*三 農村工業と中産的生産者層の分解
１５ 農村工業の展開と局地的市場圈の形成
問屋制度の広汎な展開は、確かに中世末期からいわゆる「マニュファクチャー期」にかけてのヨーロッパ経済史を
特徴づけている。しかしながら、「農村工業」の著しい蔓延もまた、実は、同じ時期のヨーロッパ経済史を特徴づける
いま一つの重要な事実であった。しかも、問屋制度の発達をもって産業資本の歴史的形成を説明しようとする通説の
立場が、この事実の歴史的意味を十分に深く考察しないために根本的な難点を蔵していることは、さきにも述べたと
おりである。そこで本節ではこの「農村工業」の問題を正面からとりあげて、とくに毛織物工業に関する基本的な史
実を中心に、前述した通説と反対の立場、すなわち「中産的生産者層の両極分解」をもって産業資本の歴史的形成。（＝
原始蓄積の基礎過程）を説明しようとする見解を批判的に検討してみたいと思う。
＊この時期における「農村工業」の蔓延について、一般的には、W. Ｓｏｍｂａｒｔ｢
Ｄｅｒ ｍｏｄｅｒｎｅ Ｋａｐｉｔａｌｉｓmｕｓ｢ ＩＩ／２｢
ＳＳ. ８０３-８｡
拙稿「近世経済史上における農村工業」論文集『近代資本主義の系譜』後編所収、「著作集」第三巻、を参照。
現在研究史の教えるところによると、「農村工業」の展開がもっとも早期にはしまり、かつ順調だったと思われるの
は、何といってもイギリスである。あの「マニュファクチャー期」に産業部門としてもっとも重要な地位をしめた毛
織物工業は、この国では早くも十三世紀のうちに「農村」地域へ移動しはしめ、この趨勢は十五世紀後半のデュータ
ー絶対王制成立のころにはすでに決定的となり、十六世紀の半頃、つまり「マニュファクチャー期」の開始期にもな
ると、もはや逆に「都市工業」を圧倒しはしめる。さらに市民革命期（いわゆるピュウリタン革命と名誉革命）を経て
十八世紀に入ると、一方では重要工業はほとんどすべて農村地域でおこなわれ、都市はむしろ商品取引の拠点にすぎ
ないというような状態に達するとともに、他方では、すでにそうした農村工業の凝集点として各地に現われつつあっ
た、おびただしい数のいわゆる「茸都市」mｕｓｈｒｏｏｍ ｔｏwｎｓ
亡びさった「中世都市」とはおよそ相貌をことにし
たいわば萌芽状態にある「近代都市」−のなかからマンチェスター、バーミンガムなどの新興工業都市が姿を現わ
しはしめ、こうして工業がふたたび都市に集中されるという傾向を生みだしてくる。そしてその極、産業革命期にい
たってあの特有な「農村工業」の姿は消失して、工業は都市で、農業は農村で、という現在みられるような地域的分
業が完成するようになった。目を転じて大陸をみると、「農村工業」がイギリスに匹敵するほど早期かつ順調な展開を
示したのは南ネーデルラントのフランデルンおよびブラバント（現在はベルギーおよび北フランスにまたがっている）
である。ここでは、早くも十四世紀の初頭から農村諸地域で毛織物工業や麻織物工業の繁栄が開始され、さらに十五
世紀末から十六世紀に入ると、かつて殷盛をきわめた前述のガンやイープルなどの「都市工業」を圧倒しさるほどの
94
95
亠
勢を示し、一時はそのただ中からホントスホーテ（オンスコート）やアルマンティエールのような新しい型の諸都市を
生みだすほどの状態にまで達したが、十六世紀の末葉オランダ独立戦争の渦中にスペイン軍の鉄蹄下に占領されるよ
うになってのちは、む七ろ停滞の状態におちいって、その遺産はフランス、西ドイツ、オランダなどにうけつがれてい
く。そのうち、フランスでは十六世紀末以降のブルボン絶対王制のもとで、イギリスに比べて一段と紆余曲折はある
が、十八世紀中葉にいたって「農村工業」はついに旧来の都市を圧倒しさり、さらに大革命をへてのち、ここでもそ
のただ中から産業革命が進行することとなった。ただ、南ネーデルラントの「農村工業」から最大の分けまえを、しか
も直接にうけとった独立後のオランダ（北ネーデルラント）では、「農村工業」ははなばなしい進展を示さず、むしろ十
七世紀半頃以後きわめて萎縮した状態におちこんでしまうのであるが、これは別の関連で検討することとしたい。
