*１８ 自生的産業革命の展開
以上のような「農村工業」を基盤とする「中産的生産者層」の両極分解（＝マニュファクチャーの成長）、こうした
動向の極まるところ、そこから自生的な「産業革命」が進展しは匕めることになる。そして、世界史の上で、こうし
た急激な生産様式の変化を最初に経過したのは、いうまでもなくイギリスーマニュファクチャー期を通してつねに
資本主義発達の波頭に立ちつづけてきたイギリスであった。ということは、はやくも名誉革命（一六八八年）の変革に
よって、保護主義政策（＝固有な意味での重商主義）という形で、「農村工業」を基盤とするあの小ブルジョア的ｎブル
ジョア的発展が完全な政治的掩護の下におかれるにいたったこの国では、すでに十八世紀の半頃には自生的な「産業
革命」進展のための経済的諸条件がすべて出そろったことを意味している。その要点を記してみると、だいたい次の
とおりであろう。
＊ 前出、二〇頁参照。なお、ここで「自生的な」産業革命というのは、イギリス、フランス（および西ドイツ）、アメリカ合衆国【
にみるように、何らかの形ですでに市民革命を経過したのち、それぞれの国民経済の内部から盛り上る力によって自生的に展
開される「産業革命」を指している。これは、世界資本主義発展の激動する渦の中に捲きこまれた後進諸国で、市民革命の変革
を経過しないままむしろ外部からの技術的促進とそれに対する対抗から、非自生的に展開される「産業革命」に対比されるも
のである。後者のばあいには、たとえばフランス絶対王制下にみられた特権マニュフ″クチュール（これもイギリス産業革命の
側圧で部分的に「工場」化した）のような産業資本が、打ち倒されることなく、逆に優勢裡に「産業革命」展開の基軸となるで
あろう。−ただし、こうした型の「産業革命」については、第三章「封建制から資本主義への移行」で、資本主義発達の二
つの道を論ずるさいに、改めて問題とするはずである。〔迫記・学会報告「産業革命の諸類型」、「著作集」第五巻Y、を参照。〕
＊＊ イギリス「分業革命」については、さしあたりて、Xｒ. Ｍａｎｔｏｕｘ｡ １
ｈｅ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ in ｔｈｅ
Ｅｉｇｈｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ（ｔｒ.
ｂｙ M. Ｖｅｒｎｏｎ;; Ｊ. ｒｉ. Ｃｌａｐｈａｍ｢ Ａｎ Ｅｃｏｎｏｍｉｃ
Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ Ｍｏｄｅｒｎ Ｂｒｉｔａｉｎ｢ １｢１９２６; Ｔ. Ｓ. Ａｓｈｔｏｎ｢ Ｔｈｅ
Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ
１７６０-１８３０｢ １９４８(アシュトン、中川敬一郎訳『産業革命』岩波現代叢書）、小松芳喬「英国産業革命史」改訂版、五鳥茂「経済
史」、Ｊ. Ａ. Ｈｏｂｓｏｎ｢ １ ｈｅ
Ｅｖｏｌｕｔｉｏｎ ｏｆ Ｍｏｄｅｒｎ Ｃａｐｉｔａｌｉｓm｢ Ｃｈａｐ. ＩＩＩ-ＩＶ（松沢・住谷・阪本訳「近代資本主義発展史論」第
