*１４ 問屋制度の展開
「問屋制度」Ｖｅｒｌａｇｓｓｙｓｔem｢ ｐｕｔｔｉｎｇ-ｏｕｔ ｓｙｓｔemの広汎な蔓延は、前述のように、中世末期から近世にかけてヨーロ
ッパの工業史を特徴づける一つの現象となっている。そのばあい「問屋制度」は何よりもまず遠隔地輸出向けの産業
諸部門をとらえたのであり、しかもそうした産業諸部門が中世都市（Ｉギルド制）から系譜をひく市場構造（諸「首都市
場圏」とそのあいだの商品交換の仲立ち）を基盤として展開されたものであることも、すでに述べたとおりである。と
ころで、「貨幣経済の発達」をもって産業資本の歴史的形成を説明しようとする人々は、普通はさらに進んで、こうし
た「問屋制度」こそが商業資本の産業資本への転化の第一段階であり、したがってそれは発達の極ついに押しも押さ
れぬ産業資本（「マニュファクチャー」および、とくに「工場制度」）に移行したと考えるのである。あるいは、商業資
本↓問屋制商業資本↓産業資本、と図式化することもできるであろう。この点をいま少し具体的に説明してみると、
次のとおりである。糾まず、遠隔地取引に携わる商人たち、あるいは小生産者のうちでも、たとえば準備工程とか仕
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第２章 産業資本の形成
上げ工程とかをうけもつために、いちはやく商人化したものたちが、一方では小生産者たちの製品の販売をもっぱら
その手に収めることによって彼らを市場から遮断し、他方では生産手段、とくに原料の供給をもその手に収めるよう
になる。ついで、原料（ときには道具さえも）の前貸によって小生産者たちを単なる下請生産者の地位におとし、遠隔
地販売向け製品の生産のために彼らを自己の支配下に編制する。こうして商人は「前貸問屋」となる。これが「問屋
制度」である。撃ｻの後この支配が強化されるとともに、小生産者たちは単に工賃をえて「前貸問屋」所有の原料に
加工するにすぎなくなり、しだいに事実上の賃銀労働者となる（いわゆる「問屋制家内工業」）。その極「前貸問屋」の
経営する職場の内部へそうした家内労働者たちが集められて協業を行うようになれば、ここにマニュファクチャーな
いし工場が生誕する。「前貸問屋」はマニュファクチャー主ないし工場主となり、産業資本が歴史的に形成される、と。
＊Ｍａｘ Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ Ｓ. １４６
ｆ.（ウェーバー、黒正・青山訳、前掲書、上、二九九頁以下）。
＊＊ 「問屋制度」に関しては、前出、一〇のほか、さしあたってはＷｅｂｅｒ｢
ａ. ａ. Ｏ.｡ ＳＳ. １４０-８ (ウェーバー、黒正・青山訳、前掲
書、上、二九〇−三〇一頁ごW. Ｓｏｍｂａｒｔ｢
Ｄｅｒ ｍｏｄｅｒｎｅ Ｋａｐｉｔａｌｉｓmｕｓ｢ ＩＩ／２｢
ＳＳ. ７０８-２９ ; Ｆ. Ｆｕｒｇｅｒ｢ Ｚｕm Ｖｅｒｌａｇｓｓｙｓｔem
ａｌｓ
Ｏｒｇａｎｉｓａｔｉｏｎｓｊｏｒm ｄｅｓ Ｆｒｉｉｈｋａｐｉｔａｈｓmｕｓ im ｌｅｘｔｉｌｇｅwｅｒｂｅ｢ １９２７ ; Ｇ. Ａｕｂｉｎ｢ Ｚｕｒ Ｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ ｄｅｓ Ｖｅｒｌａｇｓｓｙｓｔemｓ in ｄｅｒ
ｒｅｒｉｏｄｅ ｄｅｓ Ｆｒｕｈｋａｐｉｔaliｓmｕｓ｢
Ｊａｈｒｂｉｉｃｈｅｒ ｆｕｒ Ｎａｔｉｏｎａｌｏｋｏｎｏｒｎｉｅ
ｕｎｄ Ｓｔａｔｉｓｔｉｋ｢ ＩＩＩ. Ｆｏｌｇｅ｢
ＬＸＸＩＩ｢ １９２７.それに豊富な史実の
概観としてはＫｕliｓｃｈｅｒ｢ ａ. ａ. Ｏ.｢
Ｉ｢ ＳＳ. ２１５-２７｢ ＩＩ｢ ＳＳ. １１３-４６｢１６４-８１を参照。
さて、以上のような所説は産業資本の歴史的形成過程（＝原始蓄積の基礎過程）を説明するものとして十分納得的で
あるだろうか。すでに述べたように、そこには根本的な点で、かなりの難点が含まれているように思われる。そこで、
われわれはこの点を検討するために、さしあたって「問屋制度」に関する基本的な史実を拾い集めてみることにした
い。ただし、そのばあい「問屋制度」は工業部門だけをとってみても、繊維工業、鉱山・金属工業などにわたって広
汎に形成されているのであるが、ここでは、繊維工業、とくにそのうち資本主義発達史上最大の意義をになった毛織
物工業に焦点をあつめ、中世中期あたりから産業革命期にいたるまでの史実をほぼ三つの段階に分けて考察してみる
こととしよう。
＊ 前出、五〇−一、六六頁参照。
＊＊ 史実の一般的な概観のためには、前掲の諸文献のほか、鉱山・金属工業部門についてＪ. Ｓtｒｉｅｄｅｒ｢ Ｓｔｕｄｉｅｎ ｚｕｒ Ｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ
ｔｘａｐｉｔａｕｓｔiｓｃｎｅｒ vｒｇａｎｉｓａｔｉｏｎｓｊｏｒｍｅｎ; ｒ｣｡ Ｌｅｖｙ｢ Ｍｏｎｏｐｏｌｅ｢ ＫａｒｔｅＵｅ ｕｎｄ １
ｒｕｓｔｓ in ｄｅｒ Ｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ ｕｎｄ Ｇｅｇｅｎwａｒｔ ｄｅｒ
ｅｎｇｌｉｓｃｈｅｎ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ｢
２. Ａｕｆｌ.｢ １９２７をあげておく。なお、漁業部門においても、たとえばベルゲンにおけるリューベ″ク商
人の「仕込制」ｒｆｏｒｇｓｙｓｔemのように「問屋制度」類似のものが現われているし（Ｆ. Ｂｒｕｎｓ｢
Ｌｕｂｅｃｋｅｒ Ｂｅｒｇｅｎｆａｈｒｅｒ
ｕｎｄ ｉｈｒｅ
Ｃｈｒｏｎｉｋ｢ Einleiｔｕｎｇ｢ Ｓ. ６８
ｆ.」’農業部門における寄生地主制や農場領主制（グーツヘルシャフト）もほぼそれに照応するものと
考えてよいと思う。
田 「問屋制度」の最初の本格的な出現は、実はかなり古いもので、中世都市が手工業的な色彩をしだいに色濃く帯
びは匕める頃にまでさかのぼると言ってよい。そうしたものの代表的な事例がみいだされるのは、何といっても、イ
タリア諸都市と南ネしデルラント（とくにフランデルン）諸都市の繊維工業のばあいであるが、そのうち史上有名なフ
ィレンツェの毛織物工業を例にとって、まずこの段階における「問屋制度」の基本的な姿をとらえてみることにしよ
う。中世フィレンツェにおいては、毛織物工業に関連して、「カリマラーギルド」Ａｒｔｅ di Calimalaとよばれる商人ギ
ルドと「羊毛ギルド」ｙはの胎泛ｒ呂とよばれる織元ギルド、この二大ギルドが存在したことはひろく知られている。
そのうち前者の方がより古いようで、すでに十二世紀からこれに属する商人たちによって仕上げ工程の問屋制支配が
おこなわれていたことが知られている。ところで、この商人ギルドから分離して「羊毛ギルド」が生れるとともに、
これに属する織元たちによって、十三世紀末ごろから、毛織物製造の全工程にわたって広汎な「問屋制度」が作りだ
された。そうした織元（ラナイウオロ）の営みはだいたい次のようである。０まず「カリマラーギルド」の商人から原
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産業資本の形成
第２章
料の羊毛を買い入れる。撃ｱれを、自己所有の職場（ボごアガ）で、チオムピとよばれる赤貧の日雇労働者−数日な
いし一週間の契約−を使って梳毛・刷毛・打毛などの準備工程をおこなう。目つぎに郊外農家の婦人たちに原料
を前貸して、彼らの家計補充的な副業としてきわめて劣悪な条件で紡がせる。聯織布工程は市内の織布工たちに下
請させる。織布工たちは織糸の前貸をうけるばかりでなく、種々な形で織機をも貸与され、工賃その他の労働条件は
一般にきわめて劣悪であった。汲ｨわりに染色・仕上げの諸工程も市内の染色工や仕上げ工に下請させた。彼らは
他の諸工程の生産者たちと異なって、織元に対して経済的にも比較的独立の地位にあり、染色エの中にはかなり富裕
な者もみられた。
＊ 前掲の諸文献のほか、とくにＡ. Ｄｏｒｅｎ｢ Ｓｔｕｄｉｅｎ
ａｕｓ ａｅｒ Ｆｌｏｒｅｎｔｉｎｅｒ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
Ｉ （Ｄｉｅ Ｆｌｏｒｅｎｔｉｎｅｒ Wollenｔｕｃｈ-
ｉｎｄｕｓｔｒie ｖom １４. biｓ １６. Ｊａｈｒｈｕｎｄｅｒｔ）｢ １９０１.および、星野秀利「中世フ″レンツエ毛織物工業の歴史的性格」『社会経済史学』
二｝の五―六、を参照。
以上の事実だけを見ると、いちおう、「問屋制度」はその内部からマニュファクチャーを生みだしつつ、産業資本形
成の儷をきりひらくという歴史的な役割を果しているかのようである。ところで、事情は決してそう簡単ではなかっ
た。というのは、そのばあい、織元の問屋制支配は中世都市的ギルド制ときわめて深く絡みあっており、ほとんど「当
時の人々の目には伝来の手工業となんら異なるところがない」（クーリッシェル）ような状態だったからである。どの
ようにしてか。０「羊毛ギルド」の本来の成員はもちろん織元（ラナイウオリ）その他の富裕な商人のみであったが、
しかし、紡糸工程を下請する郊外農家の婦人たちだけを除いて、織元の支配の下で直接生産に携わる人々も「下積み」
（ソットポスティ）という形ですべてギルドの枠のなかにはめこまれ、きわめて厳格なギルド規制のもとにおかれてい
た。⇔問屋制前貸をいとなむ織元たちは、このように、本来のギルド成員として「羊毛ギルド」の規制に拠って製造