＊ イギリスの「農村工業」についてはさしあたって次の諸論文を参照。Ｅ. Ｃａｒｕｓ-Wilｓｏｎ｢ Ａｎ Ｉ乱ｕｓｔｒial
Ｒｅｖolｕｔｉｏｎ in ｔｈｅ Ｔｈｉｒ-
tｅｅｎtｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ Ｍｅｄｉｅｖａｌ
Meｒｃｈａｎｔ Ｖｅｎｔｕｒｅｒ. Ｃｏｌｌｅｃｔｅｄ
Ｓｔｕｄｉｅｓ｢ １９５４.およびコ・の・り片曾（―・）｡ Ａｎ Hiｓｔｏｒｉｃａｌ
Ｇｅｏｇｒａｐｈｙ
ｏｆ Ｋｎｇｌａｎｄ ｂｅｊｏｒ １８００
(Ｆｏｕｒｔｅｅｎ Ｓｔｕｄｉｅｓ）所収の諸論文、とくにＣｈａｐ. ６｢
９｢ １０｢１１｢ １３ ; Ｅ. Ｆ. Ｈｅｃｋｓｃｈｅｒ｢ Ｄｅｒ
Meｒｋａｎｔｉｌｉｓmｕｓ｢
Ｉ｢ ＳＳ. ２１３−に卜‘
＊＊ ここでいう「農村」とは８ｕｎｔｒｙ｢
Ｌａｎｄ(ｐｌａｔｔｅｓ ）ａｎｄ)｢ ｃａｍｐａｇｎｅ（ｐｌａｔ-ｐａｙｓ)の訳語で、中世都市、つまりギルド組織をもつ
特権都市とその規制力のおよびうる禁制領域以外の地域をさす。だから、そうした都市の郊外も、ギルド組織をもたない単な
る工業集落もこの中に含まれている。わが国にはこうした法制史的伝統が明瞭でないため、適当な訳語が見あたらないので、
仮りに「農村」と訳しておいたｒｉｅｃｋｓｃｈｅｒ｢
ａ. ａ. Ｏ.｢ Ｉ｢ Ｓ. １８４参照。
＊＊＊ こうした「都市」は、前注で指摘しておいたように、中世的な法制的表現によると、もちろん「都市」ではなくて、農村な
のである。ところでこうした法制的表現は、ある意味で、両種の「都市」のあいだにみられる経済的組み立ての根本的な相違、
つまりギルド的・共同体的構成の有無を通じて、「近代都市」の歴史的性格を浮彫りにしているとも言うことができる。前出、
六六−八頁参照。実際、ギルド的・共同体的構成をもたない「近代都市」は、それが「中世都市」の漸次的変化によってでな
付図 1525年のラヴェナム村推測図
一16世紀前半イギリスの一農村工業村落
UI
96
く、「農村工業」地帯のただ中から独自に発生したものであるかぎ
り、外形についてみても、すでに萌芽状態から「中世都市」とは
きわめて異なった相貌を呈していた。たとえば、Ａ. ｔ｡｡ Ｌｅｖｅｔｔ｢
Ｓｔｕｄｉｅｓ ｉｎ Ｍａｎｏｒｉａｌ Ｈｉｓｔｏｒｙ｢ １９３８｢ ｐ. １８１
ｆ.; Ｅ. Ｃｏｏｒｎａｅｒt｢ Ｕｎｅ
Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｕｒｂａｉｎｅ ｄｕ ＸＩＶ” ａｕ ＸＶＩＩＩ” Ｓtｅｅｌｅ. 」'ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｄｅ ｌａ
ｌａｉｎｅ ａ Ｂｅｒｇｕｅ-Ｓａｉｎｔ-Ｗｉｎｏｃ｢ １９３０および｛｝ｏＵｎ ｃｅｎｔｒｅ ｉｎ-
ｄｕｓｔｒｉｅｌ ｄａｕｔｒｅｆｏｉｓ. Ｌａ ｄｒａｐｅｒｉｅ-ｓａｙｅｔｔｒｉｅ ｃＰＨｏｎｄｓｃｈｏｏｔｅ｢ １９３０
をみよ。なお、コールナールトの両書の巻末には、南ネーデルラ
ント、フランデルンの「中世都市」ベルグーサンーウィノ″クと
「農村都市」ホントスホーテについて、それぞれ十六世紀中葉の
市街図が掲げられているから、比較参照されたい。そのうち、ポ
ントスポーチの市街図についてピレンヌは次のように言っている。
「中世都市と異なって、城壁で囲まれた都市構内といったものも
なければ、濠さえ見あたらない。また、いくつかの主要な道路の
間を縫って、貧民たちがぎっしり住んでいるような路地網の痕跡
も全然ない。中央には教会がそびえたつ大広場があり、それを起
点として、大きく矢車形に大道路が四方に通じている。そしてそ
のはずれには、新来者が移住してくるごとにつぎつぎに近接して
たてられた小家屋が遠方にまでずらりと並んでいる。こうした型
の農村の工業集落と旧中世都市の間にある著しい対照は、同じこ
ろのイギリスでウスターやイーヴシ″ムのような特権都市と、マ。
ンチェスターやシェフ″−ルドやバーミンガムなど農村の工業都 97
市に見られる対照と非常に相似しているといえよう」。ピレンヌ、
jj
い
産業資本の形成
第２章
１１
