* １６ 中産的生産者層の成立と分解・マニファクチャーの発達
以上のような「農村工業」の発達は、おのずから、もはや古い封建的な諸制度の手に負えない職人と農民を作りだ
していった。たとえば、イギリス東部のノーフォーク州フォーンセ″卜荘園では次のような事情がみられ仏。ここで
は一四〇〇年から一五七五年のあいだに一六九人の「農奴」が逃亡したが、そのうち匸一六人は近隣の「農村」に居
住しており、しかもそれは織布エ、仕立屋、鞣皮エ、馬具エ、靴屋、鍛冶屋、大工、その他多数の日雇や常雇として
であった。領主（および農村共同体）の規制力も、土地なしでやっていける手工業者や日雇たちに対しては、効果がい
ち匕るしく減殺されてしまったことは争いがたい。それに、残留している「農奴」たちもまた、商品生産者としてそ 07
うした市場機構のなかにますます捲き込まれていくとともに、つぎつぎに解放されヽ十六世紀の後半にはまったく姿 １
/
産業資本の形成
第２章
1¶
を消し去っている。さきに史実として掲げたエセックスの村々でも、すでに「自由保有農」の数が「農奴」を圧倒し
＊＊ 08
さっている事実をもここで思いだしておきたい。このような農民解放のための経済的諸条件はさまざまな政治的諸状 １
勢、わけてもくりかえし勃発する農民たちの反抗に媒介されながら、到るところ、そうした諸条件の成熟に照応して、
多かれ少なかれ独立かつ自由ないわゆる「中産的生産者層」（＝商品生産者としての農民や職人たち）を生みだしてい
ったし、さらにまた、そのような「中産的生産者層」の成長は逆に「農村工業」のいち匕るしい蔓延をよびおこす拠点
ともなった。‐すなわち、さきにも述べた特権都市（＝中世都市）からの職人たちの流出は、絶対王制期の中葉になると
いよいよ顕著となり、史家によってｕｒｂａｎ ｅｘｏｄｕｓ
（都市からの人口流出）とよばれるほどの勢を示しつつ、ついに古い
「都市工業」の衰退とギルド規制の弱化を決定的にしてしまう。イギリスのヨークシャー西部（ウェストーライディ
ッグ）およびそれに隣接するランカシャー東部は、近世史の上でほとんど純粋培養に近い「農村工業」地帯として知ら
れているが、たとえばこの地域では、そもそも丘原や森林が多く、地味が農耕に適しなかったうえ、あの第一次エン
クロウジャーの中心地帯と目される中部諸州に隣接していただけに、そうした側面がとくに目立っているといってよ
いであろう。このような「農村工業」を基盤とする「中産的生産者層」形成への動きは、中世末期以降イギリスと南
ネーデルラントを波頭に遅速と広狭のさまざまな濃淡をはらみっつ、南フランス、西ドイツからヨーロッパの各地に
広がっていった。
＊ Ｆｏｒｎｃｅｔｔ Ｍａｎｏｒについては、ｒ. 」r. ｌＸａｖｅｎｐｏｒｔ｢ Ｉ
ｈｅ Ｄｅｃａｙ ｏｆ Ｖｉｌｌｅｉｎａｇｅ
in Ｅａｓｔ Ａｎｇｌｉａ｢ Ｔｒａｎｓａｃｔｉｏｎｓ
ｏｆ ｔｈｅ Ｒｏｙal Hiｓｔｏｒi-
-
ｃａｌ Ｓｏｃｉｅｔｙ｢ Ｎ. Ｓ.｢ ＸＩＶ｢
ｐｐ. １３０ ff.｡ １４１ ｅｔｃ.