工程全体を強力に支配したばかりでなく、他の「大ギルドＪａｒｔi ｍａｇｇｉｏｒiの上層成員のばあいと同様、封建的地主た
る「都市貴族」層のうちに深く絡みこみっつ、ともに「古典的なギルド都市フイレンツェ」（ヴェーバー）の支配者層の
一翼を形づくっていた。呻「下積み」（ソットポステイ）とよばれる直接生産者たちは、こうして「羊毛ギルド」の厳酷
なギルド規制を通して織元たちの手に・しっかりとつかまれていた。紡糸に携わる郊外農家の婦人たちも間接ながら同
様の状態にあった。染色エ・仕上げエたちは、さきにも述べたように、比較的独立の地位にあったが、それも決して
例外ではなかった。問題となるのは、チオムピとよばれる日雇労働者たちを使って準備工程をおこなう織元直営の職
場（ポッテガ）のばあいであるが、これとても広い意味でマニュファクチャーとよぶことは必ずしも誤りではないにし
ても、その日雇労働者たちは苛酷きわまるギルド規制のもとにおかれて、半奴隷的ともいうべき拘束状態にあった。
このようにして、中世フイレンツェにおける織元たちの問屋制支配は強力な、ギルド規制という経済外的な強制によ
っ七支えられて、はじめて成りたっていたのであり、それに照応して、あの擬似マニュファクチャーともいうべき職
場（ボッテガ）さえもむしろそうした織元たちの問屋制的Ｈギルド制的支配を維持するための拠点たる意義をもってい
たのである。要するに、このばあい、「問屋制度」はとうてい自生的に封建的なギルド制を破砕して産業資本形成への
道を切りひらくようなものでなく、逆に「下から」の発展によってギルド制ともども破砕し去られるべきものであっ
た。そうして事実破砕された。
＊ ヴェーバーが鋭利にも指摘しているように、ルネサンス期フィレンツェの偉材アルペルテ″が「高貴にして信望ある家族」に
ふさわしいものとして、毛織物および絹織物製造のための「問屋制前貸」を推賞している事実を想起すべきである。ウェーバ
ー、梶山・大塚訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫、上、五六、五九頁。
＊＊ ヴェ｀Ｉバーは、このような問屋制支配とギルド規制の内的な絡みあいの事実は認めながら、しかも、それを「ギルドの解体」
とよび、とくにロンドンのカムパニー（＝商人の主導によって再編制されたギルド）については、ここでは「古いギルド精神の
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産業資本の形成
第２章
消失」がみられるため、ギルドは単に「遺制」として「形式上存続している」にすぎないとしている。Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅ-
ｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ ＳＳ. １４０ ｆt.
（ウェーバー、黒正・青山訳「一般社会経済史要論」上、二九〇―七頁）。これは通説というべきものではあ
ろうが、ギルドの歴史的意義の理解としてはあまりに狹すぎるのではなかろうか。抽象的にいえば、農業共同体は、それが封
建制的支配の基礎に転化したのちにも、決して「解体」したなどとは言いえないように、ギルド共同体もまた、問屋制支配の
基礎に転化したのちにおいても、「遺制」などではないのである。
同じころ、ガン、イープルなどフランデルンの諸都市に形づくられていた「問屋制度」もまた同様な性格と組み立
てをもっていたと言ってよい。また、ほぽ同様なものはドイツ、フランスにもある程度見出しうるし、最近の研究に
よれば、十二世紀のイギリスにも認められるようである。ところで、こうした段階と性格の「問屋制度」はどの地域
でも、だいたい十四世紀を中心として、おそかれ早かれ崩れさっている。そしてそれは、きわめて一般的にいえば、
日ドイツ経済史上にいわゆる「ギルド闘争」Ｎｕｎｆｔｋａｍｐｆｅ’つまりあの商人的地主的な「都市貴族」Ｐａｔｒiｚiaｔの支配
に対抗して「織布エギルド」を中心とする諸手工業ギルドが起ち上った闘争、撃ｱれと多かれ少なかれ呼応する農民
闘争とその結果として生じた「農村織布エ」その他による農村工業の形成、こうした一連の事実に照応しているとい
ってよい。そうした崩壊の経過と結末は、とくにそれぞれの地域における農業事情の特殊性に応じて、きわめてさま
ざまな姿をとっているが、きわめて大づかみには次のような型を検出することが可能であろう。日フィレンツェで
は、それぞれ自己の独自なギルドの結成を要求しつづける「下積み」職人たちの動きは、ついに匸二七八年にあの有
名な「チオムピー揆」となって爆発し、一時新政権が樹立されたが、農村の事情はそれに呼応した変化をほとんど示