三−四章）、Ｃｊ. JJ. ｔ｣｡ Ｃｏｌｅ｢ Ａ ｓｈｏｒｔ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ ｔｈｅ Ｂｒiｔiｓｈ Woｒｋｉｎｇ Ｃｌａｓｓ Moｖｅｍｅｎｔ １７８９-１９２７｢ １９２７｡ １ （コール、林・河
上・嘉治訳『イギリス労働運動史ＪＩ、岩波現代叢書』、その他、鈴木成高『産業革命』アテネ新書、矢口孝次郎稿「産業革
命における連続性の問題―一つの展望」『社会経済史学』十八の五、などを参照。−イギリス以外のヨーロで（諸国にお
ける「産業革命」については、とりあえずＪ. Xｖｕliｓｈｅｒ｢
Ａｕｇｅｍｅtｎｅ Wiｒｔｓｃｈａｊｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
ＩＩ｢ Ｖｉｅｒｔｅｓ Ｂｕｃｈ｢ Ｋａｐ. ２９;
Ｈ. Ｈｅａｔｏｎ｢
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Ｈｉｓｔｏｒｙ ｏｆ
Ｅｕｒｏｐｅ｢ Ｃｈａｐ. １７ ａｎｄ ２１をみよ。
＊＊＊ 張漢裕「イギリス重商主義研究」、拙稿「重商主義成立の社会的基盤」『舞出先生還暦記念論文集』所収、「著作集」第六巻を
みよ。
まず、国内市場の発展はまことにめざましい。すなわち、中世末期に「農村」地帯を基盤として芽生えは匕めたあ
ＩＩＩｊ
130
の「局地的市場圈」は、絶対王制期を通じて中世都市的な「首都市場圏」に対抗しつつ、いくつかの「地域的市場圏」
へと拡大し、さらに市民革命期には古い「首都市場圈」とそれを支えるギルド制的束縛を否定し去ったあげく、十八
世紀にはいると、いよいよ統一的国内市場形成への方向を明らかに示しは匕める。別の方面から表現すると、社会的
分業圏のあの局地性はもはや消失しは匕め、全イングランド的な規模で、繊維工業は例のヨークシャー西部Ｈランカシ
ャー一帯に、金属工業（＝製鉄および金物製造）は中部地方西部−のちのいわゆるブラックーカンツリーーに、農・ ―
酪・醸造業は東部諸州に、という周知の姿で産業立地の地域的分化が大きく浮び上ってき叭゜しかし｀そうした社会 13
第２章 産業資本の形成
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・‐‐‐‐−・
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的分業関係の進展ばかりでなく、それに照応する中産的生産者層の両極分解そのものが国内市場をいち匕るしく拡充
した。マニュファクチャーの顕著な発達が生みだす生産資財―羊毛・鉄・石炭から釘・農具などにいたるまでの
Ｉの販路のみでなく、賃銀労働者群のおびただしい増大はさまざまな消費資料に対して厖大な購買力をつくりだし
ていた。こうして、十八世紀の半頃には、イギリスの国内市場の規模はすでにそうとう大きなものになっていたとみ
てよい。それに加えて、このころのイギリスは世界資本主義発達の波頭にたちつつ、すでに七つの海に自己の商権を
ほぼ確立しおえており、国外市場もまた厖大であった。しかも、この厖大な国外市場も、名誉革命以後議会を通じて
展開された保護主義政策の体系Ｉそれは原始蓄積の組織的政策化であり、まさに固有な意味での「重商主義」であ
るＩの鉄の枠のなかにがっちりと組みこまれて、国内市場ともども、「中産的生産者層」、とくにその上層をなす産
業資本（さまざまなマニュファクチャー経営者たち）の経済的利害に完全に従属するものとなっていたのである。
