*三 原始蓄積
七 原始蓄積
だいたい以上の説明で、「産業資本」なるものの姿がやや具体的に明らかになったことと思う。「資本主義」という
近代に独自な生産様式は、すでに見たように、こうした「産業資本」を個々の結び目として、それを商品流通（＝市場
での売買）の無数の糸で繋ぎあわせた一枚の網にも譬えうるのであり、いわば「産業資本」を回転諸軸として社会全体
の物質的新陳代謝が絶えまなしに取り行われていくような、そうした経済生活の根本的組み立てだと説明することが
できるであろう。ところで、もしそうであるとすれば、「資本主義」発達史における基軸ともいうべき過程も、また、
歴史上「産業資本」がその姿を現わし、しだいに発達をとげ、ついに社会の全面を支配するにいたる過程にほかなら
ぬ、と考えなければならないであろう。こうして、われわれが「資本主義」の発達を歴史的に考察しようとするばあ
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資本主義の発達
第１章
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い、当然に、「産業資本」の生誕と成長という局面に、何よりもまずその焦点を集めていくことになるのである。
さて、歴史上「産業資本」が生誕し成長していくためには、きわめて大づかみに見ても、次の二つの条件があらか
じめ具っていなければならなかった。すなわち、日 一方の極に、資本として投下されうる貨幣（つまり資金）が、産業
資本家（＝企業家としての産業経営者）たるべき人々の掌中に何らかの形で、少なくとも最少限度集積されていること、
⇔かつ他の極に、土地およびその他の生産手段を喪失し、賃銀労働者として働くよりほかに生活の道のないような貧
しい人々が、少なくとも最少限度存在していること、この二つである。この両条件は、産業革命を経過して「資本主
義」が発達しきった段階においては、もちろん「産業資本」の営み自体のなかから絶えず作りだされていくことにな
る。しかし、「産業資本」が旧来の、具体的には、「封建制」とよばれる古い生産様式の内部から新たに姿を現わし、
その足場をしだいに拡大していくような段階にあっては、むしろそうした両条件がたえず「原始的」ｕｒｓｐｒｉｉｎｇｌｉｃｈに、
つまり歴史的にまったく新しく作りだされ、しかもそれが一つに結び合わされて「産業資本」（さしあたってはマニュ
ファクチャー）を形づくっていくという過程が、どうしても現実に存在しなければならなかった。このように「産業資
本」が新たに生誕し、さらに、旧来の「封建制」を掘りくずすばかりでなく、「封建制」の崩壊のうちから生じた小経
営（＝小商品生産）をも破滅させながら成長をとげていく、その過程こそが、近代史のうえで資本の「原始蓄積」Ｕｒ-
ｓｐｒｉｉｎｇｌｉｃｈｅ Ａｋｋｕmｕlaｔｉｏｎとよばれるものに他ならない。少なくとも、「原始蓄積」とよばれる過程の中心的なまた
基礎的な局面を形づくっていたといってよいのである。
＊ すなわち、Ｈ一方においては、資本家は生産物の販売によって投下した資金をもとの貨幣形態で回収するし、罔他方におい
ては、賃銀なるものは労働力の代価としてその生産費（＝生活必需物資の価格）に近接していく傾向にあるから、全体として賃
銀労働者たちのもとには余剰が生じえないからである。
＊＊ ただし、念のために付言しておくと、歴史上、以上のような両条件はいかに豊富に作りだされても、それらがただばらばら
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に存在しているだけならば、まだ「原始蓄積」とよぶことはできない。単なる貨幣の集積や貧民の遊離ならば、それは、後段
でも述べるように、決して近代に独自な現象ではなく、むしろ世界史のどの時期またどの地方にも多かれ少なかれ見出される
ところのものである。資本の「原始蓄積」のばあい、それら二つが一つに結び合わされて「産業資本」とならねばならない。
たとえば、「資本主義」成立の前提諸条件に関するソムバルトの分析は、一面きわめて優れたものであるが、右の歴史的見地を
欠いていることが致命的であるとおもわれる。W.
Ｓｏｍｂａｒt｢ Ｄｅｒ ｍｏｄｅｒ。ｎｅ Ｋａｐｉｔａｌｉｓmｕｓ｢
Ｚweiｔｅ ｖｅｒｍｅｈｒｔｅ Ａｕｆｌ.｢
１／１-２｢ Ｚweiｔｅｓ
Ｂｕｃｈ｢ Ｄｉｅ hiｓｔｏｒiｓｃｈｅｎ Ｇｒｕｎｄｌａｇｅｎ
ｄｅｓ ｍｏｄｅｒｎｅｎ Ｋａｐｉｔaliｓmｕｓをみよ。なお、これに関連して、資本主義発達史上有名な彼
の「地代蓄積説」（jｒｕｎｄｒｅｎtｅｎａｋｋｕimilaｔｉｏｎｓｔｈｅｏｒieについては’ Ｄｅｒｓ.｢
ａ. ａ. Ｏ.｢ Ｅｒｓｔｅ Ａｕｆ」｢ Ｉ｢
ＳＳ. ２８２-３２４を参照。
＊＊＊ 資本の「蓄積」および「原始蓄積」の概念については、マルクス『資本論』第一部、第二三―四章をみよ。
ところで、このような資本の「原始蓄積」過程は歴史上種々な形の、およそ牧歌的とはなしえない経済外的な強力
を伴っていた。すなわち、上述の両条件がなんらか強力的に作りだされ、またそれらが「産業資本」として強力的に
結びあわされることによって、「産業資本」の生誕と成長が異常に促進される、という局面がみられた。そして、また
しばしば、この経済外的な局面のみがとくに「原始蓄積」の名をもってよばれることもある。資本の「原始蓄積」の
中心的なまた基礎的な過程をなしている経済的局面については次章以下で十分に検討することになるので、ここでは
さしあたって、「原始蓄積」のこの経済外的な局面について、近代史上画期的な意味を担ったいくつかの諸事件をえら
んで、例解をこころみておくこととしたい。
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