第１章 資本主義の発達 一 資本主義 ０１ まえおき
欧州経済史について概説をおこなおうとするばあい、おそらくいくつかの方法がありうるはずである。けれども、
本書では、まず「資本主義の発達」という近代史に独自なＩなかんずくヨーロッパの近代史をすぐれて特徴づけて
いるＩ歴史的事実をとりあげて、それに関する基礎的諸概念を系統だてて説明し、それを匿発点としつつ、できる
だけ多く経済史学上の諸問題にふれていくという方法をとりたいと思う。しかし、まず基礎的諸概念を系統だてて説
明するということは、このばあいどうして必要となり、また、われわれの研究にとってどのような意味をもつのであ
ろうか。叙述をは匕めるに先だち、そうした点について、あらかじめ一言しておくことにしたい。
他の諸科学のばあいと同じように、経済史学においても、基礎的な諸概念を言い表わす用語の適切な選択と、その
用語法の正確とは、きわめて重要な意義をもっている。もし基礎的な諸概念を言い表わす用語（＝術語）が不適当であ
ったり、また概念規定が不明瞭であるために用語法が一義的でなく、人ごとにまた時によって異なった意味に用いら
れるとしたならば、およそ学術上の研究も批判も、したがってまた歴史叙述もまたおのずから混乱におちいる他はな
いからである。こうしたことがらを考慮にいれて、本書では重要な術語がはじめて使用されるばあい、そのつどその
用語法を説明し、かつ許されるかぎり正確にその意味内容を私なりに限定していくつもりである。
＊ イギリスの経済史学界では、用語法の適正と正確を期するということがＩその観点がどこまでわれわれのものと共通であ
るかは一応別としてＩ近来ますます問題となってきているようである。たとえば、Ｅ. Ｍ. Ｃａｒｕｓ-Wilｓｏｎ(ｅｄ.)｡
Ｅｓｓａｙｓ ｉｎ
ｔＬｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ所収の二論文M. M. Xｒｏｓtａｎ｢ ｉ
ｈｅ Riｓｅ ｏｆ ａ Ｍｏｎｅｙ EconomｙやＫ. Ｈ. １
ａwｎｅｙ｢ Ｉ ｈｅ Riｓｅ ｏｆ ＧｅｎtｒｙのＰｏｓt-
ｓｃｒipｔを参照されたい。そのばあい、なかでも俎上にのせられるべき問題の用語としては、ポスタン教授によって(<Riｓｅ ｏｆ
ａ
Ｍｏｎｅｙ Ｅｃｏｎｏｍｙ)}が、トーニー教授によって({ｔｈｅ
Ｍｉｄｄｌｅ Ｃｌａｓｓｅｓ})＾指摘されている。
＊＊ ただし、念のためにいうておくが、ここで問題としているのは、われわれが史実を分析したり叙述したりするためにいわば
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道具として使用するところの第二次的な、合理化された学術用語（＝術語）について、その用語法を的確かつ一義的ならしめる
べきだということ、いやそれのみであって、史料のなかに見出される原用語そのものについていっているのではない。後者の
用語法はもちろん史料自体の語るところに即して、むしろ多様性において、とらえられねばならないのである。したがって、
史料自体のなかに見出される原用語を同時に術語として用いるようになっているばあいＩこれはわれわれのしばしば遭遇す
るところであるＩには、きわめて周到な注意を要するわけである。なお、このようなことがらに関連して、経済史学と社会諸
科学、とくに経済学との関係がただちに問題になってくる’だろうと思うので、この点に関する本書の立場についても、ここで
匸言言及しておくこととしよう。およそ経済史の研究や叙述が経済学と全く無関係に成りたちうる（あるいは成りたつべきだ）
というような見解をわれわれは本書でとっていない。そうした立場からは、以上のような問題は論理上殆んど生じてこないの
である。さらにまた、経済学を、ただ経済史の研究と叙述のために「道路掃除人夫」というほどの意味でのみ利用するという
のも、われわれの見解ではない。むしろ経済史学においては経済学と歴史学とが相互に十分に滲透し合わねばならぬのであり、
したがって、経済史学は歴史学の一部門であると同時に、広義での経済学であるべきだ、とわれわれは考えている。
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