＊＊ 上述のイギリスについての史料は、いずれも、この点を明らかに示しているが、その他中西部ウォリ″クシ″Ｉに関して、
K. ｒｉ. Hilｔｏｎ｢ ｏｏｃtａｌ ｓｔｒｕｃｔｕｒｅ
ｏｆ Ｒuｒａｌ Waｒwｉｃｋｓｈｉｒｅ｢ ｐｐ. １５-２０を見よ。ちなみに、ウ″リ″クシ″Ｉは当時すでに重要な
「農村工業」地帯としてしだいに成長しつつあったが、そればかりでなく、産業革命期にいたって、ついにいわゆるブラ″ク・
カンツリーの一角を形成するようになることも周知のとおりである。
＊＊＊ 当時イギリスで、こうした傾向は全国的規模で進行していたとみてよい。たとえば、Ｍｅｍｏｒａｎｄｕm
ｏｆ ｔｈｅ Ｓｔａｔｕｔｅ ｐｆ Ａｒｔi-
ficeｒｓ｢ １５７３ (？）｢ Ｔｕｄｏｒ
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Ｄｏｃｕｍｅｎｔｓ｢ ｅｄ. ｂｙ Ｔａwｎｅｙ
ａｎｄ Ｐｏwｅｒ｢ Ｉ｢ ｐｐ. ３５４｢ ３５７
ｆ. ｅｔｃ.をみると、いかにあらゆる種類
の職業が毛織物工業を先頭として、ギルド規制のとどかぬ「農村」地帯に立地を移動しつつあったかが彷彿とするであろう。
「局地的市場圈」の形成と拡大はまさに決定的である。
＊＊＊＊ 一五五五年のいわゆる『『リフア″クス条例』２ ＆ ３ Philip ａｎｄ Ｍａｒｙ｢
ｃ. １３の前文には、次のように述べられている。『（
リフア″クス教区および周辺の地は、広大な荒蕪地と丘原のなかに、住民たちの異常な勤勉によって住まわれるようになった
ものであるが、この住民たちはすべて毛織物製造によって生計をたてている。……ｙ」の営みによってこの地方の不毛の土地も
いまや多数の住民をみ、ここ四〇年間に五〇〇以上の世帯があらたに増加した」。このような事情はもちろん（リフ″″クス
周辺のみに止まらないが、同時にそれらの地方で、さきのフォーンセ″卜荘園にみられたような基礎的展開が欠けていたので
ないことも注意を要する。たとえば、Ｅｘｔｒａｃｔｓ
ｆｒom ｔｈｅ Ｃｏｕｒｔ Rollｓ ｏｆ ｔｈｅ Ｍａｎｏｒ ｏｆ Ｂｒａｄｆｏｒｄ｡
ｃｏ. Ｙｏｒｋ｢ １３４９卜１３５８｡ Ｅｎｇｌｉｓｈ
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ. Ｓｅｌｅｃｔ
Ｄｏｃｕｍｅｎｔｓ｢ ｅｄ. ｂｙ Ｂｌａｎｄ｢ Ｂｒｏwｎ
ａｎｄ Ｔａwｎｅｙ｢ ｐｐ. ６９-７０; Ｈｅａｔｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢
ｐｐ. １６-２７を参照。
＊＊＊＊＊ 南ネーデルラントから北フランスにかけては、とくに前掲のＥｎｎｏ
ｖａｎ Ｇｅｌｄｅｒ｢ Ｄｅ Ｎｅｄｅｒｌａｎｄｓｅ
ｄｏｒ ｐｅｎ ｉｎ ｄｅ １６’ ｅｅｕw
の興味ある叙述を参照せよ。
「中産的生産者層」の成立はいずこにおいても、すでに述べたように、多かれ少なかれ古い封建的・ギルド的な諸
制度の解体をもたらし、さしあたっては、かれらの全般的な経済的富裕化、イギリス人のいわゆる《８ｍｍｏｎwｅａｌ}）と
＊
なって現われた。しかし、そうした富裕化も、その度合が小生産者個々人についてみればきわめて異なったものであ
ったばかりでなく、さらに彼ら相互の間の自由な競争はおのずから貧富の分化をよびおこし、いたるところ、全く新
しい性質の階級的不平等をふたたび作りだしはしめた。すなわち、貧窮化した小生産者たちは富裕な隣人たちによっ