大塚久雄・中木康夫訳「資本主義発達の諸段階」「社会科学ゼミナール」田巻頭の図版および九二頁参照。−なお、マクレナ
ガン女史が織元の遺言書にもとづいて復元作成したイギリス東部の「農村都市」ラヴェナムの一五二五年の市街図を掲げてお ９
くから、右のピレンヌからの一節を念頭におきつつ検討してほしい。前頁付図参照。なお、ラヴェナムは、イギリスでもっと
も古い農村工業地帯の一つサフォーク州南部における毛織物工業の凝集点をなす村落で、さきにもふれたように、このころす
でにある程度ギルド制形成（＝中世都市化）への傾向を示していたが、その後この地方の毛織物工業の一般的衰退のために、十
六世紀前半あたりを頂点に、ついにいかなる意味においても都市にまで成長しえなかった。Ｂ. ＭｃＣｌｅｎａｇｈａｎ｢ Ｔｈｅ
Ｓｐｒｉｎｇｓ ｏｆ
Ｌａｖｅｎｈａｍ ａｎｄ ｔｈｅ Ｓｕｆｆｏｌｋ Ｃｌｏｔｈ Ｔｒａｄｅ ｉｎ tｈｅ ＸＶ
ａｎｄ ＸＶＩ Ｃｅｎｔｕｒｉｅｓ｢ ｐ. ４７((Ｉｍａｇｉｎａｒｙ Ｍａｐ ｏｆ
）ａｖｅｎｈａｍ in １５２５>)｡
＊＊＊＊ 南ネーデルラント（とくにフランデルン）の「農村工業」についてはさしあたって次の諸研究を参照。Ｈｅｎｒi Piｒｅｎｎｅ｢ Ｕｎｅ
ｃｒiｓｅ ｉｎｄｕｓｔｒielle ａｕ ＸＶＩｅ ｓｉｅｃｌｅ. 」ａ
ｄｒａｐｅｒie ｕｒｂａｉｎｅ ｅｔ la貧呂ｖelle ｄｒａｐｅｒie}) ｅｎ Ｆｌａｎｄｒｅ｢ Ｂｕｌｌｅｔｉｎ ｄｅ ＶＡｃａ.ｄ６ｍ.ie Ｒｏｙａｌ ｄｅ
Ｂｅｌｇｉｑｕｅ｢ Ｃｌａｓｓｅ ｄｅｓ
leｔｔｒｅｓ｢ １９０５｢ Ｎ。５.(大塚久雄・中木康夫訳『資本主義発達の諸段階』所収、第二論文「一六世紀の産業危
機−フランデルンにおける都市毛織物工業と新興毛織物工業」）、およびこれを豊富な史料によって展開したＥ. Ｃ（）（）冖口Ｑαａ
の、前注に掲げた二著書の当該諸個所のほか、Ｈ. Ａ. Ｅｎｎｏ
ｖａｎ（ｊｅｌｄｅｒ｢ Ｎｅｄｅｒｌａｎｄｓｅ
ｄｏｒｐｅｎ ｉｎ ｄｅ 16e ｅｅｕｘｖ｢ １９５３｢ §§ ５｢
７｢ ８｢ ９-
＊＊＊＊＊ フランスの「農村工業」はついては、さしあたって次の諸研究を参照。Ｈ. Ｓｅｅ｢
Ｒｅｍａｒｑｕｅｓ ｓｕｒ leｓ ｃａｒａｃｔｅｒｅｓ ｄｅ l'ｉｎｄｕｓtｒie
ｒｕｒａｌｅ ｅｎ Ｆｒａｎｃｅ ｅｔ leｓ
ｃａｕｓｅｓ ａｅ ｓｏｎ ｅｘtｅｎｔｉｏｎ
ａｕ ＸＶＩＩＩｅ ｓｅｉｃｌｅ｢ Ｒｅｖｕｅ
ｈｉｓｔｏｒｉｑｕｅ｢ １９２３ ; Ｅ. Ｆ.
Ｈｅｃｋｓｃｈｅｒ｢ Ｄｅｒ Meｒｋａｎｔｉｌｉｓmｕｓ>
Ｉ｢ ＳＳ. １８４-２０（）; Ｅ. Ｔａｒle｡
Ｌ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅ ｄａｎｓ ｌｅｓ ｃａｍｐａｇｎｅｓ
ｅｎ Ｆｒａｎｃｅ ａ ｌａ ｆｉｎ ｄｅ
Ｖａｎｃｉｅｎ ｒｉｇｉｍｅ｢ １９１０.その他Ａ. Ｄｅｍａｎｇｅｏｎ｢
Ｌａ ｐｌａｉｎ ｐｉｃａｒｄｅ｢ １９０５
; Ｊ. Ｓｉｏｎ｢ Ｌｅｓ ｐａｙｓａｎｓ
ｄｅ ｌａ Ｎｏｒｍａｎｄｉｅ Ｏｒｉｅｎｔａｌｅ｢ １９０９; Ｒ. Ｍｕｓｓｅｔ｢
Ｌａ Ｂａｓ-Ｍａｉｎｅ｡ １９１７などフラン
ス人文地理学者たちの地誌的個別研究。
＊＊＊＊＊＊ オランダの不幸な「農村工業」については、さしあたって次の諸書を参照。Ｈ. Ａ. Ｅｎｎｏ ｖａｎ（ｊｅｌｄｅｒ｢
ｔ. ａ. ｐ.｢ §§ ２｡ ３｢ ４｢
６; Ｎ. W. Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢ Ｄｅ ｇｅｓｃｈｉｅｄｅｎｉｓ ｖａｎ ｄｅ Ｌｅｉｄｓｃｈｅ ｌａｋｅｎｉｎｄｕｓｔｒｉｅ｢ １９０８-３９｢１｢
bl. １２９-３６｢ ＩＩ｢ bl. ４１８ ｅ. ｖ.; Ｚ.-W. Ｓｎｅｌｌｅｒ｢
」ａ ｎａｉｓｓａｎｃｅ ｄｅ l'ｉｎｄｕｓｔｒie ｒｕｒａｌｅ ｄａｎｓ leｓ Ｐａｙｓ-Ｂａｓ ａｕｘ ＸＶＩＩＲ ｅｔ ＸＶＩ１１８ ｓｉｅｃｌｅｓ｢ Ａｎｎａｔｅｓ
ｄ'ｈｉｓｔｏｉｒｅ ｅｃｏｎｏｍｉｑｕｅ ｅｔ
ｓｏｃｉａｌｅ｢
１９２９.