さず、八二年には崩壊して旧制度が復活、強化される。そしてフィレンツェの毛織物工業は十五世紀中葉以降ともな
ると、商業革命の側圧も加わって、全体として共倒れ的な衰退におちいってしまう。激tランデルン毛織物工業の
動きはむしろ典型的といえよう。一方では、諸手工業ギルドが「都市貴族」に反抗して都市の支配機構、とくに市参
事会のうちに多かれ少なかれ地位を獲得するとともに、他方では、十四世紀初頭から台頭しつつあった農村毛織物工
業がその半頃にははげしい圧迫に抗してすでに確固たる足場をきずき、十六世紀には旧来の都市毛織物工業を圧倒し
さる。フランスでもほぼ同様の経過をとった。イギリスのばあい事情はいっそう順調で、十二世紀末ごろから手工業
ギルドがいわゆる「商人ギルド」gild meｒｃｈａｎｔとたいした軋轢もおこさずに独立の地位を築く一方、農村工業は急速
に蔓延しは匕め、周知のように、十五世紀中葉には国民的規模で確立される。呻ドイツでも、西北や西南の諸地域で
は、もちろん同様な過程がある程度まで見られるが、全体として目立つのは、多くの都市で手工業ギルドが市政にく
いこみ、さらにそれを通じて「手工業都市」の特有な政治的独立がつよめられたこと（いわゆるドイツ型「中世都市」
形成への傾向）で、こうした都市手工業ギルドの利害の優越に照応して「禁制領域」Ｂａｎｎｍｅｉｌｅいち匕るしく強化さ
れ、イギリスやフランデルンに典型的にみられるような農村工業発達の展望が閉されたばかりでなく、「問屋制度」の
展開さえ抑えられて、その結果イタリアとは異なった形の停頓状態が招来されるにいたった。
＊ 前掲の諸文献のほか、とくにピレンヌ、大塚・中木訳、前掲書所収の第二論文およびＥ. Ｃｏｏｒｎａｅｒｔ｢ Ｕｎｅ
ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｕｒｂａｉｎｅ ｄｕ
ＸＩＶｅ ａｕ ＸＶＩＩＩｅ ｓｉｅｃｌｅ. ＵＩｎｄｕｓｔｒｉｅ
ｄｅ ｌａ ｌａｉｎｅ ａ Ｂｅｒｇｕｅ-Ｓａｉｎｔ-
Ｗｉｎｏｃ｢ １９３０をあげておく。
＊＊ この点で重要かつ興味ふかい文献としては、Ｇ. Ｓｃｈｍｏｌｌｅｒ｢
Ｄｉｅ Ｓｔｒａｓｓｂｕｒｇｅｒ Ｔｕｃｋｅｒ- ｕｎｄ Ｗｅｂｅｒｚｕｎｆｔ｢ １８７９.
＊＊＊ Ｅ. Ｍ. Ｃａｒｕｓ-Wilｓｏｎ｢ Ｔｈｅ Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｃｌｏｔｈ Ｉｎｄｕｓｔｒｙ in ｔｈｅ Ｔwｅｌｆｔｈ ａｎｄ Ｔｈｉｒｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒieｓ｢ Ｍｅｄｉｅｖａｌ Meｒｃｈａｎｔ Ｖｅｎ-
ｔｕｒｅｒｓ｢ １９５４. このケアラスーウィルスンの論文は、本文で指摘したような点に関連して興味ふかいばかりでなく、初期の
イギリス中世都市にみられるいわゆる((gild
meｒｃｈａｎｔ))と宮「彫吼Ｅ呑の関係に関連して、((gild meｒｃｈａｎｔ))を一個の綜合ギルド
であったとするグロスの古典的見解（Ｃｈ. Ｇｒｏｓｓ｢ Ｔｈｅ Ｇｉｌｄ
Meｒｃｈａｎｔ｢ ２ ｖolｓ.( １８９０）に対し、根本的な修正を要求している。た
だ、いま少しの実証的展開が望まれるので、本書ではとりあえず通説によっておいた。前出、七二頁参照。
＊＊＊＊ その意味は、次節における叙述によっておのずから明らかとなるであろう。
＊呶＊＊＊ この点については、ピレンヌ、大塚・中木訳、前掲書所収の第二論文のほか、とくにＥ. Ｃｏｏｒｎａｅｒｔ｢ Ｕｎ ｃｅｎｔｒｅ
ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｌ
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／
産業資本の形成
第２章
ｄａｕｔｒｅｆｏｉｓ. Ｌａ ａｒａｐｅｒｉｅ-ｓａｙｅｔｔｅｒｉｅ
ｄ｢Ｈｏｎｄｓｃｈｏｏｔｅ(ＸＩＶｅ-ＸＶＩＩＩｅ ｓｉｅｃｌｅｓ）｢ １９３０｢ 」iｖｒｅ
Ｉを参照。
＊＊＊＊＊＊ ドイツ諸都市におけるＮｕｎｆｔｋａｍｐｆｅについてはヽさしあたって図’入０:ぼｃｈｋｅ｢ ＡＵｇｅｍｅｉｎｅ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ
ｄｅｓ 88
Miｔｔｅｌａｌｔｅｒｓ｢ ＳＳ. ５７６-８３-;
Ｈ. Ｃｕｎｏw｢ Ａｌｌｇｅｍｅｉｎｅ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
ＩＩＩ｢ ＳＳ. １４３-９.この「ギルド闘争」あるいは「ギルド
革命11 Ｚｕｎｆｔｒｅｖolｕｔｉｏｎは近来注意されることが比較的に少なく、通史などでは全く閑却されていることがしばしばであるが、