て賃銀労働者として雇われは匕めた、逆にいえば、富裕な小生産者たちは貧窮化した隣人たちを雇い入れて経営を拡
109
ｊ
第２章 産業資本の形成
大しは匕めたのである。そして、これこそが「中産的生産者層の両極分解」であり、産業資本の歴史的形成の端緒を
なすものであったことは、もはやほとんど説明を要しないであろう。
＊ このような「中産的生産者層」、とくに農民の上層がイギリスではヨウマン、ドイツではパウエル、フランスではラブルール
とよばれたものである。この社会層は、研究史の上では、地主化ないし資本家化したより上層の農民を恥考慮にいれて、「中農
層」と総称されることも多い。イギリスのヨウマンについてはM. Ｃａｍｐｂｅｌｌ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｙｅｏｍａｎ ｕｎｄｅｒ Ｅｌｉｚａｂｅｔｈ ａｎｄ
ｔｈｅ
Ｅａｒｌｙ Ｓｔｕａｒｔｓ｢ １９４２
; Iｔ｡谷敏之『イギリスーヨーマンの研究』、秦玄竜「イギリスーヨーマンの研究」などを参照すべきであ
るが、ただヨウマッという語は現実の歴史のうちではざまざまな意味に用いられており、古くにはここで問題の「中産的生産
者層」とは無関係な意味合いの用語例もあるので、とくに注意を要する。
＊＊ 自由な競争（いうまでもなく生産物の販路獲得を介しての競争）とは、経済学的にいえば、価値法則（＝等価交換の法則）の貫
徹ということにほかならない。ところで、価値法則（＝等価交換の法則）が貫徹するならば、貧富の分化、いわんや両極分解な
どありえないのではないか、というような議論もありうるだろうと思う。しかし、この見解は理論的にまったく誤っている。
というのは、商品の価値なるものは、現実には、同一種類の諸商品のそれぞれさまざまな個別的価値のあいだで中位的平均値
としてのみ現象するような社会的価値（＝市場価値）なのであり、したがって、市場で相対時する売手と買手のあいだで等価物
（＝市場価値のひとしいもの）の交換が必然化されるということは、個別的価値に即していえぼ、同一種類の商品を異なった条
件のもとで生産し販売する人々のあいだに実質的な不平等を社会的に強制することに他ならないからである。
さきに掲げた史料からもわかるように、「中産的生産者層」は成立の発端から広汎な「日雇層」を伴っていたばかり
でなく、そうした自由な日雇たちのうち、そうとう数多くの者が比較的裕福な小商品生産者たちＩ農民にしろ手工
業者にしろＩによって雇われていたことは、研究史上すでに明らかなとおりであり、したがって、そこには早くも
産業資本の諸「萌芽」が形づくられつつあったといわねばならない。さらに両極分解が進行すると、そうした数多い
産業資本の「萌芽」のなかから、どこにおいても、とりわけ「農村工業」を基盤として、しだいに経営の規模を拡大
し、明らかにマニュファクチャーの姿をとるものがそこここに現われてくる。ただ、こうしたマニュファクチャーに
ついては、さしあたって次の二、三の点を注意しておきたい。日単純な小商品生産のばあいと同様、経営主もその家
族も賃銀労働者たちとともに立ち働いており、したがってその「職場」は、多かれ少なかれ「家族的協業」を土台と
してそれに雇傭労働者が付加されるという形をとっていた。こうした、マニュファクチャーの経営が「家族的協業」
によって代位・補充されるという関係は、もちろん経営規模の拡大とともに消失するものであるが、全機構的にみれ
ば、市民革命にいたるまでおびただしい数の中小マニュファクチャーの特徴的な形態となっており、そののち、たと
