*０８八 原始蓄積の経済外的局面
「原始蓄積」の経済外的局面とひとくちにいっても、それは、各国における「資本主義」発達の条件が異なってい
るに応じ。て、さまざまな、特殊的な姿をとってあらわれてくる。イギリ戈のばあいも、もちろんその例外ではない。
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第１章 資本主義の発達
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付図 イギリス中世村落における混在耕地制
−−−Ｊ−ＩＩＩｒ
しかし、世界史のうえでもっとも長く「資本主義」発達のいわぼ波頭に立ちつづけた国であるだけに、そこにはなに
ほどか典型に近いものが多いと思われるので、以下イギリスの近代史にみられる二、三の代表的な事実をとって、「原
始蓄積」の経済外的局面の様相を若干具体的に説明してみることとしたい。
甬］ まず、あの有名な「土地囲い込み運動」Ｅｎｃｌｏｓｕｒｅ Ｍｏｖｅｍｅｎｔをその事例としてあげよう。−そもそも、さ
きに少しくふれた「封建制」（＝封建制的生産様式）の基礎を形づくる「村落」共同体においては、土地−当時におけ。
るもっとも大切な生産手段−の占取の仕方は近代（＝資本主義的生産様式）における完全な私有地のばあいとは著し
く異なっていた。ｏ「村落」の周辺にある耕地帯は、だいたい三〇ほどの「耕区」ｆｕｒｌｏｎｇ｢ Ｇｅwａｎｎに分けられていて、
各村民の保有する耕地は、そして領主の［直営耕地］ｄｅｍｅｓｎｅ｢ Ｓａｌｌａｎｄさえもたいてい、ほぽＩエイカーずつの小地
片すなわち「地条」ｓｔｒｉｐ｢ Ｓｔｒｅｉｆｅをなして、各耕区にひろく散在していた。いわゆる「混在耕地制」（Ｘｅｍｅｎｇｅｌａｇｅ｢
ｓｃａｔｔｅｒｅｄ ｓｔｒip ｓｙｓｔemである（三四頁付倔を参照）。しかも、耕地がこうした形で諸所に分散していたばかりでなく、そ
の利用方法も村落全体のいわゆる「耕区強制」Flｕｒｚwａｎｇ（共同態規制の一つの現われ）によって束縛されていて、自
由な経営は許されていなかった。ａ一耕地帯の周辺には森林、放牧地など、村落の「総有」（ｊｅｓamｔｅｉｇｅｎｔｕmにかかる
いわゆる「共同地」８ｍｍｏｎ｢ Ａｌｌｍｅｎｄｅがあり、領主も村民もそこに利用権、つまり「共同権Ｊ ｓｔinｔ｢ Ａｌｌｍｅｎｄｅｒｅｃｈｔ
をもっていたが、その共同権も、ほぼ各自の耕地保有量に比例して一定の大きさの伐木量や家畜の放牧数というふう
に具体的に制限されていた（共同態規制のいま一つの現われ）。「原始蓄積」に関連して研究史上やかましく問題とさ
れている「囲い込みＪ ｅｎｃｌｏｓｕｒｅというのは、実は、こうした共同地の一部や、さらにまた各所に分散した耕地片をな
んらかの方法で一個所に集めて、生垣や石塀などで囲い込み、村落全体の共同態規制から独立した土地に転化させる
ことを意味したのである。こうした「囲い込み」の現象は必ずしもイギリスにのみ特有なものではなく、大陸諸国に
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第１章 資本主義の発達
II
ももちろん多かれ少なかれ見出されるのであるが、ただイギリスの近代史においては、それが研究史上「囲い込み運
動」とよばれているような規模のひろい、激烈な動きとなり、「原始蓄積」に関連して大きな歴史的意味をおびるよう
になったのである。
＊ 「囲い込み」はｅｎｃｌｏｓｕｒｅの訳語である。こ。の語にはこの他に「綜画」、「囲牆」などの訳語があり、筆者は従来「綜画」を用い
ていたのであるが、本書では「囲い込み」とすることとした。なお、原語のままエンクロウジャーなどと記されているばあい
もある。
＊＊ Ｆｒｅｄｅｒic Ｓｅｅｂｏｈｍ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ ｖｉｌｌａｇｅ Commｕｎｉｔｙ