比較史的見地からみて遺憾な事態だといわなければならない。ドイツにおける農村工業については、後述ただちに触れるはず
である。−ヴェーバーは、比較史的な見地から、ドイツのこうした特殊性が資本主義発達史のうえでもつ意味を次のように
述べている。「ドイツではギルドが営業領域の狭隘化のためにますます封鎖的となっていった。これに政治的諸要因が介入し
た。ドイツ経済史全体を支配する都市の分立は。イギリスにはなかった。ドイツの都市は領邦に組みこまれてのちでさえ、で
きるかぎり独立のギルド的政策を遂行した。……だから、十六、七世紀という決定的な時期にギルドが存続していて、ギルド的
封鎖がおこなわれることが可能であった。そして、解きはなたれた資本主義は大河をなしてイギリスとネーデルラントを流れ、
フランスではその流れはより弱く、ドイツは背景に止まることになった」° Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
ＳＳ. １３１｢ １３９｢１４３ ff.
（ウェーバー、黒正・青山訳、前掲書、上、二七五、二八八、二九四―六頁）。まことに鋭い指摘であるが、われわれは次節で
これを農村事情というより根本的な観点から見直すことにしたいと思う。
襾 以上のように古い「問屋制度」が崩壊しさったのち、イギリス、ネーデルラント、フランスなど、とくに農村
工業の広汎な展開がみられた諸地域では、「問屋制度」がふたたび、しかし新たな形で、しかもいっそう大規模に形成
されてくる。このようないわば新しい「問屋制度」は、いずれの国においても、だいたい十四世紀末から十六世紀に
かけてのいわゆる「封建制の危機」の時代に蔓延を開始し、絶対王制期にはその経済機構のうちで重要な役割を果し
たのち、市民革命期にこれまた「下から」の発展におされて崩壊に帰することとなる。ヴェーバーはこうした「問屋
制度」の形態上の特質を要約して「こうした発展の特徴は農村織布工と都市商人の手によって前貸関係ができていた
ということである」（傍点−引用者）としているが、これはきわめて鋭利な指摘だといわねばならない。ただ、いかに
も抽象的で理解しにくいので、この発展がもっとも内容豊富であったと思われるイギリスの史実に主として例をとっ
て、この絶対王制期の「問屋制度」の基本的特徴を簡単に描きだしてみようと思う。
＊ もちろんドイツにもこうした形の「問屋制度」の発展がみられた。Ｅ. Ｎｕｂｌｉｎｇ｢ Ｕｌｍｓ
Ｂａｕmwｏｌｌwｅｂｅｒｅｉ im Miｔｔｅｌａｌｔｅｒ｢
Ｓｃｈｍｏｌｌｅｒｓ Ｆｏｒｓｃｈｕｎｇｅｎ｢ Ｘ
; W. Ｔｒｏｅｌｔｓｃｈ｢ Ｄｉｅ Ｃａｌwｅｒ Ｚｅｕｇｈａｎｄｌｕｎｇｓｋｏｍｐａｎｉｅ ｕｎｄ ｉｈｒｅ Ａｒｂｅｉｔｅｒ. Ｓｔｕｄｉｅｎ ｚｕｒ
Ｇｅｘｖｅｒｂｅ･
ｕｎｄ Ｓｏｚｉａｌｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ
Ａｌｔwｉｉｒｔｅｍｂｅｒｇｓ｢ １８９７
; Ａ. Ｔｈｕｎ｢ Ｄｉｅ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ
am Ｎｉｅｄｅｒｒｈｅｉｎ｢ Ｉ-ＩＩ｢ Ｓｃｈｍｏｌｌｅｒｓ Ｆｏｒｓｃｈｕｎｇｅｎ｢
ＩＩ.そ
の他東ドイツに関する文献は別にあげる。
＊＊ Ｍ. Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
ＳＳ. １４３｢ １４５ （ウェーバー、黒正・青山訳、前掲書、上、二九四―七頁）。またこうも言っ
ている。「いまや仕上げエと染色エは都市に、織布エは農村に住むようになった。」「西洋の初期資本主義にみられる制度は必ず
しも『都市』手工業から生じたわけではなかったし、通常はそうだったというわけでも決してない。……むしろ『都市』手工
業と並列して、都市のではなく、農村の労働力を狩りあつめて発生したことが、ひ匕ように多かった」。Ｉこのヴェーバーの
指摘は、きわめて鋭いものであるが、このばあいにも、われわれは農村事情の観点から改めてこの歴史的意味に照明をあてて
みなければならない。次節を参照。
＊＊＊ イギリスの史実については、たとえばＧ. Ｕｎwin｢
Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｏｒｇａｎｉｚａｔｉｏｎ ｉｎ ｔｈｅ Ｓｉxｔｅｅｎｔｈ ａｎｄ Ｓｅｖｅｎｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｉｅｓ｢
１９０４ ; Ｈ. Ｈｅａｔｏｎ｢ Ｔｈｅ Ｙｏｒｋｓｈｉｒｅ Ｗｏｏｌｌｅｎ ａｎｄ Woｒｓｔｅｄ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｓ｢ １９２０｢ Ｃｈａｐ. ３-４