えば十八世紀のイギリスにおいてさえ、産業革命にいたるまで広範囲にもちこされている。撃ｱのことに照応して、
●
／− １−−１−―−ＳｌＩ
家父長制的東制の外貌をまとって現われてくる。なかでも「徒弟」はマニュフ″クチャー期を特徴づける賃銀労働者
の存在形態の一つとなっているが、ただこのばあい、「徒弟制」が古い中世都市的・ギルド的なそれと全く歴史的意味
の異なったものとなっていたことはいうまでもない。呻さらに、こうしたマニュファクチャーは通常半農半工の姿
をとっているばかりでなく、多かれ少なかれ周辺の職人や農家にたいして、広い意味で「問屋制度」とよびうるよう
な前貸支配の網をひろげており、前述の「職場」を中心に周辺のそうしたいわば外業部をもあわせて一個のマニュフ
ァクチャーを形成していたのが特徴的である。
110
＊ こうした初期の「日雇層」をすべて厳密に近代的ｕ資本主義的な意味での「賃銀労働者」と解しきることは、もちろん早計の
譏りをまぬがれないと思う。なぜなら、そうした「日雇層」のうちのあるものは、明らかに自己の労働手段を所有して、いわ
ゆる賃仕事をおこなりており、小ブルジョア的性格をおびていたと考えられるばかりでなく、事実しばしばれっきとした農民 11
的小ブルジョアに成長していったからである。Ｊ. Ｅ. Ｔｈｏｒｏｌｄ
Ｒｏｇｅｒｓ｢ Ｓｉx Ｃｅｎｔｕｒｉｅｓ ｏｆ Woｒｋ
ａｎｄ Ｗａｇｅｓ. Ｔｈｅ Hiｓｔｏｒｙ
ｏｆ
産業資本の形成
第２章
Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｌａｂｏｕｒ｢ ｐｐ. １４４
ｆ.｢ １６９ ｆ.｢ ３２６ ff.｢ ｅｔｃ.しかし他面、「賃銀労働者」たる性格がすでに現われつっあったことも、とうて
い否定しがたい。ただ、そのぼあい、産業資本（＝資本主義的生産）を特徴づけるところの協業の基礎をぼまだ欠いており、し 11
たがって、マルクスの表現にしたがえば、資本は労働を形式的に包摂するに止まっており、実質的に包摂する段階に達してい
ないといわねばならない。
＊＊ 前出、二五−八頁、および拙稿「マニュフ″クチ″‐の検出」『経済学論集』二四の三−五、同「マニュフ″クチ″Ｉの歴史
的形態」『経済研究』七の四、ともに「著作集」第五巻、を参照。
＊＊＊ 前出、第二章、匸一の末尾、および一四悶、を参照。
＊＊＊＊ 拙稿「マニュファクチャーの歴史的形態」『経済研究』七の四、「著作集」第五巻、および後出、匸一三−五頁を参照。
さて、このようなマニュファクチャーの成長の様相は、もちろん国々によってさまざまな差違を示しており、ばあ
いによってはきわめて異なった運命に逢着しているが、全ヨーロッパ的な観点から大づかみにその趨勢を追ってみる
と、絶対王制の形成期にはすでにかなり顕著となり、その崩壊期、つまり市民革命期にいたって見紛うべくもないほ
ど決定的なものとなっているといってよい。たとえば、十五世紀から十七世紀半頃にいたるイギリス、とくにヨーク
シャー西部（ウェストーライディング）のブラッドフォード、ウェイクフィールド、（リファックス、リースなどの周
辺の「農村工業」地帯は、そうした典型的事情をきわめて生き生きと物語ってくれるであろう。また十五世紀末以後、
とくに十六世紀半頃の南ネーデルラント、たとえばホントスホーテ（オンスコート）周辺の「農村工業」地帯にみられ
るマニュファクチャーの発達もそれに劣るものでなかったと思われるが、ただ、この地域は、前述したように、十六世
紀末葉以降のオランダ独立戦争の渦中に政治的独立からとりのこされて停潸におちいり、その遺産は、独立を達成し
