同体内分業」の歴史的に独自な質と量を表示するものモあったということについて、いちおうの理論的な把訃を試みておきたいと思う。「ゲルマン的」共曚体は、再生産構造の観点から眺めるとき、もっとも端緒的な段階においてさえ、すでに単なる自給自足の「自然経済」などではなく、むしろ最初から、ある範囲の雋壻内的商品交換をさえ伴いつつ、そうした局地的「貨幣経済」によって補充されていたように思われる。このことは、劼お多くの実証的研究をまって史実的裏付けを与えられねばならないが、すでにすぐれた史家たちによって理論的にも実証的にもある程度の根拠をもって想定されているところで心犯。それはそれとして、「ゲルマン的」共同体を内から支えているところの「共同体内分業」（＝局地内分業）は、一般的にいえばもちろん「デーミウルギー」（=村抱え）とよばれるべき形態に属するものでありながら、やはりそこには・「ゲルマン的」形態に固有なものがあったと考えねばならない。研究史の現状に即していえば、「ゲルマン的」形態の「農業共同体」（したがって荘園）の内部には、すでに初発から、一定の種類の「手工業者」がだいたい次のような形で包含されていた。
(1) まず、文字どおり「村抱え」（＝デーミウルギー）の形をとる水車屋、鍛冶屋、それに大工（とくに車大工）などの手工業者たちで、彼らはしだいに「村落」内のいわば特権層を形づくるようになっていく（「アジア的」形態のデーミウルギーとの相似と差異）。つぎに、家父長制「奴隷」の姿をとる手工業者たち（いわゆる「荘園手工業者」はその転化形態）で、彼らもしだいに「小屋住」などの形に上昇していき、それとともに「村落」内の手工業者の数も種類も増大していく。たとえば、鍛冶屋、馬具屋、大工、車大工、靴屋、パン屋、魚屋、織布エなど。
(2) ところで、「ゲルマン的」共同体にとくに特徴的と思われるのは、そうした「村落」内の手工業者たちのうちに、一般の人々に対して製品を「自由に」（必ずしも身分上の自由を意味しない）販売する者が少なからず存在したということである。換言するならば、「村落」共同体内部にそうした意味での「自由な」手工業者たちの存在しうる余地が十分にあったということである。このことは、中世都市（＝ギルド制）の成立に関連して、ペロウの鋭利な指摘以来ほぼ定説となっているといってよい。そしてこうした「自由な」手工業者たちは、経営のうえからみれば、おそらく半農半工で、一定範囲の局地内では匕めは主として「賃仕事」をおこなっていたものと思われる。さらに、これに境を接して、いわゆる「巡歴手工業者」の群があり、たえず移動しつつ諸「村落」の需要を補っていた。そのあるもの（たとえば鍛冶屋、製塩業者など）は特殊な「手工業村落」をも形づくっていたが、こうした形はしだいに消失していったとみてよかろう。
　「ゲルマン的」共同体には、このような形で、局地内においていちおう「自由に」その製品を一般の人々に販売するような手工業者たちが初発から包含されていた。少なくとも、そうしたものを包含しうるような可能性が与えられていたといってよかろう。そうした手工業者たちは、むろんまだ真の小ブルジョアという性質のものではなかった。といって、「たがいに結合して独自な団体を形づくることもなく」（ケーチュケ）、「ゲルマン的」形態の共同体に独自な、一種の広義での「デーミウルギー」（＝村抱え）を作りだしていたということができるであろう。ところで、このような「共同体内分業」の歴史的に独自な存在形態には、もちろん、前述したような「ゲルマン的」共同体に固有な構造的特質が対応していたといわねばならない。ということは、すなわち、共同体成員（＝村民）たちの私的独立性と私的活動力のいっそうの進展という事実にほかならぬ。あるいは、マルクスの表現を借りるならば、「ゲルマン的」形態においては、「共同体」がもはや私的諸個人をおしつつむ一個の「結合体」としてではなく、個々の私的個人間の単なる「結合関係」として現われているという事実にほかなに心。かつてローマにおいては手工業労働は「奴隷」にふさわしい、「共同体成員」にとってはむしろ有害なものとされていた。ところで、「ゲルマン的」中世においては、これとまさしく正反対に、個々の手工業者たちがしだいに私的独立性を獲得して、「中世都市」とその　「ギルド制度」という独自の「名誉ある」、かつ歴史上最高度の社会的分業を内包するところ政「共同体」を形づくかようになっていくのである。さらに進んでは、「村落」共同体の基盤の上に、その内部から真の小ブルジョア的（したがってブルジョア的）商品卜貨幣経済を展開することによって、ついに「共同体」一般を終局的に揚棄する（資本の原始的蓄積過程！）にいたるであろう。そしてこのような「ゲルマン的」共同体に独自な歴史的規定性は、いうまでもなく、以上述べたような共同体内部における成員（＝村民）間の私的な関係と彼らの私的活動性の決定的な成長に由来するものにほかならなかったといえる。