以上のような「農村工業」の展開は、外面的な系譜からすると、一般に次の二つの源泉から流れでてきているよう
である。日宍舮の農民たちの営む手工業生産が、たんなる副業から成長して本業に転化していくばあい。⇔都市の
手工業者、とくに問屋制支配の下にある小親方たちが農村地域に逃れ、そこで農民たちのあいだに混住して手工業生
産をいとなむようになるばあいＪそのうち第二の経路はとくに絶対王制の後期にはきわめて目だった現象となり、イ
ー−ｒ・
ｊ・ 111111111ｔ
ギリス経済史の上では（(ｕｒｂａｎ ｅｘｏｄｕｓ)｝（都市からの人口流出）とよびならわされているのであるが、しかし発展しつつ
＊
ある「農村工業」はいつでも二つの源泉の双方からたえず補給をうけていたと見ねばならないであろう。しかし、い
ずれにせよ、歴史上「農村工業」の生誕・展開・勝利は、すでに示唆しておいたとおり、何らの社会的な摩擦もなし
ｌｊ
におこなわれたのではなく、どの国においても、またその展開のどの段階においても、多かれ少なかれ古い封建的・
―ｌ。ｌ――1111111114111J I I I
ギルド的な諸制度とそれに結びつく問屋制度の支配か戝妨害をうけ、それに抵抗しつつ達成されたのであった。もう
少し言い方を変えると、「農村工業」が「下から」順調に繁栄しつづけていくところでは、古い封建的・ギルド的諸制
度とそれに結びつく「問屋制度」の支配は崩壊せざるをえなかったし、また逆に、さきにみたフイレンツェや東ドイ
ツの諸地方のように、古い封建的・ギルド的諸制度とそれに結びつく「問屋制度」がいつまでも頑強に支配しつづけ
るところでは、「農村工業」はついに何らかの形で窒息するほかはなかった。つまり、歴史上両者のあいだには越えが
たい経済的利害（本書の論理的構成の上ではやや早まった言い方をすれば、階級的利害）の対立が存したことは明らか
と言うべきであろう。それでは、この両種の経済的利害は、内容的にみて、どのような点に打ち越えがたい対立をは
らんでいたのだろうか。
＊ この点は、たとえば、イギリス経済史上有名な｛五六三年の『職人条例』Ｓｔａｔｕｔｅ
ｏｆ Ａｒｔｉｆｉｃｅｒｓ｢ ５ Eliｚ. ｃ. ４について、その規定
内容を検討すれば明らかであろう。すなわち、一方では農民の子弟を徒弟とすることを禁ずるとともに、他方では都市職人の 99
農村流出を阻止しているからである。この条例は、Ｒ. Ｈ. Ｔａwｎｅｙ ａｎｄ Ｅ. Ｐｏwｅｒ (ｅｄｓ.）气」
ｕｄｏｒ Ｋｃｏｎｏｍｉｃ Ｄｏｃｕｍｅｎｔｓ｢ Ｉ｢
ｐｐ.
＝卞ｔＪ一
第２章 産業資本の形成
−111111111
ｉ
３３８-５０にも摘録されているが、とくにｐｐ. ３４５-８
(§§ ＸＸ-ＸＸＶＩＩＩ)を参照。
さて、ここで、本章の冒頭で提起した「貨幣経済」の歴史的性格という問題を、いま一度はっきりと想起し、それ
J 1111F1111
と‘綜合して考えてみる必要がでてくる。すなわち、われわれはいままで「鄒幤綵洲の発達」の代表的なばあいとして
中世都市を拠点とする遠隔地間商業と「問屋制度」の展開のみを考えてきたが、しかしいま問題の「農村工業」もま
た、すでに示唆したように、れっきとした商品生産であり、もちろん［貨幣経済の発達］の一つの重要な現われと見
ないわけにはいかない。であるとすると、ひとしく「貨幣経済」という範疇に属しながら、しかも一方「問屋制度」
は古い封建的・ギルド的な諸制度に結びつこうとし、他方「農村工業」は逆にそうしたものすべてと根本的な利害の
対立を示すようになるのは、いったいどういうわけなのだろうか。さらにまた、ぞがような両者の利害の対立はどの
ような経済的基盤（＝客観的条件）に即して生まれてくるものだろう膝問題はひとまずこのようになる。以下われわ
れはこの点にＩ応ふれてみようと思うのであるが、ただ研究史上この分野はほとんど未開拓に近いので、いまだに著
しく仮説的な性格のものであることに十分留意されたい。
＊ ひとまず、というのはこういう意味である。すなわち、歴史・具体的にはその他のさまざまな諸条件が絡みあってでてくるの
丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶丶
であるが、しかし方法的には、まずこの点から問題をときほぐしていかねぼなるまい、というのである。
＊＊ 拙稿「資本主義社会の形成」罔『社会科学講座』六、「著作集」第五巻所収、を参照。―ここで、研究史上ほとんど未開拓
などと言ったのは、基礎的史実に関連す＆個別研究がほとんど見られないということではなく、むしろ問題として明確に意識