たオランダ（＝北ネーデルラント）をはしめ、イギリス、北フランスなどにうけつがれていく。そのうちオランダ、とく
にライデンの毛織物工業はホントスホーテその他から多数の来住者をうけいれて、十七世紀中葉にはいちおう見事な
マニュファクチャーの開花をみるが、それも「都市」地域内に止まって「農村工業」として広汎に展開しえず、その世
紀の末葉から衰退におちいってしまう。これに反して、フランスでは十六世紀中葉以後のマニュファクチャーの発達
は、ブルボン絶対王制の圧力の下にさまざまな屈折をうけながら、十七世紀末、とくに十八世紀半頃以後にはついに
全面的な開花をとげるにいたった。そのうちもっとも典型的な北フランス五州（フランドル、ピカルディー、アルトア、
カムブレジー、エノー）の「農村工業」地帯について、アンシャンーレジーム末期の事情を、タルレは歴史家らしい、
むしろ控え目にすぎると思われる調子で、次のように述べている。「これらの地方はすべて、国外市場よりもむしろ国
内市場めあてに生産していた。工業経営の新しいタイプ、つまり（<ｌａ
ｆａｂｒｉｑｕｅ ｒｅｕｎｉｅ)）（マニュフ″クチ″‐−引用者）が
例外でなく、一般的とはいかなくても、普及した現象となっている地域があったとすれば、まさにこの地方だと思
う」。ここでは「織元ｆａｂｒｉｃａｎｔは少なくもＩアルパンの土地をもち、そこには住宅、職場、馬か騾馬をいれる馬小屋、
牝牛をいれる牛小屋、野菜畑、それから数多い家族が紡いで、六、七人の織布工たちに十分あてがえるほどの亜麻がえ
られる空地があった。だから、このような織元たちは家にいたままで、必要な原料を十分手に入れることができた。
それに、……少し高く売ろうと思えば、せいぜい道をよこぎるか、二、三里あるけばよかった。だからこそ、独立の
（(ｆａｂｒiｑｕｅ)） （hi １フ″クチ″−−引用者）だとか、自身の元本で成熟していく生産組織だとか、いわれるのだ」と。
＊ 前出、二五―六頁Ｈｅａｔｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢
Ｃｈａｐ. ＩＩを参照。
＊＊ Ｈ. Piｒｅｎｎｅ｢ Ｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ
Ｂｅｌｇｉｅｎｓ｢ ＩＩＩ｡ Ｓ. ２８８.詳細にはＥ. Ｃｏｏｒｎａｅｒｔ｡ Ｕｎ ｃｅｎｔｒｅ
ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｌ a ａｕｔｒｅｆｏｉｓ. Ｌａ
ｄｒａｐｅｒｉｅ-ｓａｙｅｔｔｅ･
ｒｉｅ ａＨｏｎｄｓｃｈｏｏｔｅ(ＸＩＶｅ~ＸＶＩＩＩｅ ｓｉｋｃｌｅｓ）｡
ｐｐ. ２６９-７７をみよ。
＊＊＊ とくに、ピーター・トーラークールのような({ｒｅｅｄｅｒ})
(織元）たちの経営するマニ’フ″クチャー。Ｎ. W. Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢
Ｄｅ
ｇｅｓｃｈｉｅｄｅｎｉｓ ｖａｎ ｄｅ
Ｌｅｉｄｓｃｈｅ ｌａｋｅｎｉｎｄｕｓｔｒｉｅ｢
ＩＩＩ｢ bl. ５３４-４８.当時のそのようなＩ 「職場」の設備品として、次のような記録 13
がある。織機四、刷毛台四、鉄ストープニ、毳立台一、机二、紡車气梳毛具五、別種の梳毛具二、剪毛鋏一、仕上げ枠一。
●
第２章 産業資本の形成
１
Ｐｏｓｔｈｕmｕｓ｢ Ｂｒｏｎｎｅｎ ｔｏｔ
ｄｅ ｇｅｓｃｈｉｅｄｅｎｉｓ ｖａｎ ｄｅ
Ｌｅｉｄｓｃｈｅ ｔｅｘｔｉｅｌｎｉｊｖｅｒｈｅｉｄ｢
ＩＶ｢ Ｎｏ. ３３５.