ｅｔｃ.｢ １８８３｢ ｐ. ２６のヨ心を借用した。これは、（Ｉフォードシャーのヒ
″チン荘園の耕地図をもととして、中世における地条分散の理想的状態を復元しようとしたもの。ここでは、典型的な事情を
示すものとしてのみ収録した。現実には、後述するように、もちろんきわめて複雑な変異がみいだされたのである。
＊＊＊ このようなものが、イギリスにおいても、また大陸諸国においても、封建的な「村落」共同体内部における土地占取関係の
丶丶丶丶
典型的な姿だったといえる。一般的にはＭａｘ Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ ＳＳ. １９-３９
(ウェーバー、黒正・青山訳『一般社会
経済史要論』上、六〇−八一頁ごＲｕｄｏｌｆ Ｋｏ:ｔｚｓｃｈｋｅ｢ Ａｌｌｇｅｍｅｉｎｅ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ
ｄｅｓ Miｔｔｅｌａｌｔｅｒｓ｡ ＳＳ. ２４８-７７のほか、
とくにイギリスについてはＦ. Ｓｅｅｂｏｈｍ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｖｉｌｌａｇｅ Commｕｎｉｔｙ｢ Ｃｈａｐ. Ｉ; Ｐａｕl Ｖｉｎｏｇｒａｄｏｆｆ｢ Ｔｈｅ Ｇｒｏwｔｈ ｏｆ
ｔｈｅ
Ｍａｎｏｒ｢ １９０５｢ Ｂｋ. ＩＩ｢
ＩＩＩ-Ｖ ; Ｃ. Ｓ. ａｎｄ Ｃ. Ｓ. Ｏｒwin｢ Ｔｈｅ
Ｏｐｅｎ Ｆｉｅｌｄｓ｢ １９５４｢ Ｐｔ. Ｉ｢
ＩＩＩ-Ｖをみよ。また、もちろん、こうした典
型的形態のほかに種々な偏差やさまざまの地方的類型の差異も存在したのであって、それについては上掲の諸著書、それに加
えてＨ. 」｡ Ｇｒａｙ｢ Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｆｉｅｌｄ
Ｓｙｓｔem｢ １９１５などを参照。
＊＊＊＊ イギリス経済史上における「囲い込み運動」については、Ｇ. Ｓｌａｔｅｒ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｐｅａｓａｎｔｒｙ ａｎｄ
ｔｈｅ Ｅｎｃｌｏｓｕｒｅ ｏｆ Ｃｏｍ-
ｍｏｎ Ｆｉｅｌｄｓ｢ １９０７ ; Ａ. Ｈ. Ｊｏｈｎｓｏｎ｢ Ｔｈｅ
Ｄｉｓａｐｐｅａｒａｎｃｅ ｏｆ ｔｈｅ Ｓｍａｌｌ
Ｌａｎｄｏwｎｅｒ｢ Ｆｏｒｄ 」ｅｃｔｕｒｅｓ｢ １９０９
; W. Ａ. Ｒ. Ｃｕｒｔleｒ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｃｌｏｓｕｒｅ ａｎｄ Ｒｅｄｉｓｔｒｉｂｕｔｉｏｎ ｏｆ
ｏｕｒ Ｌａｎｄ｢ １９２０.その他、とくに十六世紀のいわゆる第一次囲い込み運動については、Ｒ. Ｈ;
ｉａwｎｅｙ｢ １ ｈｅ Ａｇｒａｒｉａｎ Ｐｒｏｂｌｅｍ
ｉｎ ｔｈｅ Ｓｉｘｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ １９１２.十八世紀のいわゆる第二次囲い込み運動については、Ｐａｕl
Manｔｏｕｘ｢ Ｉ ｈｅ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ ｉｎ ｔｈｅ
Ｅｉｇｈｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ Ｐｔ. Ｉ｢ Ｃｈａｐ. ３
(Ｔｈｅ Ｒｅｄｉｓｔｒibｕｔｉｏｎ ｏｆ
ｔｈｅ ）ａｎｄ）をあげてお
く。なお、拙著「近代欧洲経済史序説」上の二、二四〇一七一頁、「著作集」第二巻、二二五−五一頁をみよ。
イギリスは、すでに中世のうちから牧羊と羊毛輸出によって知られていたが、十四世紀後半からはさらにそれを基
盤として毛織物工業が勢よく成長しは匕め、十五世紀末葉にはすでに押しも押されぬ国民的産業に経上がり、毛織物
はいまや輸出の中軸たる地位を占めるにいたった。こうした毛織物工業の国民的繁栄は羊毛に対する需要を異常にた