＊ 大塚久雄・吉岡昭彦「リーランドの『紀行』に見えたる当時の社会的分業の状態」「経済学論集」ニーのニー三、「著作集」第
五巻Ｉ。なお、のちブラ。クーカンツリーを形成するようになる中部地方（ミ。トランス）西部の「農村金属工業」地帯にみら
ヽ れる市場圏の展開過程は、まさに典型的であるというてよい。十六世紀前半には、この地域の金物の販路は、なおバーミンガ
ムを中心とする半径二、三〇マイルの「局地的市場圈」をなしていたが、十七世紀にかけて、スト。アブリＪンの大市を介して
しだいにより大きい「地域的市場圈」を形づくりは匕める。ピュウリタン革命後、王政復古期にはロンドン市場に進出しは匕、
め、‘ロンドン商人とはげしい竸争ののち、ついにこれに打ち勝ち、名誉革命以後には海外に進出して「地球を掩う取引網」を
ひろげることになる。W. Ｈ. Ｃｏｕｒｔ. Ｔｈｅ
Ｒｉｓｅ ｏｆ ｔｈｅ Ｍｉｄｌａｎｄ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｓ｢ Ｂｏｏｋ
Ｉ｢ Ｃｈａｐ. ９; （追記・大河内暁男『近代イギリス
経済史研究』第一、二章〕を参照。
＊＊ 生産資材の国内販路の増大は、間接ながら牧羊業、製鉄業、炭坑業から、ある程度金物工業までの発達のうちに、明瞭に示
されている。消費資料の販路の増大については、すでに十八世紀前半のうちからデフ″ウをは匕め重商主義者たちによって、
購買力としての賃銀の意義が重視されは匕め、そうした観点から高賃銀推賞論さえあらわれは匕めていることに注意すべきで
ある。この点については、小林昇『重商主義解体期の研究』とくにその末章を参照せよ。
＊＊＊ ブリテ″ごンユーマーチ″ント派の重商主義者たちは、すでに十八世紀の初頭に、イギリスの国内市場の大きさを国外市場
の六倍、いな二〇倍とさえ推定した。Ｊ. Smitｈ廴Ｍｅｍｏｉｒｓ
ｏｆ Ｗｏｏｌ｢ ＩＩ｢ Ｃｈａｐ. １００（その邦訳としては、拙稿「十八世紀初頭にお
けるイギリス国内市場」『社会経済史学』十一の二、「著作集」第六巻）。もっとも、この数字は政治的な意味をもっているから、
かなりの誇張を含んでおり、数字そのものとしては、信憑しがたいが、当時国内市場を重視する点では、彼らの論敵デフォウ
も人後におちるものではなかった。ただし、当時最大の「国民的産業」であった毛織物工業のみについていうと、国外市場の
方が国内市場の二倍強となっているＨｅａｔｏｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔｐ. ２８１をみよ。
＊＊＊＊ 十八世紀イギリスの国外市場については、さしあたって、拙著『近代欧洲経済史序説』上のＩ、第一編第二章、「著作集」
第二巻、重商主義と国外市場の問題については、好著Ｐ. Ｊ. Ｔｈｏｍａｓ｢
Meｒｃａｎｔｉｌｉｓm ａｎｄ Ｔｈｅ Ｅａｓｔ
Ｉｎｄｉａ Ｔｒａｄｅ｢ １９２６のほか、
W. Ｃｕｎｎｉｎｇｈａｍ｢ Ｔｈｅ Ｇｒｏwｔｈ
ｏｆ Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｉｎｄｕｓｔｒｙ ａｎｄ
Ｃｏｍｍｅｒｃｅ｢ ＩＩ｢ Ｐａｒｔ ３ (Ｐａｒliamentａｒｙ
Ｃｏｌｂｅｒｔiｓm）、張漢裕『イギリス