＊＊＊＊ Ｅ. Ｔａｒle｢ ＵＩｎｄｕｓｔｒｉｅ
ｄａｎｓ ｌｅｓ ｃａｍｐａｇｎｅｓ ｅｎ Ｆｒａｎｃｅ
＆ ｌａ ｆｉｎ ｄｅ Ｖ Ａｎｃｉｅｎ Ｒｅｇｉｍｅy
ｐｐ. ４３-５.このような描写が必要以上 114
に控え目であるゆえんは、田およそマニュフ″クチャーは、おびただしい数の小商品生産と並存していゐのが常態であるこ
と、Aしたがって、いわゆる「マニュフ″クチ″Ｉ期」においてさえ、マニュフ″クチ″１は全経営数のうち比較的小さな比
率を占めるにすぎず、一経営あたりの平均労働者数が三ないし四人であれば、もはやマニュフ″クチ″−が支配的であること
をほぽ断定しうること、などに見出される。拙稿「マニュフ″クチ″Ｉの検出」『経済学論集』二四の三−五、「著作集」第五巻
参照。なお、フランスのマニュフ″ク″Ｉについては、中木康夫「フランス革命成立の基礎過程」『戸沢鉄彦教授還暦記念論文
集』所収、遠藤輝明「フランス絶対王制形成期における市場形態Ｈ構造」『歴史学研究』 一七九および一九〇、同「フランス産
業革命史研究序説」『エコノミア』特集号『徳増栄太郎教授還暦記念論文集』所収、などをみよ。
ついで、市民革命によってさまざまな阻止的条件から解放されるとともに、マニュフ17クチャーは産業革命のゴウ
ルをめざして、いよいよ目覚しい展開ぶりを示すようになる。もっとも、フランス大革命勃発のときにはすでにイギ
リスで産業革命が進行しつつあり、フランスもその影響下に立っていたという事実が示すように、でＪｊ示气引到ヂヤ
’‐１１ｊｊ
‐期のこの最後の段階がいわば純粋型に展開されたのは、当時資本主義発達の波頭に立っていたイギリスのみである
ので、さしあたりわれわれは十八世紀イギリスの二つの代表的な史実をとって、その間の事情を見きわめておくこと
としたい。
Ｊｉｌ’−’Ｊ；ｉｔ
戟@この時期には、さきにもしばしば述べたヨークシャー西部（ウェストーライディング）の農村毛織物工業が、隣
接するランカシャーの農村綿織物（ファスチアン）工業とともに、とくに目覚しい躍進をとげ、産業革命の過程にこの
地方は繊維工業の「工場地帯」と化するが、そのうち（リファックス周辺の地域については、周知のように、ダユエ
ルーデフォウの『大ブリテン周遊記』（一七二〇年代の作）に有名な叙述があ衣。当時のマニュファクチャーの様子が
きわめて生き生きと描写されているので、煩をいとわず引用しておこう。
ブラックストウンーエッジから
な丘を上ったり下ったりだ。……
ノ丶 ノ丶
リファックスまではハマイルで、ソービー、（リファックス間のほか道はみ
リファックスに近づくほど家並は密になり、麓の村々は大きくなってくるの
が目につく。それのみか嶮しい丘の斜面にも一面に家があり、しかもひじょうに密集していた。土地が小さな囲
い込み地（エンクロウジャー）にわかれていてＩどれもニェイカーから六、七エイカー、。めったにそれ以上では
ないＩ三、四区画の土地ごとに一軒の家がある、という具合になっていたからなのだ。このとき、私は事のわけ
に気づきはしめた。このように土地が小区画にわかれ、住居が分散しているのは、人々がひろく営んでいる仕事
の便宜によって生じ、そのために行なわれているのだということがわかった。……仕事というのは毛織物の製造
で、その便宜のためにこのように家々が散在し、丘の斜面一帯に麓から頂上までひろがり、拡散しているのだ。
その訳はこうだ。この地方は他の点ではひどい所だが、自然から助成金が与えられていて、ここでは人々の仕事
にとっても生計にとっても必須な二つのものがそなわっている。しかもイングランドの他の地方にもその比を見
ないほどだ。私の信ずるところでは、世界のどこにもこのような「天与の」企画にあずかっているところはない
だろう。私がそういうのは、いちばん高い丘の頂上にも石炭と流水があるということなのだ。これは摂理の測り