かめ、当時の人の表現をかりれば、「羊の足は砂を黄金に変える」といわれ、るほどの儲けを牧羊業にもたらした。これ
は、当然に、借地大たる牧羊業者にも、また地主（＝ジェントルマン）にも大きな刺戟をあたえ、耕地や共同地を牧場
に転化する傾向を誘致するとともに、そうした牧場形成の必要から「囲い込み」が始められることとなった。しかも
この「囲い込み」の動きは、十五世紀の七〇年代あたりから、俄然地主を先頭にたてて非常ないきおいで進行しは匕
め、その結果、そこここで横暴な横車によって農民たちが自分の保有地から追いたてられ、流民化するという現象を
惹起したのである。それを生き生きと描写した、有名なトマスーモアの『ユートピア』の一節を、煩をいとわず引用
しておこう。
「実はお国の羊です。あれは、元来やさしくおとなしい小食の動物でしたが、今は噂によると非常に大食となり
荒々しくなって、大間たちをまで喰いつくし疂みこんでしまうそうですね。『彼らは原野・家屋・都市を喰いつく
し破壊して貪り喰います。だから、ごらんなさい。お国で一番上等の、したがって一番高価な羊毛が産出される
地方では、どこでも貴族、準貴族（＝ジェントルメン）、そうです僧院長様たちが……羊の家を建てるために耕地
を少しも残さないで、その周囲に囲いをめぐらして牧場とし、家々を取り毀し、村々を引き仆し、立っているも
のとては教会のほかは残さないという有様です。……何千エイカーという土地を一つの板囲い、一つの生垣をめ
ぐらして閉じこめてしまうために、農民たちは自分の土橋から投げだされ、さもなければ詐欺か乱暴な圧迫のた
めにわきに押しやられ、手をかえ品をかえてどうしても立ち退かされるのです。可哀そうな質朴なみ匕めな人々、
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亅
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資本主義の発達
第１章
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ｌ
ｌ‐１
男・女・夫・妻・父のない子・寡婦・赤ん坊をかかえた悲しい母、馴染深い住みなれた家からとぼとぼと出て休
むに家はありません。……金がつきるまでさまよい歩いたあとで、彼らは盗みをして当然必ず死刑になるか、乞
食に歩きまわるほかに何をすることができますか。しかし、乞食に歩けばまた、歩きまわってしかも仕事をしな
いというので、浮浪人として獄に入れられます。どんなに仕事をしたがっても誰も仕事をさせようとはしません。
田舎仕事のほかに彼らの手慣れた仕事はないからです。」（ところどころ中略−引用者）
デューター絶対王制の政府は、もちろん手をつくしてこれを阻止しようとはした。しかし奔馬のような「囲い込み」
の進行を止めることはなかなか困難であった。そこで、一方では鞭打・烙印・死刑から奴隷化をさえ含む威嚇的な措
置によって浮浪や乞食を禁止するとともに、他方ではそうした流民たちをなんらかの形で生産部面に復帰させようと
努力した。「懲役職場」ｈ呂ｓｅ ｏｆ ｃｏｒｒｅｃｔｉｏｎなどを設けて浮浪者たちの手に職をつけようともしたし、また荒蕪地に勝
手に小さい囲い込み地をつくって居坐わろうとする「スクオツター」ｓｑｕａｔｔｅｒｓたちを公認し、それを法令で奨励しさ
えもした。なかんずく、その当時農村を基盤にますます繁栄に赴きつつあった毛織物工業のおびただしい経営のうち
に、徒弟その他の形で、流民やとくにその子弟を強制的に定着せしめようとした政策は、「産業資本」（＝マニュファク
チャー）の成長をいち匕るしく促進するという結果をもたらした。こうしてイギリスでは、十六世紀の中葉から、いよ
いよ「マニュファクチャー期」が開始されることになった。この「囲い込み」の運動は、ほぼ、その十六世紀中葉には
ある程度の衰えをみせているので、研究史上そのころまでの動きを「第一次囲い込み運動」とよぶことになっている。