重商主義研究』、小林昇『重商主義解体期の研究』、拙稿「重商主義成立の社会的基盤≒舞出先生還暦記念論文集」（「著作集」第
六巻）所収などを参照。−なお、保護主義的重商主義を「中産的生産者層」、とくにその上層たる産業資本の経済的利害の表
現として理解しようとする見解に対しては、もちろんかなりの異論があるが、保護主義諸政策実現のための政治的推進力とな
ったブリテ″ごンユーマーチ″ント派の重商主義者たち（ジョンーロ″クもその一人）の著作などを成心なしに腴むならば、右
の見解の正しさはほとんど動かぬところとなると思われる。念のため匸百しておくと、名誉革命政権のいわぽ政策的実現にほ
かならぬ固有な意味での「重商主義」の歴史的性格を知るためには、もちろん、何よりもまずそれがどの階級の経済的利害を
第一義的に代表していたか、を追求しなければならぬが、それには、当時の下院議員がどのような階級の出であるかというよ
うなことをいくら調べても、直接にはほとんど何の役にも立たない。その理由は当時保護主義的政策を表現する諸法案が議会
を通過する前後に、かならずといってよいほど、繰返しおこっている社会的激動の内容を検討するならば、ほとんど問題なく
明らかであろうと思う。 ’
このように広くかつ深い市場をふまえて、マニュファクチャーの展開はすでに極度にまで達していたということが
できる。ヨークシャー西部ｎランカシャー地方における繊維工業マニュファクチャーの顕著な発達については、もは
132
133
Ｆｊ
ＩＪ
産業資本の形成
第２章
！‐Ｉｌｊ‐‐
や繰り返えす必要もないと思うので、ここではとくに、中部地方西部における金属工業Ｈ製鉄業マニュファクチャーの、
これまたきわめて顕著な発達状況について言及しておくことにしよう。この、のちにブラックーカンツリーとして知
られるようになる中部地方西部は、すでに中世末期から、ヨークシャー西部に勝るとも劣らぬ「農村工業」地帯とし
て現われ、その局地内にはさまざまな産業諸部門が集中して早くもマニュファクチャーの開花をみせはじめていたが、
十六世紀半ばのマニュファクチャー期開始のころからこの地域には金属工業が、おくれて製鉄業および炭坑業が、他
の産業諸部門を圧して大きな比重を占めるようになる。そして十八世紀に入ると、前述のように、全イングランド的
規模での金属工業および製鉄Ｈ炭坑業の密集地帯として、マニュファクチャーのきわめて顕著な発達をみせるにいた
った。ところで、金属工業のさまざまな製品はもちろん消費対象としてぜ内外に大きな販路をもっていたが、同時に
すぐれて労働要具なるべきものをも含んでおり、すでに「機械」をも製作しうる潜在能力を内にはらんでいたのであ
る。そのことは、マシュ。Ｉ・ボウルトンやジョンーウィルキンスンたちの金属マニュファクチャーが産業革命の過程
で「機械」製作に大きな役割を果たすようになる事実を想起するならば、十分に明らかであろう。こうして、金属マ
ニュファクチャーの顕著な発達が、すでにマニュファクチャー期そのものの終末を告げつつあったのである。
＊ この地方の産業的発達については、W.
Ｈ. Ｂ. Ｃｏｕｒｔ｢ Ｔｈｅ Ｒｉｓｅ ｏｆ Ｍｉｄｌａｎｄ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｓ １６００-１８３８｢ １９３８
; Ｃ. Gill ａｎｄ Ａ. Ｓ. Ａ.