がたき聖手によって導かれてきているもののように思える。……一一一番目の丘を登りつめたとき目に映ったのは、
その地域があいかわらず山がちだが、手とりばやくいえば、ずっと続いた一つの村になっているということだっ
た。隣と話のできないような家はほとんどない。天気がよくなり、日が射してくると（これでそこいらの仕事が
じきにわかったのだが）ほとんどの家にも張物枠があり、ほとんどの張物枠にもクロース、カーシー、シャルーン
〔というような毛織物〕が張ってあるのが見られた。……さきにもいった家が散在していることの理由にもどろう。
115
第２章 産業資本の形成
見ると、道は他につけようもないから家並のあいだを通っているが、どの家の傍を通っても流水の小流か溝があ
り、家が道の上手にあるときはその家から来て道を横ぎって隣へ流れ、家が下手にあるときは、どこか上手にあ
る家から道を横ぎって流れてきていた。目だった家にはどこにもｍａｎｕｔａｃｔｕｒｙすなわち職場（本書でいうマニュフ
ァクチ″‐−引用者）があった。水がないと仕事ができないふら、小流を溝や管で分けたり、引いたり、方向を変
えたりしてあって、どの家にもいわば川が流れこみ、職場を流れ通っていないところはなかった。……それから、
どの織元もきっとＩ、二頭、営業用にづかう駄馬をもっている。つまり、市場から羊毛や食料品を家にもちかえり、
彫糸を紡毛エヘ、織物を縮絨場へはこび、仕上げがすめば市場へもっていって売る、というようなことのためで
ある。また’ maｓｔｅｒ ｍａｎｕｆａｃｔｕｒｅｒ（織元のことＩ引用者）はみな、家族のためにＩ、二頭あるいはもっと多くの牝牛
を飼っており、家のまわりにある二、三ないし四区画の囲い込み地はこれにあてられている。それも、穀物は養鶏
にやっと間にあう程度に種をまくだけだからだ。しかし、牝牛を飼っているので、その糞肥で地味はいっそう肥
える。……ｍａｎｕｆａｃｔｕｒｅｒの家々のあいだに同じように散らばって、おびただしい数の小屋あるいは小住宅があり、
雇われている労働者はそこに住んでいる。そして、その婦人や小児たちはたえず梳毛、紡糸などに忙しく、手の
あいている者などはない。……ｙ』んなわけで、戸外にはほとんど人影をみない。けれども、どのｍａｎｕｆａｃｔｕｒｅｒ
でも、その家を訪ねてみると、強壮な男たちの家にみちていることが、しきにわれわれの目に映る。幾人かは染
色桶のそばに、幾人かは織物を仕上げ、幾人かは織機に、ある者はこれ、他の者はまた別のこと、皆がさかんに
働き、十分に製造にいそしみ、皆が手一杯の仕事をもっているようにみえる。……ｙ」ｙ」は、ロンドンとその周辺
を別とすれば、イギリスでいちばん人口の密度の高い地域の一つだ。
産業革命前夜の「農村工業」地帯の景観が目にみえるようである。
＊ ｆｕｓｔｉａｎ.縦糸は亜麻で、横糸は綿の交織。当時は純綿織物はまだインドからの輸入品だけであった。イギリスで純綿織物が製
造されるようになるのは、リチ″Ｉドーアークライトのいわゆる水力紡績機によって縦糸用の綿糸が紡げるようになってから
のちのことである。
＊＊ Ｄａｎｉｅｌ Ｄｅtｏｅ｢ Ａ １
ｏｕｒ ｔｈｒｏｕｇｈ Ｅｎｇｌａｎｄ ａｎｄ Ｗａｌｅｓ｢
ｅｄ. ｂｙ Ｇ. Ｅ」・｝宀（＞ｏｌｅ｢ Ｅｖｅｒｙｍａｎ
ｓ Ｌｉｂｒａｒｙ｢ ＩＩ｢ ｐｐ. １９３-６.なお、リプソ
丶丶丶
ッは、十八世紀後半ヨークシャー西部の織元たちが雇っている平均労働者数をＩ〇人と結論しているが、この平均数は右のデ
フォウの記述とほぽ一致すると考えて誤りないだろうと思う。ｔ｢｡ Ｌｉｐｓｏｎ｢ １
ｈｅ Ｋｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ Ｅｎｇｌａｎｄ｢
ＩＩ｢ ｐ. ７１.
