０２ 資本主義
さて、経済史学のうえで「資本主義の発達」などというばあい、「資本主義」Ｋａｐｉｔaliｓmｕｓ｢ ｃａｐｉｔaliｓm｢ ｃａｐｉｔaliｓmｅ
とは、いったいどのような事実を意味しているのであろうか。あるいは、意味せしめるべきなのであろうか。この点
に関しては研究史にｆ一いろいろの立場があり、したがってもちろんいろいろな用語法がみられる。しかし、ここでは、
近代の西ヨーロッパの諸国やアメリカ合衆国などで世界史上もっとも純粋に近い姿をとって現われてきたような、近
代に独自な生産様式という意味に用いることにしようと思う。そのばあい、生産様式という語はさしあたって歴史の
一定の段階に照応した、経済生活（生産孔消費）の根本的な社会的組み立てというほどに解しておきたい。
＊ 本書における用語法と異なるものの一つとして、ここではとくに、「資本主義」を歴史上に見いだされる営利（＝利潤追求）の
営み一般と解する立場をあげておこうと思う。そのばあいには、営みＩの内容がどんなものであるにしろ、ともかくおよそ金も
うけのための営みがすべて「資本主義」と呼ばれることになるわけである。このような立場にた？で「資本主義」の発達に論
及している代表的な事例としては、おそらくルヨーブレンターノの諸著作をあげることができるだろう。たとえば、彼の論
文集Ｌｕjo Ｂｒｅｎｔａｎｏ｢ Ｄｉｅ Ａｎｆａｎｇｅ
ｄｅｓ ｍｏｄｅｒｎｅｎ Ｋａｐｉｔａｌｉｓmｕｓ｢ １９１８
（ルヨーブレンタノ、田中善治郎訳『近世資本主義の起
源』）−増補されて｀）ｅｒ wｉｒｔｓｃｈａｆｔｅｎ.ｄｅ Ｍｅｎｓｃｈ
ｉｎ ｄｅｒ Ｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ １９２３となったＩや｛｝ｅｒｓ.｢ Ｄａｓ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｌｅｂｅｎ ｄｅｒ
ａｎｔｉｋｅｎ Ｗｅｌｔ｡ １９２９ (Ｌ・ブレンタノ、舟越康寿訳『欧羅巴・古代経済史概説』）などを参照。「資本主義」のこのような用語法は、
現在でも地下水のようにと形容してもよいほど広くかつ深く流布されているが、それのみでなく、時に彼とは理論的立場をか
なり異にする人々によってさえ採用されているばあいもあるので、この点注意を要する。たとえば、マ。クスーヴェーーバーは、
資本主義の発展に関してはブレンターノと理論的立場をまったく異にしているが、「資本主義」の用語法はむしろ彼とほぼ相等
しいということができよう。Ｍａｘ Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ １９２３｢ Ｖｉｅｒtｅｓ
Ｋａｐｉｔel( ＾。クスーウェーバー、黒正巌・青
山秀夫訳『一般社会経済史要論』下、第四章）および｛｝ｅｒｓ.｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔ ｕｎｄ
Ｇｅｓｅｌｌｓｃｈａｆｔ｢ ４. Ａｕｆｌ.｢ Ｉ｢ ＳＳ. ９５
ff.などを参照。
われわれは本書ではこうしたブレンターノ的用語法をとらないが、その理由はただ、近代に独自な生産様式の近代に独自なゆ
えんを正確に表出するのに適当でないから、ということのみである。
＊＊ このような意味での「資本主義」は、いうまでもなく、カールーマルクスの『資本論』における当面の研究対象であった。
けれども、今日でこそ、マルクス主義経済学においても「資本主義」は術語として一般に使用されるようになっているが、『資
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資本主義の発達
第１章
本論』においては「資本主義」という用語はまだ使用されてはいない。ちなみに、「資本主義」が術語として今日のような普及
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をみるにいたるきっかけをつくったのは、おそらく「近代資本主義」の表題をもつヴェルナー・ソムバルトの大著、Weｒｎｅｒ
Ｓｏｍｂａｒｔ｢ Ｄｅｒ ｍｏｄｅｒｎｅ
Ｋａｐｉｔａｌｉｓmｕｓ｢ １. Ａｕf」｢ ２ Ｂｄｅ.｢ １８９８ ; ２. ｖｅｒｍｅｈｒｔｅ Ａｕｆｌ.｢ ３ Ｂｄｅ.