ｂｎｇｇｓ｢ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ Biｒｍｉｎｇｈａｍ｢ １９５２｢１; Ａ. Ｒａｉｓｔｒｉｃｋ｢
Ｄｙｎａｓｔｙ ｏｆ Ｉｒｏｎｆｏｕｎｄｅｒｓ. Ｔｈｅ
Ｄａｒｈｙｓ ａｎｄ Ｃｏａｌｂｒｏｏｋｄａｌｅ｢
１９５３ ; （追
記・大河内暁男『近代イギリス経済史研究』〕を、とくに炭坑業については、Ｔ. Ｓ. Ａｓｈｔｏｎ
ａｎｄ Ｊ. Ｓｙｋｅｓ｢ Ｔｈｅ Ｃｏａｌ
Ｉｎｄｕｓｔｒｙ ｏｆ
ｔｈｅ Ｅｉｇｈｔｅｅｎｔｈ Ｃｅｎｔｕｒｙ｢ １９２９
; Ｊ. Ｕ. Ｎｅｆ｢ Ｔｈｅ Ｒｉｓｅ ｏｆ
Ｂｒｉｔｉｓｈ Ｃｏａｌ Ｉｎｄｕｓｔｒｙ｢
２ ｖolｓ｢ １９３２の当該部分。
＊＊ この地方の金属工業のうちには、真鍮製品の製造もかなり重要な地位をしめていた。Ｈ. Hamilｔｏｎ｢ Ｔｈｅ
Ｅｎｇｌｉｓｈ Ｂｒａｓｓ ａｎｄ
Ｃｏｐｐｅｒ Ｉｎｄｕｓｔｒｉｅｓ ｔｏ １８００｢ １９２６｢ Ｃｈａｐ. Ｖを参照。
＊＊＊ Ｍａｎｔｏｕｘ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.y
ｐｐ. ３１３-６｢ ３３１-４.中川敬一郎「イギリス産業革命」（大塚久雄編『資本主義の成立』「経済学新大系」十一、
所収）などを参照。
そればかりではない。この頃ともなれば、こうした産業経営の展開はさらに新しい性格の商人・金融業者たちによ
って完全に掩護されていた。もっとも、そうした性格の商人たちは早くも「農村工業」展開の初期から、その経済的利
害に密着して、さまざまな「行商人」としてすでに姿を現わしていたし、またマニュファクチャーを経営する生産者
で商人化するものもあった。その上層のなかからは、さきにも述べたように上昇・転化をとげてしまうものもでてき
た。しかし、彼らは全体としてマニュファクチャーの展開とともに成長をとげていき、「もぐり商人」inｔｅｒｌｏｐｅｒとか
「新まい商人」ｙｏｕｎｇ meｒｃｈａｎｔｓとかの姿で、古い性格の商人たちによるギルド的規制の網をくぐり抜け、突き破り
ながら、外国貿易では、とくにスペイン貿易などでいち早く地歩をきずいていった。また彼らのなかには、マニュファ
クチャー経営者たち（＝産業資本）によって繰り広げられる新しい商業信用の連鎖を踏まえて、手形割引などの近代的
な金融業務を兼ね営むものも現われてきた。この傾向は、いうまでもなく、市民革命ののち、とくに十八世紀にいたっ
て決定的となる。新しい性格の商人たちはさらに進んで、国内市場の基盤の上に新しい商業機構（いわゆる配給組織）
をつくりはしめるばかりでなく、十七世紀後半以降、マーチャントーアドヴェンチャラーズ組合をは匕め諸制規組合
（‥‥‥外国貿易におけるギルド組織）および特権的会社諸企業の一般的な衰退のうちに明瞭にあらわれているように、外
国貿易をも全面的に支配するにいたった。しかし何といってもここで特記しなければならぬのは、あの重商主義政策
（＝原始蓄積の体系的政策化）の画竜点睛ともいうべきイングランド銀行の設立（一六九四年）であろう。もちろん、マ
ニュファクチャーのために金融業務をおこなう商人たち、そうしたいわば近代銀行業の萌芽は前述のようにすでに早
くから現われていたし、ことに十七世紀後半以後にはいわゆるゴウルドスミス（＝金匠）たちが姿をあらわしてくる。