; Ｅ. Ｌｉｐｓｏｎ｡ Ｔｈｅ Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ
Ｅｎｇｌａｎｄ｢ Ｉ｢ Ｃｈａｐ. ９｢
ＩＩ｢ Ｃｈａｐ. １;拙著『近代欧洲経済史序説』上の二、後編第二章、「著作集」第二巻。フランスの史実につい
ては、たとえばＨ. Ｓｅｅ｢ Ｒｅｍａｒｑｕｅｓ
ｓｕｒ le ｃａｒａｃtｅｒｅ ｄｅ l'ｉｎｄｕｓtｒie ｒｕｒａｌｅ ｅｎ Ｆｒａｎｃｅ ｅｔ leｓ ｃａｕｓｅｓ ｄｅ ｓｏｎ ｅｘｔｅｎｓｉｏｎ ａｕ ＸＶＩＩＩｅ
ｓｉｅｃｌｅ｢ Ｒｅｖｕｅ ｈｉｓｔｏｒｉｑｕｅ｢ １９２３
; Ｅ. Ｔａｒle｢ ＆ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｒｕｒａｌｅ
ｅｎ Ｆｒａｎｃｅ ａｕ ＸＶＩＩＩｅ ｓｉｄｃｌｅ｡ １９１０
;中木康夫「フランス絶対主義
形成期の産業構造」『史学雑誌』六一の九。さらにフランデルンおよびホラントについてはＥ. Ｃｏｏｒｎａｅｒｔ｢ Ｕｎ ｃｅｎｔｒｅ
ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｌ
ｄａｕｔｒｅｆｏｉｓ. Ｌａ ｄｒａｐｅｒｉｅ-ｓａｙｅｔｔｅｒｉｅ
ｃＴＨｏｎｄｓｃｈｏｏｔｅ｢ １９３０｢ 」iｖｒｅ
ＩＩＩ-ＩＶ ; Ｎ. W. Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢ Ｄｅ
ｇｅｓｃｈｉｅｄｅｎｉｓ ｖａｎ ｄｅ Ｌｅｉｄｓｃｈｅ
ｌａｋｅｎｉｎｄｕｓｔｒｉｅ｢ ＩＩ｢ １９３９｢
Ｈｏｏｄｓｔｕｋ ４を参照。
それはだいたい次のような三つの局面を含んでいたと言えるであろう。０中世末期になると手工業ギルドの内部
89
jl
産業資本の形成
第２章
で「親方」となりえないような「雇職人」層がしだいに固定し、彼ら独自の「雇職人組合」を結成する傾向を生んだ
ことはすでに述べたが、イギリスではさらに進んでひろく「小親方」ｓmall
maｓｔｅｒｓの姿をさえとるようになった。と
ころで、とくに毛織物工業のばあいにみられるように、遠隔地商業の網の目のなかに引き入れられるにつれて、本来
の「親方」たちは商人化（ないしは商人たちがこうした「親方」の地位を獲得）し、かつ「織元」として「小親方」た
ちを問屋制前貸による支配のもとに組織しはしめた。このような変化を内にはらんで、十五世紀末以降のイギリスで
は、種々な形で諸ギルドの合併や再編制がおこなわれて、その結果商人や織元たちを「重役」liｖｅｒｙとし、その問屋
制支配の下にある広汎な小親方たちを「平組合員」ｙｅｏｍａｎｒｙとするような寡頭専制的なギルドがふたたび形づくら
れるにいたった。いわゆる「カムパニー制」である。こうして、ギルド制と深く絡みあい、その経済外的な規制力に支
えられた「問屋制度」が再編制された。撃ｱの「問屋制度」の相貌は一見前述したフィレンツェのそれに酷似してお
り、紡糸工程は農家の婦人・小児たちの副業であったし、準備工程や仕上げ工程には織元直営の職場も見出された。
ただしかし、もっとも重要な織布工程はすでにこのころには農村工業として顕著な発達をとげており、都市の手工業
者、とくに「織布エ」たちはどしどし農村地域に流出しつつあった。そして織元たちは、いまや、こうした「農村織
布工」層をも問屋制支配の下に組み入れる努力をつづけねばならなかった。そのために、都市ごとに、あるいは公権
力と結びついて国家的な規模で、ギルド規制を農村地域にまで押し広げることが試みられた。また地主的Ｈ農村共同
体的規制もそれに援用された。呻さらにまた、農村工業地帯のただなかで、生産者の上層がしだいに商人化ｎ地主化
しつつ、農村工業を地盤に問屋制支配の網をひろげていく事実も看過さるべきではない。しかも、このばあいには、
その凝集点がしだいに都市化し、ギルド制があらたに形づくられて、その極は上述のものと同じ姿に帰結する傾向を
もつのであった。
＊ 前出、七六頁。
＊＊ 絶対王制期には、特徴的に、こうした職場の異常に拡大されたぼあいが見出される。前述したイギリスの巨大織元のばあい
もそれと考えられるが、何よりも、代表的と思われるのはフランスのいわゆる特権マニュフ″クチュールのばあいであろう。
それは広汎な問屋制支配をふまえて、そのうえにしばしば巨大マニュフ″クチ″Ｉが聳立していた。しかしそうしたマニュフ
ァクチ″１のぼあいにも経済外的なギルド的日特権的規制がきわめて色濃く随伴していたことを看過すべきではあるまい。前
出、二三−五頁のほか’ Ｋｕliｓｃｈｅｒ｢
ａ. ａ. Ｏ.｢ ＩＩ｢ Ｋａｐｉtel １１; Ｅ. Ｆ.
