*０５ 工場およびマニュファクチャー
まず「工場」から始めるが、「工場」はむしろわれわれが現在目前に見ているものであり、したがってその説明とし
てはさしあたってあの機械組織を根幹とし、それを中心におびただしい数の労働者たちが配置され、生産に従事して
いる大経営を想起するだけで十分であろうと思う。ところで、こうした機械組織を根幹として組み立てられた工場な
るものは、周知のように、十八世紀末葉以降の「産業革命」によってはじめて歴史の舞台に姿を現わしたのであって、
悠久な世界史のうえからみればきわめて新しいものである。産業革命といえば、その発端をなした国はいうまでもな
くイギリスで、十八世紀の六〇年代あたりから、諸種の機械の発明とその経営的応用が俄然いきおいよく進行しは匕
め、ほぼ十九世紀の三、四〇年代までにそうした「工場」制度の一般的な普及によって国民経済の相貌が一変するにい
たった。さらに、このイギリスに雁行して、フランス、ドイツ、アメリカ合衆国なども十九世紀中葉ないし後半のう
ちに同様な産業革命を経過している。
ある。
歴史上、「工場」制度はこのような産業革命の過程ではじめて姿を現わしたので
＊ 産業革命については、詳細には後出、第二章、一八を参照。
それでは、産業革命の以前には、「工業資本」はいったいどのような姿をとっていたのか。実は、それがマニュファ
クチャーなのである。イギリス史に即していうと、十六世紀半頃から十八世紀末葉、つまり産業革命にいたるまでの
約二世紀にわたって、このマニュファクチャーが経営形態としてほぼ支配的な地位を占めていたとされるのであるが
（いわゆる「マニュファクチャー期」）、のちにも見るように、それは実証的にほぼまちがいのないところと思われる。
マニュファクチャーとは、大ざっぱにいえば「機械の基礎をもたぬ工場」、そうした職場経営にほかならぬが、とくに
工場制度と比較したばあい、どのような相違点をもっているのであろうか。さしあたって、次の二、三の点を指摘する
ことから始めることにしよう。糾まず、マニュファクチャーにおいては賃銀労働者たちの手で使用される生産手段
はもちろん、機械ではなくて、「道具」Weｒｋｚｅｕｇ｢ ｔｏｏｌである。産業資本特有のあの労働生産性の上昇にもとづく競争
力の増大（経済学に即していえば相対的余剰価値の生産）をもたらすものは、エ場のばあいすぐれて機械組織であるの
と異なって、マニュファクチャーのばあいには何よりもまず、労働自体の組織化であり、賃銀労働者たちによってと
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第１章 資本主義の発達
ｉ
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りおこなわれるところの分業にもとづく協業である。したがって、賃銀労働者たちの「協業」Ｋｏｏｐｅｒａｔｉｏｎ
（共同作業）
とその土台の上に展開される経営内「分業」Ａｒｂｅｉｔｓｔeilｕｎｇ
＾マニュファクチャーを、一方では「工場」制度から、他
方では単純な小経営（小商品生産）から区別するところの基本的な特徴となる。撃ﾂぎに、マニュファクチャーはそ
の経営規模が一般に工場よりも小さいばかりでなく、また、とくに小規模のばあいには、経営主（＝資本家）自身もそ
の家族たちも、労働者たちに立ち交って働くのが通例となっている。叫さらに、マニュファクチャーは、工場と比べ
たばあい、現実には種々な点で複雑な姿をとっている。たとえば、しばしば半農半工の経営として片足を農業のうえ
においている。また、やや規模が大きくなってくると、単一の職場ではなく、いくつかの職場の集合体として現われ
てくるばあいが特徴的に多い。それにまた、後述するよ入旧、「問屋制度」Ｖｅｒｌａｇｓｓｙｓｔemとよばれる商人の小生産者
支配の形式といろいろな形で複雑に絡まりあっている。それのみでなく、一般にマニュファクチャーが支配的だとさ
れているような状態のもとでも、同時に単純な小経営があるいは独立に、あるいは問屋制度の支配下に組織されつつ、
おびただしく残存している、むしろ両者が並存しているのが特徴的だとさえいうことができるであろう。
＊ 後出、第二章、一六および拙稿「マニュファクチャーの検出」『経済学論集』二四の三−五、「著作集」第五巻V、さらに拙著
『近代欧洲経済史序説』上の二、第二編第二章、とくに三二六−三〇頁、「著作集」第二巻、二九八−三〇一頁を参照。
＊＊ 産業革命の以前にも、もちろん何らかの初期の作業機や動力機、したがって萌芽的「工場」とも呼びうるものが存在した。
イギリス史のみについてみても、たとえば靴下編み工場、絹撚糸工場、リボン織工場などをあげることができよう。Ｃｆ. Ｐ.