が、イングランド銀行は発券業務という経済的魔杖とそれを拠点とする利子率（＝手形割引率）の引き下げを梃子に、
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．才けＵ汁″
第２章 産業資本の形成
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：！‐−
彼らの金融業務（とくに商業手形の割引）を「中産的生産者層」、とくにその上層をなすマニュファクチャー経営者たち ６
の経済的利害に完全に従属させてしまったのであった。つまり、こうして、十八世紀の半頃のイギリスにおいては、 １
産業資本は貨幣資本（すなわち可能態における資本としての貨幣）の供給をさえも、すでに階級として掌握しおわって
いたといえる。
＊ 拙著『近代欧洲経済史序説』上の二、三七二丿三頁および注励、朗、「著作集」第二巻三三七頁以下、とくに注（８）（９）をみよ。
＊＊ 拙著、前掲書、同個所および拙稿「信用関係の展開」（大塚久雄編『資本主義の成立』「経済学新大系」、十一、所収）「著作
集」第五巻ｖ、のほか、とくにＫ. Ｈ. １
ａwｎｅｙ｢ Ａｎ Hiｓｔｏｒical Ｉｎtｒｏｄｕciｔｏｎ
ｔｏ Ｔｈｏｍａｓ Ｗｉｌｓｏｎ'ｓ Ｄｉｓｃｏｕｒｓｅ ｕｐｏｎ Ｕｓｕｒｙ｢ ｅｄ. ｂｙ
Ｔａwｎｅｙ｢ １９２５をみよ。
＊＊＊ 拙著『近代欧洲経済史序説』上のＩ、第一編第二章、「著作集」第二巻Ｍａｎｔｏｕｘ｢ ｏｐ. ｃｉｔＰａｒｔ
Ｉ｢ Ｃｈａｐ. ２ (Ｃｏｍｍｅｒｃｉａｌ
Ｅｘｐａｎｓｉｏｎ) ; Ｌ. W. Ｍｏｆｈｔ｢ Ｅｎｇｌａｎｄ
ｏｎ ｔｈｅ Ｅｖｅ ｏｆ ｔｈｅ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｒｅｖｏｌｕｔｉｏｎ｢ １９２５｢ Ｐａｒｔ
ＩＩのほか、とくに国内商業に関連
してＫ. 15. Ｗｅｓｔｅｒｈｅｌｄ｢
Ｍｉｄｄｌｅｍｅｎ in Ｋｎｇｌｉｓｈ Ｂｕｓｉｎｅｓｓ
ｐａｒｔicｕｌａｒｌｙ ｂｅｔwｅｅｎ １６６０ ａｎｄ １７６０｢ １９１５｢ Ｃｈａｐ. Ｖ日などを参照。
−諸制規組合(ｒｅｇｕlaｔｅｄ ｃｏｍｐａｎｉｅｓ)や特権的会社諸企業の一般的衰退といいきったばあい、東インド会社は十八世紀に入っ
てのちもきわめて重要な意義をもちつづけていたではないか、という反問がでることと思う。いちおう、事実はそのとおりで
あった。しかし、東インド会社は名誉革命の後には、以前と全く異なって、保護主義的「重商主義」の政策体系のなかにがっ
ちりと組みこまれ、その政策目的に、つまり産業資本の経済的利益に奉仕するかぎりにおいてのみ、いいかえると、そうした
いわば原始蓄積過程の経済的乳牛として、重要な地位を与えられていたのである。この点については、たとえば、１
ｎｏｍａｓ｢ ｏｐ.
ｃtｔ.をみよ。
＊＊＊＊ 拙稿「信用関係の展開」（大塚久雄編『資本主義の成立』「経済学新大系」十一、「著作集」第五巻所収）のほか、Ａ. Ａｎｄｒｅａ-
ｄｅｓ｢ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ ｔｈｅ Ｂａｎｋ ｏｆ Ｅｎｇｌａｎｄ｢
ｔｒ. ｂｙ Ｃ. Ｍｅｒｅｄｉｔｈ｢ １９０９
（アンドレアデス、町田義一郎訳『英蘭銀行史論』）、Ｊ. Ｈ.