Ｈｅｃｋｓｃｈｅｒ｢ Ｄｅｒ Meｒｋａｎｔｉｌｉｓmｕｓ｢
Ｉ｢ ＳＳ. １６５-９３を参照。
＊＊＊イギリスにももちろんこうした例はある。たとえば、Ｂ. ＭｃＣｌｅｎａｇｈａｎ≒Ｔｈｅ
Ｓｐｒｉｎｇｓ ｏｆ Ｌａｖｅｎｈａｍ｢ １９２４にみえるラヴ’
ナムの興味ある動向。典型的なのはフランデルンのホントスホーテ（オンスコート）。図・の（ｘ>ｒｎａｅｒｔ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢
」iｖｒｅ Ｉ―ＩＩをみよ。
以上のような絶対王制下の「問屋制度」もまた、イギリスでもフランスでも、市民革命期における「下から」の発
展によって崩壊に帰する。それは何よりも、０都市におけるギルド制（＝カムパニー制）の民主化とその無力化、漸次
的な消失と、券_村地帯をも含めて全国民的規模にまで拡延されたギルド規制卜独占体制の廃止、こうしていままで
問屋制支配の経済外的な支柱となってきた古い諸制度が決定的に廃棄されたという事実のうちに最も明瞭に現われて
いると言えるであろう。ところで、この段階の「問屋制度」は上述のような「下から」の発展、とくに農村工業の広
汎な展開によってますます不安定な要素を付加しており、したがって、イギリスにみるように、その問屋制支配は相
対的にかなり緩やかなものでもありえた。しかし必ずしもそうばかりではない。フランスではいま少し強固なもので
あったと思われるし、とくに東ドイツのあのグーツヴィルトシャフトＴ領主制農場）のひろがる地域の「問屋制度」
などは、領主の農奴支配と絡みあいつつ、異常なまでに苛酷なものとなった。しかし、こうしたばあいには「下から」
の発展は押し止められ、産業資本の成長は順調に進行せず、共倒れ的な一般的衰退を招来するか、さもなければ、イ
ギリスやフランスときわめて異なった非自生的な形で産業資本の形成がおこなわれる結果となっている。
90
91
亅j
産業資本の形成
第２章
||
＊ イギリスについてはＭ. Ｊａｍｅｓ｢
Ｓｏｃｉａｌ Ｐｒｏｂｌｅｍｓ ａｎｄ Ｓｏｃｉａｌ
Ｐｏｌｉｃｙ ｄｕｒｉｎｇ ｔｈｅ Ｐｕｒｉｔａｎ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ｢
Ｃｈａｐ. ＩＶＩベーフランスに
ついてはＨ. Ｓｅｅ｡ Ｅｓｑｕｉｓｓｅ
ｃＴｕｎｅ ｈｉｓｔｏｉｒｅ ｅｃｏｎｏｍｉｑｕｅ
ｅｔ ｓｏｃｉａｌｅ ｄｅ ｌａ Ｆｒａｎｃｅ｢
ｐｐ. ３９３ ｅｔ ｓｕiｖ.; Ｔａｒle｢ ｏｐ.