lｖｉａｎｔｏｕｘ｢ ｌ tie Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ
Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ in ｔｈｅ Ｅｉｇｈｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ ｐｐ. １９３-２００（マント。、徳増・井上・遠藤訳『産業革命』二
四五−五七頁ごＡ. ｒ. Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ
Ｊ. ｄｅ 」ａｃｙ Ｍａｎｎ气i ｈｅ 」sｏｔｔｏｎ １
ｒａｄｅ ａｎｄ ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｌａｎｃａｓｈｉｒｅ｢ ｐｐ. ２８４-３１０.また、
そうしたものは、とくに鉱山業の部面で比較的数多く見いだされ、ソムバルトなどは産業革命以前にも「工場」Ｆａｂｎｋ
＾すで
に存在したと見ねばならない、と主張するのである。爿・曾日ごａｒしＱ。ｍｏｄｅｒｎｅ
Ｋａｐｉｔａｈｓmｕｓ｢ Ｚweiｔｅ Ａｕｎ.｢ ＩＩ／ｌ｢
ＳＳ. ７３４-５７.
しかし、そうした見解が妥当でないゆえんは、行論のうちでしだいに説明されるはずである。−なお、経済学の観点からみ
た道具と機械との相違については、何よりもマルクス『資本論』第一部、第十三章をみよ。
＊＊＊ 後出、第二章、一三における説明を参照。
マニュファクチャーとよばれる経営形態の基本的な特徴はだいたいこのようなものであるが、しかし、ひとくちに
マニュファクチャーとよばれているもののうちにも、歴史上いろいろな変型が見出されうることは、以上の説明から
だけでもわかるであろう。ここではそのうち、「資本主義」の発達という問題的観点から重要な意味をもつものとして、
さしあたって次の二つの型を指摘しておくこととしよう。
戟@巨大マニュファクチャー 西ヨーロッパの国々では、いわゆる「マニュファクチャー期」の全体を通じて相
当な規模の巨大マニュファクチャーが、その数は必ずしも多くはなく、むしろ例外的ではあるが、あちらこちらに見
出される。たとえば、十六世紀前半のイギリスにはそうした巨大な毛織物マニュファクチャーが数例知られている。
そのうちもっとも有名なのは、ニューベリーのジョンーウィンチコム（ニューペリーのジャックともよばれる）の経営
で、当時のある叙事詩のなかでは次のようにうたわれている。
大きく長い一室には、 二〇〇の岩乗な織機があった。
まことに二〇〇の男たちが 列なす機械で立ち働き、
傍にそれぞれ少年がいて、 嬉々と糸巻を廻わしていた。
またすぐその隣には、 一〇〇大の女が楽しげに
声あげ、羊毛を梳り、 澄んだ声でうたっていた。
また傍の一室には 二〇〇人の少女がおり、
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資本主義の発達
第１章
卜:
レ
真紅なペテイーコウトをつけ、 真白な頭巾をかむり、
かわゆい少女たちはたゆまず、 ひねもすそこで紡いでいた。……
その次の室にくれば、 粗末な着物の子供がおり、
皆坐って羊毛を選り、 粗毛と繊毛とを分けていた。……