求@ヨークシャーの西に隣接するランカシャー東部地域は右の農村毛織物工業地帯の延長部をなしていたが、その
さらに西には、マンチェスターを中心として、農村綿織物（ファスチアン）工業の地帯が広がっており、ここがついに
「産業革命」の発祥の地となることは周知のとおりである。そうした「農村工業」の一小中心地で、チェシャーへの
州境に近いプレスゴッドでは、たとえば、一七六五年に帆布製造その他「麻・綿織部門」の『初心営業者に好適』な
ものとして、次のような貸施設の新聞広告がなされている。
麻すき人八丿一〇人用諸職場、大麻・亜麻などの貯蔵室二、帆布織機八台つき職場一、糊付枠六台用職場一、
整経・織糸準備用などの職場一、設備よき水車、大漂白場一、良水豊富、適当の囲い込み地付属。全施設の現賃
貸料はわずかに年一六ポンド。以上の土地・諸設備は従来利潤よし。目下近傍の諸出資者のポルダヴィ織・縞
布・敷布製造用織機四〇台以上を置き、全部従業中。近隣には仕事に慣れ賃銀もごく安き人々多数。
右の広告が以上の全施設の借手を単数として取り扱っている点を考えあわせると、そこには幾つかの職場の組み合
わせからなるきわめて発達したマニュファクチャーの姿が、われわれの目前におのずから浮び上ってくるであろう。
こうしたいわば（(miniaｔｕｒｅ ｆａｃｔｏｒｙ)）は、十八世紀中葉ともなると、少なくともヨークシャー西部−ランカシャーの「農
村工業地帯」ではもはや決して単なる例外ではなかったのであり、右のデフォウの記述にみられるような景観のただ
− ｊ
、ｊ
116
117
１
中で、あちらこちらに聳立していたと見なければなるまい。
＊ 前注＊を参照。
＊＊ Ｍａｎｃｈｅｓｔｅｒ Ｍｅｒｃｕｒｙ｢ Ｊｕlｙ
９｢１７６５｢ ｑｕｏｔｅｄ: Ａ. Ｐ. Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ Ｊ. ｄｅ 」ａｃｙ Ｍａｎｎ｢ Ｔｈｅ Ｃｏｔｔｏｎ Ｔｒａｄｅ ａｎｄ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ
Ｌａｎｃａｓhiｒｅ( ＼）・ωｏＮ｛゜
＊＊＊ ｐｒｏｐｒieｔｏｒｓ.複数となっているが、たぶん一個の((ｐａｒｔｎｅｒｓｈｉｐ))
(合名会社）を設立していたのではなかろうか。広告は借手と
丶丶
して明らかに単数を想定している。
＊＊＊＊ Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ Ｍａｎｎ｢ ｏｐ. ciｔ.｢
ｐｐ. ２７７-３０８ ; Ｈｅａｔｏｎ｢ ｏｐ. ｔｉｔ.｢
ｐｐ. ２８５｢２９６-３０１をみよ。その他同様な事例は少なくない。
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