しかし、もちろん、それはその後もたえず続けられ、十八世紀ことにその中葉以後には、穀物生産のための大農経営
を内容として、ふたたび爆発的に進行しは匕め、産業革命の過程につらなっていく。これがいわゆる『第二次囲い込
み運動』である。しかもこんどは、そうした「囲い込み」が、いまや名誉革命（二（八八年）で政治権力をにぎった議
丶
会によって法令をもって合法化され、「上から」の力で異常な勢でおしすすめられた。こうして現在のイギリスにみら
れるような農村の景観が終局的につくりだされるとともに、工業部面における「産業革命」の進行に呼応して、複雑
な姿をとりながらも、「産業資本」のためにおびただしい産業予備軍を作りだしていったのであった。
＊ こうした地主（＝ジェントルマン）や借地牧羊業者が、どのような歴史的性格のものであったかについては、研究史の現段階に
おいては、なお重要な問題が残されており、一義的には規定しがたいが、両者とも少なくともその一部はすでに資本主義的な
性格を帯びるにいたっていたと筆者は考えている。この問題については、後出、第三章、を参照されたい。
＊＊ Siｒ Ｔｈｏｍａｓ Ｍｏｒｅ｢ Ｕｔｏｐｉａ
(ｅｄ. Ｓａｍｐｓｏｎ)｢ ｐ. ３９ ｆ.トマスーモア、平井正穂訳『ユートピア』岩波文庫、二六Ｉ八頁参照。
求@つぎに、強力による貨幣財産の集積の代表的な事例として、イギリス人によるスペイン領新大陸産の「亂」の
奪取について述べておくこととしよう。コロンブスの発見にひきつづき、あのスペインの「征服者」８ｎｑｕiｓｔａｄｏｒた
ちの手で開拓されていった新大陸植民地、とくにメキシコ、ペルーは、十六世紀の二、三〇年代あたりから歴史上未曾
有の莫大な銀を産出しは匕めた。スペインのいわゆる「銀船隊」ｓilｖｅｒ ｆｌｅｅｔは大西洋の波濤をこえてこれをどんどん
本国へ運んだのであるが、そのさい、この銀獲得の対価として必要な物資のうち圧倒的に重要な地位を占めたものは、
他ならぬ「毛織物」であった。本国スペインには国産の製品のみでもってその需要をみたそうとする動きがもちろん
あったが、イギリスは、十六世紀半ばあたりから、しだいに自国産の廉価で豊富な毛織物をもって、しかも密貿易の形
でこのスペインの新大陸貿易にくいこみ、豊かな銀の分け前にあずかり始めた。十六世紀後半に入るとともにしだい
に険しくなってくる、あのイギリスとスペインの国際的対立は、実はこのような経済的利害の対立にもとづくことが
非常に大きかったということができる。ところで、イギリス人はそうした密貿易によるのみでなく、さらに直接に力
ずくで銀を自己の手に奪取しようと試みた。歴史上にいわゆる「私拿捕」ｐｒｉｖａｔｅｅｒｉｎｇ｢ Ｋａｐｅｒeiそれである。たと
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資本主義の発達
第１章
ｈ卩丶ｉＩ
えば、女王エリザベス一世治下には、その提督たちも海軍も一朝ことあるとき以外は、たえずそうした私拿捕に従事
して、スペインの銀船隊を襲ってはその積荷を掠奪した。そのために会社まで設立されて、女王みずからがこれに出
資したといわれているし、ドレイク、ホーキンズ、フロウビッシャーなど有名な提督たちの冒険的企業は、周知のよ
うに、いまなお語りつたえられている。アルマダ戦争（一五八八年）でスペインの無敵艦隊が撃滅され、制海権の重心
がイギリス、オランダの側にうつり、経済的にもスペインが圧倒されていくにつれて、こうしたイギリス側の攻勢は
むしろしだいに傍若無人といいうるほどの烈しさを加えていった。こうして、十七世紀半頃にはスペインの港セビリ
ャやカディスはすでに彼らの密貿易の横行にゆだねられてしまい、スペイン西インド商船隊の積荷はその六分の五ま
で外国商人の密貿易品であったとさえ言われている。私拿捕船の活躍もまた一段と激しさを加えた。クロムウェルが