もう一つの室でもまた 五〇人あまりの男をみたが、
それはいずれも仕上げエで、 熟練と巧妙で人目を惹いた。……
なお彼のものたる染色場には 四〇人あまりの男をおき、
さらに同じく縮絨場にも 二〇人あまりの男を雇っていた。……
この叙景には多分に誇張が含まれていることが明らかであるが、それでもなお相当の巨大マニュファクチャーであ
りたことだけは疑いえない。また、このウインチコムのものを始め、当時の毛織物巨大マニュファクチャーは、いず
れも、同時に多かれ少なかれ広汎な小生産者たちのうえに商人的な問屋制前貸支配の網をもひろげていた。ところで、
こうした巨大マニュファクチャーの典型的なまた生き生きした姿が見いだされるのは、何といっても、ブルボン絶対
王制下のフランスであろう。王権と巨商の協力のもとに「上から」創設されたいわゆる「特権マニュファクチュール」
ｍａｎｕｆａｃｔｕｒｅｓ ｐｒiｖｉｌｅｇｉｅｅｓは、全体としてみれば、広汎な小生産者層に対するおそろしく大規模な商人的問屋制前貸
支配の体系ともいうべきものであるが、その中心にはしばしば相当な規模の巨大マニュファクチャーが聳立していた。
こうした特権マニュファクチュールは一般に封建的・ギルド的な苛酷きわまる経済外的強制を伴っており、たとえば、
十八世紀初頭アブヴィル（Ａｂｂｅｖille）におけるヴァンーロベー（ｖａｎ Ｒｏｂａｉｓ）の王立特権マニュファクチュールでは、そ
の大規模な毛織物製造の職場は四方に囲壁をめぐらし、内部には労働者の宿舎があり、兵営を思わしめるものがあっ
た。ことに鉱山業のマニュファクチュールでは、そうした性格がいっそう露骨で、一七八五年に大精錬業者ディート
リッヒ（｛｝耳工訃）はフランス各地の工場や精錬所に約一、〇〇〇人の労働者を使役していたが、彼らは大職場の周辺に
たてられた営舎に住まわせられ、まさに「地獄の軍隊」であったとさえいわれている。
＊Ｔｈｏｍａｓ Ｄｅｌｏｎｙ｢ Ｔｈｅ
Ｐｌｅａｓａｎｔ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ Ｊｏｈｎ Ｗｉｎｃｈｃｏｍｂｅ｢ Ｔｈｅ Woｒｋｓ ｏｆ
Ｔｈｏｍａｓ Ｄｅｌｏｎｙ｢ ｅｄ. Ｆ. ０. Ｍａｎｎ｢ ｐ. ２０．その他
の事例については、拙著『近代欧洲経済史序説』上の二、三〇三−四頁、「著作集」第二巻、二七九頁をみよ。
＊＊ 問屋制支配については、後出、第二章、匸二を参照。
＊＊＊ フランスのブルボン絶対王制下における特権マニュフ″クチュールについては、高橋幸八郎『市民革命の構造』匸二三−五
九頁、中木康夫「フランス革命成立の基礎過程」（戸沢鉄彦教授還暦記念論文集『ブルジ’ア革命の研究』所収）一八二−九四頁
のほか、たとえば（Ｘ. Ｂａｌｌｏｔ｢
Ｌ'ｉｎｔｒｏｄｕｃｔｉｏｎ ｄｕ ｍａｃｈｉｎｉｓme ｄａｎｓ
１'Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｆｒａｎｇａｉｓｅ｢ ｐｐ. １６８-７０｢ １７４-２２５などをみよ。
＊＊＊＊ この「経済外的強制」の意義については、さしあたって、拙稿「緒言」、大塚・高橋・松田編『西洋経済史講座』第一巻
二四−八頁、「著作集」第四巻一八二ｉ五頁における説明を参照。
求@中小マニュファクチャー ところで、いわゆる「マニュファクチャー期」を特徴づけたのは、実は上述した