Ｃｌａｐｈａｍ｢ １ ｈｅ Ｂａｎｋ ｏｊ Ｋｎｇ.ａｎｄ｡
２ ｖolｓ｢ １９４４-５８ ; Ｒ. Ｄ. Ｒｉｃｈａｒｄｓ｢ Ｔｈｅ Fiｒｓｔ Ｆｉｆｔｙ Ｙｅａｒｓ ｏｆ ｔｈｅ Ｂａｎｋ ｏｆ Ｅｎｇｌａｎｄ｢ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ
ｔｈｅ Ｐｒｉｎｃｉｐａｌ Ｐｕｂｌｉｃ
Ｂａｎｋｓ｢ ｅｄ. ｂｙ Ｊ. Ｇ. ｖａｎ Dillen.工業経営と金融の関連についてとくに興味あるものとしては、Ｗａｄｓwｏｒｔｈ
ａｎｄ Ｄｅ Ｌ. Ｍａｎｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.y Ｂｏｏｋ
Ｉ｢ ＩＩＩの当該諸個所。−なお、本文で「商業手形の割引」をとくに指摘しておいたが、すでにマ
ツクスーヴ予Ｉパーが鋭利に指摘しているように、これは送金のための為替手形（とくに外国為替）の「引受」と混同してはな
らない。後者は、古くからみられるものであって、決して、近代の資本主義に固有なものではないのである° Ｍ. Ｗｅｂｅｒ｢ Wiｒｔ｡
ｓｃｈａｆｔｓｇｅｓｃｈｉｃｈｔｅ｢
ＳＳ. ２２９-３３｢ ２５０ (ウェーバー、黒正巌・青山秀夫訳『一般社会経済史要論』下、一〇七―九、‘三九−四〇頁）。
さて「産業革命」は、「機械」の発明と使用にもとづく「工場」制薗。の急激な普及によって、マニュファクチャーに
照応する旧来の生産諸関係のなかにはげしい変革の楔が打ちこまれることを意味したのであるが、しかし、ただ「機
械」や「工場」の散発的な出現ということだけならば、これまたさきに触れておいたように、十八世紀半頃以前にも
すでに見出された。そうした初期の「作業機」としては、たとえば、十六世紀末葉牧師ウィリアムーリーによって発
明された「靴下編機」がはやくから実用に供されていたし、また十八世紀に入ってからは、サー・トマスーロムの発
明にかかる「絹撚糸機」や、オランダから伝えられ改良を加えられた「オランダ織機」（＝「リボン織機」）などが、初期
の動力機たる水車に結合されて、すでに押しも押されぬ「工場」のモデルを作りだしていた。しかし、「工場」制度が
「産業革命」を惹起するほどに急激かつ広汎な普及度を示すようになるのには、なお「機械」が国民的産業、とくに
繊維工業をつかみとることが必要だったのである。こうした意味で「産業革命」展開のきっかけとなったのは、一七
三三年の織布エジョンーケイによる「飛粁」（フライーシャトル）の発明であった。これによって生産性を倍増した「織
布」労働はおのずから織糸の需要を増大させ、そうでなくても生産速度の遅れがちな「紡糸」工程につよい刺戟を与
えることになった。ただ、この刺戟にまず応じたのは、それまで三世紀にわたって最大の国民的産業たる地位を占め
つづけてきた毛織物工業ではなく、このころますます増大する国内需要をひかえ、かつ技術的に「機械」の捉えやす
かった綿織物工業であった。ケイの「飛粁」の発明にややおくれて、早くもルイスーポールとジョンーワイヤット（船 37
大工出身）の協力により、すぐれた「綿紡績機」の発明と実用化がおこなわれたが、なお製鉄技術や機械製作技術の未 ―
産業資本の形成
第２章
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『−！−―−ｉ−――ｒ『
‐‐‐‐‐＝‐１‐‐‐＝
‐−‐‐
熟のために、彼らの「工場」は経営がたちゆかなくなってしまった。いわば生産諸力のいま一息の未成熟によって前 38
進が阻まれたといってよい。しかし、このような状態は一七六〇年代にいたってついに突破され、ここにイギリスで １
世界史上最初の「産業革命」が開始されることとなった。
＊ 小松芳喬『英国産業革命史』改訂版。五一−四頁。Ｍａｎｔｏｕｘ｢ ｏｐ. aｔ｢
Ｐａｒｔ ＩＩ｢ ｐｐ. １９３-２０８｢ ２４５
; Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ Ｍａｎｎ｢ ｏｐ.
ｃｔｔ.｢ Ｃｈａｐ. １５.
＊＊ 小松芳喬、前掲書、五四−八頁jｖｉａｎｔｏｕｘ｢ ｏｐ. ciｔｐｐ. ｘＯｏ-ｘＯ
; Ｗａｄｓwｏｒｔｈ ａｎｄ Ｍａｎｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.s
Ｃｈａｐ. ２１-２.