され、研究がそれによって方法的に導かれているという事実がまだほとんど現われていないというほどの意味である。もっと
も、方法的に示唆ぶかいものとしては周知のようにコスミンスキーの研究がある。Ｅ. Ａ. Ｋｏｓminｓｋｙ｢ Ｓｅｒｖｉｃｅｓ ａｎｄ Ｍｏｎｅｙ
Ｒｅｎｔｓ in ｔｈｅ Ｔｈｉｒｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Ｈｉｓｔｏｒｙ Ｒｅｖｉｅw｢
Ｖ／２｢１９３５. (その紹介は、拙稿「イギリス荘園の研究に関する最近
の一傾向」『近代資本主義の系譜』後編補論一、「著作集」第三巻所収）。彼は十三世紀イギリスの史実を分析した結果、農民自
身が直接に交換経済に接触する関係と、領主の方がむしろ先に交換経済に接触する関係とを対抗的にとらえ、前者のばあいに
は「貨幣経済」が古い諸制度を崩壊させるに反し、後者のばあいには「貨幣経済」はむしろ古い諸制度を維持する方向に働く
とみた。この方法は現在わが国史学においても、「農民的貨幣経済」−「領主的貨幣経済」という表現をもって、さかんに駆使
されていることは周知のとおりである。これは、前出、四九頁注＊で指摘しておいたような、「貨幣経済」なる概念の方法的
善用の一例だと思うのであるが、コスミンスキー自身はしかし、最近はこうした広い用語法を放棄し、「貨幣経済」という用語
をむしろいわば「農民的貨幣経済」のみに限っている。（いｆ. Ｋｏｓminｓｋｙ｢ Ｔｈｅ Ｅｖolｕｔｉｏｎ ｏｆ Ｆｅｕｄａｌ
Ｒ ｅｎｔ in Ｅｎｇｌａｎｄ ｆｒｏヨｔｈｅ
Ｘｌｔｈ ｔｏ ｔｈｅ ＸＶｔｈ Ｃｅｎｔｕｒieｓ｢ Ｐａｓｔ
ａｎｄ Ｐｒｅｓｅｎｔ｢ ７｢１９５５.本書における私の用語法は、むしろコスミンスキーの旧説に近い。と
ころで、先にかえってコスミンスキーの見解に即して考えてみたばあい、農民たちはいったいどういう客観的諸条件が存在す
るとき、みずから直接に「貨幣経済」に接触することになるのであろうか。実は、こうしたことこそが、いまわれわれの当面
している問題なのである。この点について示唆にとむ見解をあげておくと、Ｎ.
Ｓ. Ｂ. Ｇｒａｓ｢ Ｔｈｅ Ｅｖｏｌｕｔｉｏｎ ｏｆ
ｔｈｅ Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｃｏｒｎ
Ｍａｒｋｅｔ｢ Ｃｈａｐ. Ｉ｢ § ４ ; Ｍ. Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ>
ＳＳ. １１７-２５｢ ２６９ ｆ. (ウェーバー、黒正・青山訳、前掲書、上、二四九
一六五頁、下、一七〇頁以下）、レーニン、飯田貫一訳『いわゆる市場問題について』国民文庫、など。なお、「農民的貨幣経済」
と「領主的貨幣経済」の対抗の問題については、第三章「封建制から資本主義への移行」で正面から取り扱うはずである。
われわれがいま問題としている中世末期から近世にかけての「農村工業」は、一つの特徴的な相貌をそなえている
ように思われる。それに則目数力村を含むような局地内に、諸種の手工業者たちが農民たちと混住し、彼らのあいだ
で生産物の売買がおこなわれ、互いに販路を提供しあっていに堕こいうことである。われわれはこれを「局地的市場圈」
とよぼうと思う。この特徴は、「農村工業」が「農村工業」であるかぎり、歪められ壊されながらも、何らかの形でも
ちつづけられていくのであるが、何といっても、そのいわば羽ばたきの時代にとくに明瞭にあらわれてくるといって
よい。少しばかり史実を示してみることにしよう。Ｉイングランド東部のサフォーク南部からエセ。クスにかけて
といえば、イギリスでもっとも早く「農村工業」の展開をみた地帯の一つであるが、このエ』セックスのサフォークよ
りに位するピンクフォード郡について、一三八一年の「人頭税徴収報告書」は当時の郡内一三カ村の職業別人口構成
をかなり生き生きと伝えている。そのうち、手工業者の数の多い五カ村の事実を摘記してみると、
Ｆｅｌｓｔｅｄｅ村 フランクリンー、自由保有農三二、日雇六一、織布工二、縮絨工二、仕立屋一六、毛織物商二、鍛冶
屋一三、大工一六、肉屋八、靴屋三、その他五、計一六一名。
Ｆ ｙｎｃｈｙｎｇｆｅｌｄｅ村 自由保有農五四、日雇六九、仕立屋二二、鍛冶屋二『大工二、パン屋二、靴屋匸一、その他
四、計一七七名。
Ｈｙｔｈｉｎｇｈａｍ Sibill村 自由保有農一九、日雇一六、日雇奉公人一四四、縮絨工二、仕立屋一九、毛織物商三、鍛冶
屋二、大工三、瓦屋二、その他四、計ニー四名。
Ｓｔｅｂｂｙｎｇ村 領主一、自由保有農二四、農奴二六、日雇三二、常雇奉公人一一、織布工一四、縮絨工二、仕立屋一