ような巨大マニュファクチャーではなく、むしろ、広汎にひろがる小経営官小商品生産）のあいだから、それに絡ま
りあいつつ、いたるところに姿を現わしていた中小規模のマニュファクチャーであった。そうしたものは、日おびた
だしい数の小経営と同様、通常農村地域を立地として広がっており、経営内容も半農半工という姿をとっていたし、
⇔また、経営規模はきわめてまちまちで、小規模なものは、その境目がどこにあるかわからないような形で、広汎な
小経営層のなかに姿を没していた。そのうち、波頭に立っていたともいうべき中規模のマニュファクチャーの姿を生
き生きと示すために、ここでは、「マニュファクチャー期」の開始を告げる十六世紀半頃のイギリス、とくに上述のよ
うな中小マニュファクチャーの発達が典型的であったとされるヨークシャー西部の事情をとってみることとしよう。
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資本主義の発達
第１章
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当時リース近傍の農村にみられた中小規模の毛織物マニュファクチャーの姿はだいたい次のようなものであったとさ
＊＊ 22
れている。−経営主たる「織元」たちは簡素だが何不足のない生活を営んでいた。彼らの家々のまわりには畑地か
果樹園があり、さらに小さい囲い込み地をいくつか所有あるいは賃借していて、それらを合わせると多数の家畜を飼
うことができた。牝牛、馬あるいは驢馬、豚、家禽はつねに飼われており、冬には牛か豚の一匹が屠られて塩漬とさ
れ、霜雪の数カ月間食肉の貯わえとなった。毛織物製造のための道具は残りなく揃えられていた。ノーザンーダズン
という大幅物を織る広幅織機、羊毛を染める染色桶、縮絨したあと毛織物の表面を剪毛してきめ細かくなめらかにす
る剪毛鋏とその台などは、すべて機織場あるいは職場のなかで見ることができた。戸外の囲い込み地のなかには、羊
毛を染めたあとで広げて乾かすための生垣、それから、縮絨のさいすっかり縮んでからまた所定の長さに引き伸ばし
て乾かす、長い木製の張物枠があった。たいていのばあい、「織元Ｊ
ｃｌｏｔｈｉｅｒたち（この地方では中小毛織物マニュファ
クチャーの経営主はこうよばれていた）は、雇主であるとともに働き手でもあった。彼らは「徒弟」ａｐｐｒｅｎｔｉｃｅｓたち
をおいていたが、この徒弟たちは長年雇主のもとで働いているうちに毛織物製造のいろいろな工程を習い覚えた。ま
たコ黽職人」ｊｏｕｒｎｅｙｍｅｎや婦人たちもやとっており、この人たちは雇主の職場でなり、自宅なりで、織糸を紡いだり、
織物を織ったりした。「織元」たちは織り上った毛織物をもって縮絨用の水車場へいき、十分に水をとおし、水車にか
けてから、家にもちかえって剪毛し、仕上げし、張物枠ではって、それがすむと自分で市場へ運ぶか、人にもたせて
やるかした。
＊ 当時、中小規模のマニュフ″クチ″Ｉがつねに、またどこでも、こうした農村工業という姿をとっていたわけではない。反対
に、都市地域に集中する傾向をもっていたばあいも見いだされるのであって、その適例としては十七世紀半頃におけるオラン
ダの都市ライデンの毛織物工業の事情をあげることができる。Ｃｆ.