ジャマイカ島を占拠せしめるとともに、イギリス人の私拿捕はこれを格好な拠点としてしばしばスペインの植民地を
荒廃にさえおとしいれた。このようにして密貿易と私拿捕は当時の世界帝国スペインの銀船隊を壊滅させたばかりで
なく、広大な新大陸貿易自体をさえその手から奪いとってしまったのである。
＊ このばあい「銀」は「貨幣」商品であったと考えてさしつかえない。ただし、唯一の貨幣商品ではなく、当時「金」とならん
で「複本位」bimetalliｓmともいうべき関係をつくりだしていた。ただし、十六世紀の二、三〇年代以降新大陸の銀の氾濫によっ
て「銀」の地位が相対的に高まったことはもちろんである。その後十八世紀の中葉からポルトガル領ブラジル産の「金」がお
びただしく流入するにいたって、はじめてイギリスが金本位制の方向に歩みは匕めるのである。W. Ａ. Ｓｈａw｢ Ｔｈｅ
Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ
（cｕｒｒｅｎｃｙ｢ ｅｓｐｅｃｉａｌｌｙ Ｃｈａｐ. ＩＩを参照。
＊＊ これに関しては、さしあたって、次の諸著を参照。拙著『近代欧洲経済史序説』上のＩ、第一編第二章第一節、「著作集」第
二巻、Ｃ. Ｈ. Ｈａｒmg｢ １ ｒａｄｅ
ａｎｄ Ｎａｖｉｇａｔｉｏｎ ｂｅｔwｅｅｎ Ｓｐａｉｎ ａｎｄ
ｔｈｅ Ｉｎｄｉｅｓ ｉｎ tｈｅ Ｔｉｍｅ ｏｆ ｔｈｅ Ｈａｐｓｂｕｒｇｓ｢ １９１８｢ ｅｓｐｅｃｉａｌｌｙ
ｐｐ. １１１-３｢ １２２:; Ｅ. Ｊ. Hamilｔｏｎ｢ Ａｍｅｒｉｃａｎ Ｔｒｅａｓｕｒｅ ａｎｄ ｔｈｅ Ｐｒｉｃｅ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ ｉｎ Ｓｐａｉｎ｢ 1501-1601｢ １９３４; Ｊ. Ｏ. Ｍｃ」ａｃｈｌａｎ｢
」ｒａｄｅ ａｎｄ Ｐｅａｃｅ wｉｔｈ Ｏｌｄ
Ｓｐａｉｎ｢ １６６７-１７５０｢ １９４０;本位田祥男「海賊と経済」論文集『経済史研究』所収、など。
こＩうした経路で、当時イギリスに流入した銀の額がおそろしく莫大なものであったことは、とうてい疑いえない。
明白に確認しうる主な事実だけをとってみても、エリザベス一世治下の財政状態はそれによっていち匕るしく改善さ
れたし、レヴァント会社のごときはそうした資金で設立され、そのレヴァント会社がさらにあの東インド会社創設の
基盤を作りだしていった。しかし、もちろん、そうしたことばかりではない。おそらく、あるいは購買力として放出
され、あるいはなんらかの金融上のルートをとおってであろう、そうした貨幣商品（＝トレジャー）はさらに広汎な勤
労民衆、とくに農村地域にすむ中小の生産者たち（農民および職人）の掌中に広くかつ深く富が蓄積されることにも役
立ち、彼らのあいだからもしだいに富裕な上層が分出されてくるのを助ける結果となった。そうした勤労民衆のもと、
に蓄積されていった富こそが、イギリス史上にいわゆる「民富」８ｍｍｏｎwｅａｌにほかならない。
＊ さしあたっては、iｓ. Ｌｉｐｓｏｎ｢ １
ｈｅ Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ
Ｅｎｇｌａｎｄ｢ ｒｅｖ. ｅｄ.｢ Ｉｌｌ｢
Ｃｈａｐ. Ｖ｢｛｝）Ｃａｐｉｔal ａｎｄ Ｆｉｎａｎｃｅなど参照。
＊＊ 十六世紀後半のイギリスにみられるこうした事情を、生き生きと示す同時代人の叙述としては、おそらく（リスンのそれに
まさるものは少ないであろう。William
Ｈａｒｒiｓ呂｢ Ａ Ｄｅｓｃｒipｔｉｏｎ ｏｆ ｈ｡ｎｇｌａｎｄy ２ｎｄ ｅｄ.｢ １５８７｢ ｅｄ. Ｆｕｒniｖall｢ Ｉ｢ ｐｐ. ２３８
ff.をみよ。
（なおこの部分は、Ｋ. hi. １ ａwｎｅｙ ａｎｄ ｂ. Ｐｏwｅｒ
(ｅｄｓ.Ｊ｢ １ ｕｄｏｒ Ｋｃｏｎｏｍｉｃ
Ｄｏｃｕｍｅｎｔｓ｢ ＩＩＩ｢ ｐｐ. ６８-７２にも抜粋されている。」