ｃｉｔ.｢ Ｃｈａｐｉtｒｅ ３を参照。92
＊＊ 前出、二八−三〇頁。
＊＊＊ 」｡ Ｂｒｅｎｔａｎｏ( Ｅ）ie ｆｅｕｄａｌｅ Ｇｒｕｎｄｌａｇｅ ｄｅｒ ｓｃｈｌｅｓiｓｃｈｅｎ 」ｅｉｎｅｎｉｎｄｕｓｔｒie｢ Ｅｒｂｒｅｃｈｔｓｐｏｌｉｔｉｋ―Ａｌｔｅ ｕｎｄ
ｎｅｕｅ Ｆｅｕｄａｌｉｔａｔ｢ １９２４｡
＊＊＊＊ この点は次節で、別の観点から改めて考察しなければならない。
求@市民革命を経過したのち、「問屋制度」はいまいちど再形成されている。ただし、古典的マニュファクチャー期
のうちに（つまり世界史上イギリスで最初の産業革命が開始される以前に）このようないわば第三段階の「問屋制度」
を一時期として展開したのは、当時資本主義発達の波頭にたっていたイギリスだけであるので、その基本的な性格を
知るためにはどうしてもイギリスの史実を中心として見ていかねばならない。イギリスでは名誉革命以後、とくに十
八世紀に入って「問屋制度」はいち匕るしい広がりをみせる。こうした十八世紀イギリスの「問屋制度」も外見上絶
対王制期のそれに酷似した相貌を具えてはいたが、もはや決定的な点で異なったものとなっている。日ギルド制の
解体ないし無力化の結果、ギルド規制という経済外的支柱を喪失して、その組み立てはきわめて緩やかなものとなっ
た。⇔したがって、農村工業を地盤とする「下から」の発展を抑止する性格を示さず、また広汎な産業資本（＝マニ
ュファクチャー）の展開と共存するような関係をつくりだした。こうして「問屋制度」は、いまやさまざまな産業資本
の初期的な諸形態ともども、十八世紀末葉から産業革命の奔流のなかに流れこみ、そこで消失してしまうことになる。
この段階の「問屋制度」については、次節で別の観点からいっそう立ちいった考察を行なうつもりであるが、ここで
はさしあたって次の点だけを指摘しておきたい。すなわち、この段階の問屋制前貸人たちが産業革命に際して「工場
主」に転化した事例はもちろん数々見いだされるが、しかもこのばあいにも彼らは全体として、とくに大規模で典型
的な「問屋制度」を展開しているばあい、必ずしも積極的に「工場制」に移行しようとする傾向を示したわけではなか
うた。むしろ、すでにポールーマントゥーが鮮やかに指摘しているように、このばあいにも商業資本↓問屋制商業資
本↓産業資本というシェーマは「きわめて誘惑的であるが、」現実には、「まさにそれと逆のことがおこなわれた」。問
屋制前貸人の多くは「彼らと工場主との距たりは大きくはなかったのに、この距たりを乗りこえることを必要事とは
決して考えなかった」のである。
＊ さしあたって、Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ Ｄｅ
」｡ Ｍａｎｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢ Ｂｏｏｋ ＩＩＩ; 」ipｓｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｡
ＩＩ｢ Ｃｈａｐ. Ｉ;拙稿「問屋制度の近代的形態」論
文集『近代資本主義の系譜』前編所収、「著作集」第三巻、参照。
＊＊ この後にも、もちろん、最広義での「問屋制度」は残存するが、これは厳密には「近代的家内労働」とよぼるべきものであ
。、る。マルクス『資本論』第一部、第十三章第八節汲みよ。
＊＊＊ 後出、匸二○頁以下をみよ。
＊＊＊＊ Ｐ. Ｍａｎｔｏｕｘ｢ Ｔｈｅ
Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅvｏｌｕｔｉｏｎ ｉｎ ｔｈｅ
Ｅｉｇｈｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ ｐｐ. ２７０｢
３７８.
以上述べた毛織物工業に関する基礎的史実を一瞥しただけでも、産業資本の歴史的形成（＝原始蓄積の基礎過程）を
「問屋制度」の発達と関連させて説明し去ろうとすることには、さまざまな難点が含まれていることがわかるであろ
う。第一に、もっとも問題となるはずの、中世末期から近世にかけての「問屋制度」を検討してみると、それらは「ギ
ルド制」（＝ギルド共同体的諸関係）と深く絡みあい、その経済外的な規制力をいわば支柱としてはじめて成立してい
たのであり、したがって「問屋制度」（だから問屋制前貸大）それ自体からは、ギルド制その他の古い封建制的諸制度を
廃棄して自由な産業資本を（またそれが支配するような社会構成を）形成しようとするような自主的要求がでてくるは
ずがない。なるほど、そこには問屋制前貸大直営の擬似マニュフ″クチャー（ばあいによってはマニュファクチ。ヤー
とよんでさしつかえないもの）が含まれていたが、それはむしろ問屋制支配と古い諸制度を維持し強化するための礎
石とざえなっていた。第二に、そうした「問屋制度」は、事実、とく夊農村工業を基盤とする「下から」の発展によ
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産業資本の形成
第２章
つて再三破砕され、またその力に押されて変容させられ、一歩一歩資本主義発達の新たな段階に適応していき、その
極、産業革命にいたって消失してしまったようにみえる。であるとすれば、「問屋制度」の発達なるものはむしろ外側
の現われであり、産業資本形成の真の基礎と推進力はかえって、農村工業を基盤とする「下から」の発展そのものの
うちに求められねばならぬことにならないであろうか。さきにも指摘した「中産的生産者層の両極分解」をもって産
業資本の歴史的形成を説明しようとするいま一つの見解は、このような問題点を踏まえてでてくるのである。そこで
われわれは節を改めて、中世末期から近世にかけてのヨーロッパ経済史を特徴づけているあの農村工業発達の基礎的
史実に即して、このいわば「両極分解説」を検討してみようと思う。
＊ 前出、四五−六頁参照。
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