一、毛織物商六、鍛冶屋四、大工六、肉屋四、靴屋三（あるいは四）、瓦屋三、粉ひき屋二、その他二、計一五五名。
Ｓｔｕｒmeｒ村 自由保有農二〇、日雇五三、縮絨工九、仕立屋二、鍛冶屋九、大工一〇、靴屋七、その他三、計一一
三名。
となっている。見られるように、諸種の手工業者と日雇（および常雇）の比率がきわめて大きい。日雇たちの就業内容
がもし明らかであるとすれば、手工業など職業の種類はいっそう多様なものになるのではないかと思われる。これに
反して、残りの八力村では、手工業者の種類と数はずっと少ないが、日雇（および常雇）の比率はやはり同じように大
きく、Ｂｕmｓｔｅｄｅ ａｄ Ｔｒim村などは人頭税納付者総数一四三名のうち日雇の数がＩ〇一名の多きにさえ及んでいる。
つまり、比較的工業化した村落を農業的な色彩のいっそう強い諸村落が取り巻き、分業関係の上で或る局地的なまと
まりを示していることがわかるであろう。中部のレスターシャーについても、同じく一三八一年の「人頭税徴収報告
102
書」はほぼ同様の事実を示している。そればかりでなく、こうした「農村工業」地帯では各所に局地内での取引のた
めに「小市場」が設けられ、小生産者たちがさまざまな生産物を商品として互いに売買しあうばかりか、すでに領主
たちまでが手持ちの穀物などをそこで売却しはじめていることさえ確認されるのである。
＊Ｃｈ. Ｏｍａｎ｢ １ ｈｅ Ｇｒｅａｔ
Ｒｅｖｏｌｔ ｏｆ １３８１｢ Ａｐｐｅ乱iｘ ＩＩＩ｢
Ｄｅｔａｉｌｅｄ Poll-Ｔａｘ Ｒｅｔｕrnｓ
ｏｆ ａ Ｔｙｐｉｃａｌ Ｈｕｎｄｒｅｄ.そのおわりで、オウ
マンは次のような注釈を加えている。「ある村々で手工業者が大きな比率を占めていることに注意してほしいＡｌｈａｍｓｔｏｎ｢
Ｆｅｌｓｔｅｄｅ｢ Ｆｙｎｃｈｙｎｇｆｅｌｄｅ｢ Ｓｔｕｒmeｒの鍛冶屋、Ｓｔｅｂｂｙｎｇの織布エ、Ｆｅｌｓｔｅｄｅ｢ Ｆｙｎｃｈｙｎｇｆｅｌｄｅ｢
Ｈｙｔｈｉｎｇｈａｍ Sibillの仕立屋、Ｆｅｌｓ-
ｔｅｄｅ｢ Ｓｔｕｒmeｒの大工は局地的需要に対して不均等に大きいように思われる。こうした数字によると、これらの地域はそれぞれ
小工業中心地であ・つたようである」。この不均等発展については後にふれる。なお、右の数字は、吉岡昭彦「イギリス農村工業
の成立」『商学論集』二二の四、三〇頁に整理の上図示されている。また、サフ″−クのシンゴウ郡一ハカ村について上記「人
頭税徴収報告書」の示す数字は、ｈ. Ｐｏwell｢ １
ｈｅ Riｓｉｎｇ ｉｎ Ｅａｓｔ Ａｎｇｌｉａ ｉｎ １３８１｢ ｐｐ. ６７
ff.;岡田与好「イギリスーマナー崩壊
の基本的特質」『社会科学研究』五の三、九七−九頁、をみよ。ここでは手工業者分出の比率は、右のピンクフォード郡の数字
にやや劣るよう思われるが、日雇と常雇奉公人の数は総計八七〇名のうち七〇二名にも上っている。ちなみに、このシンゴウ
郡の南には前出、一〇一−二頁でふれたラヴェナム、ロングーメルフォード、サ。ドペリーを含むバ（Ｉダ郡、（ドリーを含
むコースフォード郡のような農村毛織物工業の中心地帯があり、さらに州境をこえると、ピンクフォード郡につづくのである。
この地帯は一三八一年の大農民一揆の発火点として知られている。−一三八一年の「人頭税徴収報告書」およびその史料的
価値については、○∃ａｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢ Ａｐｐｅｎｄｉｘ
Ｉ｢ Ｔｈｅ Poll-Ｔａｘ Rollｓ in ｔｈｅ
Ｒｅｃｏｒｄ Ｏｆｆｉｃｅを参照。
＊＊ この、或るまとまりという語はもちろん幾何学的な厳密さをもって解せられてはならない。この点に関しては興味深い史実
がある。南ネーデルラントの南端ナミュール（現在は北フランス）のマースブルフ周辺の三カ村は、十六世紀には、「農村地帯
ではあらゆる種類の手工業がおこなわれていた」といいうるほどの職業分化の状態を示していた。詳細な数字はＨ. Ａ. Ｅｎｎｏ
ｖａｎ 」rｅｌｄｅｒ｢ Ｎｅｄｅｒｌａｎｄｓｅ
ｄｏｒｐｅｎ ｉｎ ｄｅ １６ｅ ｅｅｕw> bl. １１１-４をみよ。局地的な自給自足性が大づかみに浮び上ってくるであろ
う。ちなみに、十六世紀といえば南ネーデルラントでは「農村工業」がすでに「都市工業」をほとんど圧倒しさるほどの展開 03
をとげていた時期である。
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第２章 産業資本の形成
＊＊＊ Ｋ. ｒｉ. ｒiiitｏｎ｢ １ ｈｅ