（ｊｅｄｅｒ ２ Ｈａｌｂｂａｎｄｅ)｢ １９１６であったと
思われる。ところで、世界史上の各「経済時代」Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｅｐｏｃｈｅおよびその一つから次のものへの推移を「経済精神」Wiｒｔ-
ｓｃｈａｆｔｓｇｅｉｓｔ↓「経済形態」Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｆｏｒｍｅｎ↓「経済制度」Ｗ
iｒｔｓｃｈａｌｔｓｓｙｓｔemという構造において捉えようとする彼の歴史
理論は、今日ではそのまま踏襲されることは殆んどないが、しかし右の書物はいまなお示唆されるところはきわめて大きい。
さて、人類はその生活を営んでいくために絶えず必要な物資を生産せねばならず、したがって、そうした生産活動
は歴史の曙から現在にいたるまで少しも休まず続けられてきたわけである。少なくともそう想定するほかはない。し
かもその生産活動たるや、個々人がてんでんばらばらにではなく、一定の社会をなしておこなわれてきた上に、その
社会の根本的な組み立て、すなわち生僮様式はまた時代によっていち匕るしく異なっているのである。そうした世界
史の上に見いだされる種々な生産諸様式のうち、とくに近代に特有なものが他ならぬ「資本主義」なのであって、な
かでも西ヨーロッパの諸国やアメリカ合衆国などでそれがもっとも純粋に近い発達をとげたということは、さきにも
触れておいた。・それでは、そうした近代に独自な生産様式としての「資本主義」は、いったい、どのような根本的特徴
を示しているのだろうか。それは、だいたい次のように要約してさしつかえあるまい。０商品生産（あるいは、一定
の留保のもとに、貨幣経済と言いかえてもよい）が全社会的な規模にまで一般化しており、したがって経済生活の｝般
的な土台を形づくっているということ、撃ｵかもそうした商品生産は、単純な独立の小生産者たちによるものではな
く、資本家が賃銀労働者たちを雇傭して生産労働に従事させる（すなわち、労働者たちがその労働力を商品として資本
家に売り、彼のために生産労働に従事する）という関係にもとづいて行なわれているということ、生産様式としての
「資本主義」はこうした二つの根本的事実によって特徴づけられており、そのもとでは、社会を構成する個々人の生
活需要もこのような生産関係（すなわち、商品生産という基礎的関係とその土台のうえに築きあげられている資本家ｕ
賃銀労働者という階級的関係）の基礎の上にたって絶えず充たされていくのである。もちろん、こうした基本的関係
のほかに、なお土地所有関係もまた度外視しえない重要さをもっており、地主が資本家、賃銀労働者とならんで独立
の一階級を構成するが、しかしそうした土地所有関係は、「資本主義」という組み立てのうちに完全に組みこまれてい
るばあい、上述の基本的関係に対してむしろ派生的ないし従属的なものとなっているという事実を忘れてはならない。
＊ 「資本主義」のもとにおける土地所有関係（＝地主制）のこうした特質の歴史的意味については、後段で立ち入った説明をおこ
なうこととして、ここではとくに次の点を指摘しておきたい。すなわち、ここで一般的に説明しているのは、たとえばイギ
リスにおけるように農業における資本主義の発達がいわぼ典型的であり、資本家−賃銀労働者亅地主という「三分制」ｓｙｓｔｅｍ
ｏｆ ｔｒｉｐａｒｔiｔｅ diｖiｓｉｏｎ *･£｡すでに完成されているばあいについてであってヽたとえば農地改革前の日本心みるようないわゆる半―
封建的な「資本主義」について言っているのではない・後者のばあいには土地所有（＝地主制）の意ぎぱまさに逆で、むしろ基
礎的であったといわねばならない。この点は十分な注意を要する。
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