Ｎ. W. Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢ Ｇｅｓｃｈｉｅｄｅｎｉｓ
ｖａｎ ｄｅ 」ｅｉｄｓｃｈｅ ｌａｋｅｎｉｎｄｕｓ-
ｔｒｉｅ｢ ＩＩ｢ bl. ４１８ ｅ. ｖ. しかし、こうしたライデンの毛織物工業にみられるような中小マニ’フ″クチ″Ｉの姿は、決して、「資本
主義」の発達過程における正常的な形態ということはできないのであって、その理由は行論のうちで明らかとなるはずである。
＊＊ Ｈ. Ｈｅａｔｏｎ｢ Ｔｈｅ Ｙｏｒｋｓｈｉｒｅ Ｗｏｏｌｌｅｎ
ａｎｄ Woｒｓｔｅｄ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｓ
ｆｒom ｔｈｅ Ｅａｒｌｉｅｓｔ Ｔｉｍｅｓ ｕｐ ｔｏ ｔｈｅ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅvｏｌｕｔｉｏｎ｢
ｐｐ. ９６-７. こうした形は、後述するように、決してイギリスにのみ特有なものではない。たとえば、十八世紀フランス、リヨン
の郊外に位置する農村工業地帯サンーディディエード。・ジョワユーズ村にみられる相似的な事情（Ｇ. Ｍａｒｔin｢
Ｌｅ ｔｉｓｓａｇｅ ｄｕ
ｒｕｂａｎ ａ ｄｏｍｉｃｉｌｅ ｄａｎｓ
ｌｅｓ ｃａｍｐａｇｎｅｓ ｄｕ Ｖｅｌａｙ(
ｐｐ. ４０-３）をみよ。
＊＊＊ こうした用語の意味について、詳しくぽ後出ヽ第二章ヽ匸一および一六における説明を参照。ただし、中世都市のギルド制
度に発するこれらの家父長制的な関係はこの時代になると、とくにこのばあい、ただ語の外形を残すのみで、その基本的な性
格は著しく変化しており、むしろ大ざっぱに「賃銀労働者」と解しても誤りでないことをここでは指摘しておきたい。
右にみたような中小マニュファクチャー、とくその上限をなす中規模のものは、だいたいどのくらいの数の賃銀労
働者を雇っていたのだろうか。いろいろの点からみて、中心をなしている職場には、雇主およびその家族の労働を別
としても、準備・織布・染色・仕上げなどの幾種類かの工程の働き手がほぼ二〇人に近く、それにさきの説明にもみ
られたような下請の人々をも合わせると、少なくとも二、三〇人程度以上の賃銀労働者が集中されていたのではない
かと推測される。時代を下って十八世紀に入ると、同じヨークシャー西部地域におけるそうしたマニュファクチャー
の規模がしだいに拡大されてきているのが認められるが、基本的な形は産業革命にいたるまで結局変ることがなかっ
たと言ってよい。ただ、下請の、たとえば織布工や染色工たちの職場が拡張されて、そこにも協業が形成され、それ
らが雇主直属の職場を中心に結び合わされて、全体として一個のマニュファクチャーが形成されるようなばあいも見
出されるようになる。たとえば、イギリスでいえば西部の「織元」ｃｌｏｔｈｉｅｒたちがそうした経営形態をとっていたよう
である。
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資本主義の発達
第１章
亅−−−
ｐ
＊ この推定のやや立ち入りた論拠については、拙著『近代欧洲経済史序説』上の二、三〇四−九頁、「著作集」第二巻、二七九ｉ
八三頁を見よ。
＊＊ 史家はこれを「小型工場」miniatｕｒｅ
ｆａｃtｏｒieｓの設立とよんでいるが（Ｈｅａｔｏｎ｢
ｏｐ. ｃｉｔ.> ｐ. ２９６」”これはもとより、前述したよ
うな初期の機械を使用する萌芽的「工場」の意味ではない。萌芽的「工場」といえば、イギリスでは十八世紀の三〇年代とも
なると、そうしたものがある意義をもち始め、その限りにおいて農・エの分離と工業の都市への再度の集中もまたその萌芽を
示七は匕めるが、その点については、後出、第二章、一八で産業革命との関連において改めて考察することとしたい。
＊＊＊ Ｈｅａｔｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔｐｐ. ２９６-９.なお、西部地方の織元に関しては興味深い代表的事例がＤａｎｉｅｌ Ｄｅｆｏｅ｢ Ｔｈｅ Ｃｏｍｐｌｅｔｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ
Ｔｒａｄｅｓｍａｎ｢ ５ｔｈ Ｅｄ.｢ １７４６｢１｢ ｐｐ. ３５６-９にあげられている。しかし、そうした形がもっとも典型的にみられるのは、十七世紀
半ばのオランダ、ライデン市における「織元」ｒｅｅｄｅｒの経営のばあいである。Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢ ｔ｢
ａ. ｐ.｢ Ｉｌｌ｢ bl. ５２６ ｅ. ｖ.をみよ。
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