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Ｄｅｖｅｌｏｐｍｅｎｔ ｏｆ ｏ
ｏｍｅ Ｌｅｉｓｃｅｓｔｅｒｓhiｒｅ Ｅｓｔａｔｅｓ in ｔｈｅ
Ｆｏｕｒｔｅｅｎｔｈ ａｎｄ Ｆｉｆｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｉｅｓ｢
１９５４｢ Ａｐｐｅｎｄｉｘ Ｖの数字およびｐ. １０７所載の地図を参照。
＊＊＊＊ Hilｔｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢ ｐｐ. ３１-３｢１３５-３８.ちなみに、レスター修道院は穀物を近傍の小市場で販売したが、諸種の財貨は依然とし
て遠隔地の大市場で購入していた。東部、とくにエセ″クスの事情については、Ｎ. Ｋｅｎｙｏｎ｢ 」ａｂｏｕｒ Ｃｏｎｄｉｔｉｏｎｓ in Ｅｓｓｅｘ in
ｔｈｅ
Ｋｅｉｇｎ ０１ Ｋｉｃｈａｒｄ ｉｌ｢ Ｅｃｏｎｏｍｉｃ
Hiｓｔｏｒｙ Ｒｅｖiew｢ １Ｖ／４｢ １９３４
; Ｏｒｄｉｎａｎｃｅ ｏｆ 」ａｂｏｕｒｅｒｓ｢ １３４９｢ Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｅｃｏｎｏｍｉｃ
Ｈｉｓｔｏｒｙ. Ｓｅｌｅｃｔ
Ｄｏｃｕｍｅｎｔｓ｢ ｅｄ. ｂｙ Ｂｌａｎｄ｢ Ｂｒｏwｎ
ａｎｄ Ｔａwｎｅｙ｢ ｐｐ. １６４-７などをみよ。
さしあたり以上の史実だけからでも、市場構造（すなわち社会的分業の歴史的なあり方）に関して、「農村工業」がさ
きに述べたギルド制的「中世都市」（その拡大形態たる「首都市場圈」をも含めて）とまったく異なった、むしろ顛倒し
た組み立てをもっていることがわかるであろう。すなわち、「中世都市」のばあいには封建領主（＝地主）の地代所得や
遠隔地間商業によってえられた利潤がまず購買力として放出され、その土台の上にギルド手工業者たちと周辺の農民
との局地的な分業圏が形づくられていたのに反して、新しく成長しはじめている「農村工業」のばあいには尠？淤簽弓
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の小生産者たち、つまり農民や諸種回手工業者なぢ匪身のあいだで局地的な分業圏が形づくられ。これがすべての究
゛−−−−−１１・ｉｊｉｌｌ ＊
極の土台となっている。まさに逆の関係である。このことは決定的に重要な意味をもっているといわねばならない。
というのは、両者はいちおう同じように「局地内での分業関係」をつくりだしていながら、しかも、０前者では究極
の物質的土台が封建地代およびその転化形態たる商業利潤であり、そうした限定されたものとして外から与えられて
いるために、競争が手工業者たちに破滅的な影響をあたえ、その結果ギルド制（＝封建的共同体の転化形態）の形成に
たえず帰結していく。これに反し、血緕ﾒでは、局地内での小生産者同士の商品交換関係自体が究極の物質的土台と
なって出発しているため、それ自体独自のＩしたがって小生産者たちが古い領主制やギルド制からはなれさっても
十分にやっていけるような独立のＩ再生産圈を形づくるばかりでなく、そこでは自由な競争が生産諸力の発展をも
たらし、したがってさしあたっては、小生産者たち（農民と手工業者たち）全般の経済的独立と繁栄をよびおこしてい
く。こうして「農村工業」を基盤として形づくられた新しい「局地的市場圏」は、封建地代やその転化形態たる商業
利潤をも購買力として逆にその中に捲きこみっつ、競争を導きの糸として互いに接合され、かつ内部に新しい階級分
化（つまり購買力としての賃銀労働者層）をはらみながら、いっそう大規模な「地域的市場圏」に、ついには国民的な規
模での統一的国内市場にまで成長していくのである。つまり、ギルド的中世都市の市場構造が結局小生産者たちを古
い封建的な諸制度のうちに押しもどしていくような仕組みのものであったのに対して、「農村工業」を基盤として展開
してくる新しい「局地的市場圏」の構造は、それと反対に、小生産者たちが古い諸制度の支配から逃れて独立かつ自
由に生産し生活していけるような可能性と展望をはらんでいたということができる。
＊ 前出、七三頁以下、とくに七四頁注＊を参照。
＊＊ ここで、さしあたってというのは、新たな階級分化の進展とともに直接の生産者層の広汎な貧窮化が再び開始されるからで
ある。もっとも、さきにみたように「局地的市場圏」のいわば羽ばたきの時代にもすでに多数の日雇の発生を伴っているが、