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ところで、新大陸産の銀の獲得に絡まるこのような経済外的な側面もまた、名誉革命の後ともなると、議会によっ
て合法化され、むしろ「上から」強力的に推進されるようになっていく。つまり、あの「重商主義」meｒｃａｎｔiliｓmと
よばれるところの、産業資本の育成を至上目標とする政策体系のうちに採り入れられて、国策として打ちだされてい
くことになった。周知のように、名誉革命前後からイギリスは、こんどはフランスと国際的に険しい対立を示すよう
になる。そして十八世紀を通じて、両国のあいだには、たえまないゲリラ戦的通商破壊をま匕えながら、スペイン継
承戦争を波頭にいくたびかの戦争が交されるが、それらはすべてこのスペイン領新大陸とヽそしていまやおびただし ３
−− −
第２章 産業資本の形成
１
卜
１
−ｊ−
‐−〜‐‐
‐Ｉ
−り‘‐「卜
い「金」を産出しはじめているポルトガル領ブラジルにおける商権の争奪を、主要内容としていたといっても、決し
て言いすぎではない。イギリスは戦勝ごとにきわめて有利な通商条約を結び、新大陸の諸植民地に優勢な商権をうち
たて、それによっていまや公然と「金」と「銀」に対する獅子の分け前にあずかることになった。こうして十八世紀
の後半にはロンドンがアムステルダムを凌いで、世界の金融的中心地にのし上っていくことになる。
＊ 「重商主義国家」が研究史上しばしば「原始蓄積国家」などとよばれることがあるのは、こうした事情による。ただ、そうし
た語の意味内容は通例ある種の混乱を示しているので、ここでは次の事実を指摘しておきたい。「原始蓄積」のあらゆる条件が
すべて出ぞろい、しかもそれらが統一ある政策体系として打ちだされていったのは、世界史上ほとんど、名誉革命以後のイギ
リスのみであろう。したがって「原始蓄積」政策としての重商主義の典型はどうしてもこの時期のイギリスに求めねばならな
いわけである。この点に関しては、張漢裕『イギリス重商主義研究』および拙稿「重商主義の社会的基盤」（舞出先生還暦記念論
文集『古典学派の生成と展開』所収、「著作集」第六巻）を参照されたいが、とくに重商主義の基軸をなす「保護政策」ｐｒｏｔｅｃｔio-
niｓmと東インド貿易の関係については、好著Ｐ. Ｊ. Ｔｈｏｍａｓ｢
Meｒｃａｎｔｉｌｉｓm ａｎｄ ｔｈｅ Ｅａｓｔ
Ｉｎｄｉａ Ｔｒａｄｅ｢ １９２６をみよ。
＊＊ この間の事情をもっとも生き生きと示してくれる史料として、Ｃｈａｒleｓ Ｋｉｎｇ｢ Ｔｈｅ
Ｂｒｉｔｉｓｈ Meｒｃｈａｎｔ｢ ３ ｖolｓ.｢ １７２１をあげて
おく。その要点の抜粋は、Ｊｏｈｎ Smitｈ｢
Ｍｅｍｏｉｒｓ ｏｆ Ｗｏｏｌ｢ ＩＩ｢ １７４７に収められているし、また、その興味ある部分の邦訳と
しては、拙訳「スペイン継承戦役の経済的背景」『経済学論集』十の八、「著作集」第六巻がある。−スペイン継承戦争の終結
に際し、トーリー党の政府によって締結されたユトレヒト講和条約に付帯する対フランス通商条約を批准すべきや否やについ
て、ウィ。グ党とトーリー党のあいだに烈しい政治的論争が交された。ウ″″グ党がチ″Ｉルズーキングを先頭として『ブリ
ティ″ジューマーチャント』誌に拠って通商条約を激しく攻撃したのに対して、トーリー党は、ダエエルーデフォウに依頼し
て『マーケイター』誌を発行し、防衛にこれ努めた。そのうち前者は、のちキングによって編集の上公刊された。それが前掲
の書物である。政争の結果はウィ″グ党側の圧倒的な勝利に帰し、通商条約はもちろん批准されなかった。このことだけから
でも判かるように、ウィタグ党、とくにプリティごソユーマーチ″ント派重商主義者たちの政策的主張は、当時イギリス経済
、政策の基調をなしていたのであり、その意味で右の書物は当面きわめて貴重な史料となるが、その叙述のうちには、フランス
と新大陸における商権を争いつつあるイギリスの経済的利害と政策的立場が、実に生き生きと物語られているといえる。
*