*二 産業資本
０４ 産業資本
以上説明してきたような近代以前の生産諸様式に比較してみると、近代に独自な生産様式たる「資本主義」の歴史
的に独自なゆえんが、少しはっきりしてくるのではないかと思う。すなわち、０「資本主義」のばあい経済生活の一
般的な基盤をなしているものは、もはや土地占取のための単位集団たる「共同体」などではなり全社会的な規模に
まで発達をとげるにいたった「商品生産Ｕ流通」の関係である。⇔このことに照応して、そうした基盤の上に築きあ
げられている階級構成の基本線もまた、もはや何らかの形での経済外的強制をともなう土地占取関係などではなく、
資本家が賃銀労働者たちを雇傭して生産に従事させるという、あるいは、経済学的に正確に表現すれば、労働者が自
己の労働力を資本家に商品として販売し資本家がそれを生産のために消費する（すなわち労働力の商品化！）というい
わば純粋に経済的な関係である。このような基本的生産諸関係にもとづいて絶えまなく生産がとりおこなわれ、社会
全般の生活需要がみたされていく、こうした近代に独自な生産様式こそが「資本主義」とよばれるものなのである。
＊ このように言いきるとき、われわれが表象として思い浮かべているのは、もちろん、西ヨーロミ（の典型的な資本主義諸国家、
なかんずくイギリスの事情である。したがって、以上の理論的把握からの推論によって、たとえば戦前日本の経済事情をただ
ちに無批判に類推するようなごとは厳につつしんでほしい。そうしたばあい問題は何よりもまず実証にある。もし、現代の日
本において「共同体」がなお存続しており、また土地占取関係が基礎的関係としての意義をもちつづけているとすれば、問題
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となるのは、第一次的には上述したような理論的把握の正否ではなくして、むしろ戦前日本の経済的構造の歴史的な性格如何、
すなわち戦前日本の経済構造の基本をなしていたのは「資本主義」であるのか、ないのか、また「資本主義」とよびうるとす
ればいかなる意味でそうなのか、という点であろう。こうしたことがらはきわめて重要であるから、匸冒しておくこととした。
＊＊ たとえば、ソムバルトが近代の特質を「経済時代」ｄａｓ ｏｋｏｎｏｍｉｓｃｈｅ
Ｚｅｉｔalｔｅｒという語をもって表現しようとすることの合理
的基礎は、実は、この点にある。W｡ Ｓｏｍｂａｒｔ｢
Ｄａｓ ｏｋｏｎｏｍｉｓｃｈｅ Ｚｅｉｔａｌｔｅｒ｢ １９３０を参照。
さて、近代に独自な生産様式としての「資本主義」の根本的な特徴を、以上のように説明してほぽ誤りがないとすれ
ば、そうした組み立ての中で基軸あるいは回転軸ともいうべき地位にたつ生産関係は、他ならぬ「産業資本」’乱ｕｓ-
ｔｒielleｓ Ｋａｐｉｔal｢ ｉｎｄｕｓｔｒial ｃａｐｉｔａｌとよばれるものなのである。大づかみに説明してみると、次のように言えるであろ
う。まず、資本家（すなわち産業資本家）が一定量の貨幣（このばあい資金といいかえてもよい）を投下して、労働要具、
原料、設備などの生産手段を購入し、また賃銀労働者たちを雇傭して（すなわちその労働力を商品として購入して）一
定の生産に従事させヽその生産物は商品として販売するっその結果投下した資金を回収した髻え、さらに利潤を手に
いれる。回収された資金と利潤の一部はさらにひきつづき生産に投下され、こうして利潤追求を目的としつつ（すな
わち営利として）生産の営みがたえず繰り返えされていく。そうした生産関係、あるいはそうした生産関係にもとづ
いて作り上げられている「経営体」が「産業資本」に他ならない、と。つまり「資本主義」とよばれる生産様式はこ
のような「産業資本」をいわば個々の結び目とし、それを商品流通（貨幣を媒介とする無数の商品の売買）の糸でつな
ぎあわせた一枚の網にもたとえることができるのであって、こうした組み立てによって、社会を構成する諸個人の経
済生活が、すなわち社会全体のいわば新陳代謝がつづけられていくのである。
＊ 「産業資本」という語は、こうした用語法のほかに、「産業資金」つまり「産業経営に投下される資金」というほどの意味に使 ５
われることもしばしばである。「産業資本」という語をこういう意味に用いることが一概に悪いというのではないがヽただ歴史 １
資本主義の発達
第１章
1:
叙述に際しては、またとくに批判に際しては、用語法の如何を正確に意識していることが必要だろうと思われる。
＊＊ 少しばかり立ち人うて説明しておくと、生産様式としての「資本主義」を組み立てているもろもろの個別経営には、以上の 16
ような「産業資本」のほかに、商業資本や利子生み資本、さらには銀行資本が見出される。しかし、「資本主義」のもとにあっ
ては、それらの「資本」諸形態は基本形態たる「産業資本」の機能の一部が相対的に自立化したものにほかならず、したがっ
てそれらは「産業資本」の利害に従属して、その営みを補充し媒介するという役割を果すにすぎないのであって、本文の説明
に見るように、それをいちおう捨象して考えることは決して不当ではないのである。ただし「人類の歴史とともに古い」とい
われるような前期的な商業資本や高利資本は、またそれらとも、厳密に区別して理解されなければならない。そうしたものに
ついては、後出、第二章、一一 前期的資本、の項を参照してほしい。
ところで、そのような意味で「産業資本」とよぶことのできるものの中にも、もちろん、いろいろな内容の差違が
ある。たとえば、その営みが属する生産部門の相違に即してみると、農業資本、鉱業資本、工業資本などの種類に区
別されるであろう。さらにまた、とくに工業資本に関しては、その経営の内部的な組み立ての如何によってマニュフ
ァクチャー、工場などの経営諸形態が区別されうる。しかも、このマニュファクチャーおよび工場という二形態は資
本主義の発達の歴史を省みるばあいに、きわめて重要な意味をもつこととなるので、以下それらについて少しく立ち
入った説明をしておくことにしよう。
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