そうした段階での日雇たちは、たとえば十四世紀後半のイギリスでとくに明瞭にみられるように、旧来の諸関係のもとにある
農民たちより相対的に裕福な状態にさえあったことは周知のとおりである。たとえば、ラングランドの作とされている「農夫
ピアス」の次のような一節（W. Ｌａｎｇｌａｎｄ｢
rieｒｓ Ｐｌｏwｍａｎ｢ Ｅｄ. Ｅｖｅｒｙｍａｎ
ｓ 」ibｒａｒｙ( ｐ. １１７）をみよ。
土地をもたず手仕事だけが頼りの日雇たちは、
昨日の野菜など遠慮してたべない。
彼らに向くのは安酒やベーコンじゃなく、
生肉や生魚の焼いたのや揚げたもの。
腹が冷えてるから、うんとうんと黙くして。
十五世紀のイギリスは何とい。ても、ロジ″Ｉズのいうとおり、「日雇の黄金時代」だったのである。
104
105
第２章 産業資本の形成
＊＊＊ 前出、八五頁注＊や八一−二頁で述べたような、中世都市を拠点とする「首都市場圏」との理論上の区別を忘れないでほ
しい。ただし、事実上両者は経過的にはつねに重なり合ってでてくるけれども。具体的な姿については、大塚久雄・吉岡昭彦 106
「リーランドの『紀行』に見えたる当時の社会的分業の状態」『経済学論集』ニーのニー三、「著作集」第五巻Ｉその他を見よ。
＊＊＊＊ 中世末期の農民一揆が擁護しようとし、また積極的に獲得しようとした経済的利害はまさにこうしたものであった。たと
えば匸二八一年のイギリス大農民一揆についてはＧｒａｓ{ ｏｐ. ｃｉｔ.} ｐ. ２７をみよ。
ただ、「農村工業」については、ここでなお二言付言しておかねばならない。それは農村内部に手工業者たちが混住
し、何らかの形で「農村」を基盤として「局地内での分業関係」をつくりだしているという事実自体は、必ずしもい
まわれわれが問題としている時代にのみ独自な現象ではないということである。むしろ、その事実だけならば、ほと
んど歴史とともに古いとさえ言いうるだろう。古代のこと、はさておき、封建制の開始期たる中世の初期にもかなりの
手工業者が「農村」（＝農村共同体）内部に潜在していて、そのあるものは近隣の顧客を相手にすでにある程度自由に賃
仕事や製品の販売を行なっており、そうした人々がのち中世都市に吸収されて「手工業ギルド」の最初の形成者とな
ったということは、ペロウの研究以来ほぼ承認されているところである。しかし、そうしたより古い時代の「農村」の
手工業者たちはいずれも何らか「デーミウルギー」（＝共同体のための労働）という形で封建制の古い「農村」機構、つ
まり農村共同体の仕組みのなかに多かれ少なかれがっちりと組みこまれていたのである。あるいは、なお「自然経済」
のうちに多かれ少なかれ埋没していたと考えてもよい。ところで、いまわれわれが問題としている中世末期以降の顕
著な「農村工業」の発達は、たしかにある意味でそうしたより古い「農村手工業」が一段と成長をとげたものだと言
うことができるであろう。とはいうものの、そこには単に農村手工業のいっそうの分化と拡延ということだけでなし
に、もはや、「デーミウルギー」などとはおよそ異なって、古い封建的諸制度（とくに共同体）の規制に服そうとはしな
い圭卜発展が生まれいでつつあったことは、すでに見たとおりである。つまり、社会的分業（＝生
産諸力）の量的な進展に照応して「農村」を基盤に小生産者たちを基軸としつつ「下から」質的に全く新しい再生産圏
（＝生産関係）を作りだす態勢にあった。われわれはさしあたりこうした観点から「農村工業」の展開を見ていくこと
とする・ただし、この点については後段で、「封建制から資本主義への移行」といういわば全機構的な観点からさらに
詳細に見なおしてみなければならない。
＊Ｍ. Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
Ｚweiｔｅｓ Ｋａｐｉｔel｢ §§ １-２. (ウェーバー、黒正・青山訳、前掲書、上、第二章第一−二節）、拙
著『共同体の基礎理論』とくに第三章、「著作集」第七巻を参照。
＊＊ （ｔ. ｖｏｎ Ｂｅｌｏw( Ｉ）ie Ｍｏｔiｖｅ ｄｅｒ Ｚｕｎｆｔbildｕｎｇ im ｄｅｕｔｓｃｈｅｎ Miｔｔelalｔｅｒ｢ Ｄｉｅ Ｐｒｏｂｌｅｍｅ ｄｅｒ Wiｒｔｓｃｈａｆｔｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢ ２. Ａｕｆｌ.｢
１９２６.
＊＊＊ 後出、第三章「封建制から資本主義への移行」、〔追記・拙稿「資本主義の発達・総説」「著作集」第四巻、二○一頁以下〕を
参照。
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