剛一 変革はまず、綿織物工業の「紡糸」工程であいついでおこなわれた、二つの発明を起点としては匕まった。一
つは織布エジェイムズー（Ｉグリーヴズが発明した［ジェニー紡績機］で、これはまず比較的小規模なマニュファク
チャーや家内工業のなかにどんどん普及し、改良による大規模化に伴ってしだいに「工場」の姿をとるようになった。
いま一つはリチャードーアークライトが前記ポールＨワイヤットの構想の線にそって新たに組みたてたうｗ刻肌町
齠ご（ウォーター・フレイム）で、一挙に大紡績「工場」を出現させ以。ついで七〇年代の末には織布エサミュエルーク
ラムプトッが前者に後者の長所を加えて「ミュール紡績機」を発明、さらに十九世紀に入ってのちもそれぞれに改良
がなされた。このような「紡糸」生産力の上昇はこんどは逆に「織布」工程の遅れをつくりだし、それに刺戟されて
一七八五年に牧師エドモンドーカートライトが発明した「力織機」は、さまざまな改良をほどこされつつ、十九世紀
前半にどんどん普及していった。こうして綿織物工業は毛織物工業を抜いて指導的産業の地位につくことになるが、
同じ変革の過程が、やや遅れをみせながらも、あの毛織物工業をもつかみとるにいたったことは、いうまでもない。
＊ このアークライトの「水力紡績機」の構想は、時計エ（それは初期の技師を意味する）ジ’ンーケイを使って、トマスー（イズ
の着想を盗用したものだといわれている。ただし、アークライトはこれをみごとに経営的に実現したのであり、イギリスでは
これによってはじめて、純綿織物製造用の縦糸を製造することができるようになったことは、前述のとおりである。
＊＊ 以上については、小松芳喬、前掲書、五八一七一頁、中川敬一郎「イギリス綿業における工場制度の成立」「経済学論集」二
○の四Ｉ五ｍａｉｎｏｕｘ｢ ｏｐ. ａｔ.｢
ｐｐ. ｘｘｕ-Ｓｆ ■ Ｗａｄｓ wｏｒｔｈ
ａｎｄ Ｍａｎｎ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢ Ｃｈａｐ. ２１-３を参照。
求@以上のような諸「工場」はなお十八世紀の九〇年代までは、初期の動力機ともいうべき伝来の「水車」を、ま
た「馬力」をさえも用いていたが、作業機の顕著な発達はおのずから一層すぐれた動力機や伝導機構を要求するよう
になっていた。。そして、それを充たしたのがあのジェイムズーウォットによる「蒸気機関」の発明であった。ウォッ
トは従来炭坑の揚水用に用いられていたニューコメンの「蒸気機関」（一七一一年発明）の改良から出発して独自の「蒸
気機関」を発明し、さらに、マシュー・ボウルトンとの共同企業を基盤に、ピストンの往復運動を回転運動に変えう
る強力な「複動式機関」を完成して、一七八一年に特許をえた。この発明がその後「工場」制度の発達にとって巨大
な推進力となったことはいうまでもないが、さらにそれはロバートーフルトンによる蒸気船の建造（一八〇七年）やジ
ョージースティーヴッスッによる蒸気機関車の完成（一八二五年）となり、交通手段の革命をもたらしたことは周知の
とおりである。ところで、以上のような「機械」（作業機−伝導機構−動力機）の発達は「機械」を製造する「機械」と
「工場」を要求したし、またその実現を可能にした。まず、ウォットの協力者ジョンーウィルキンスンの「中刳盤」
の発明（一七七四年）にはじまって、一七九八年にはヘンリー・モーズリーによる「送り台付旋盤」の発明とつづき、
一八三九年のジェイムズーネイズミスによる「蒸気鎚」の発明にいたって、近代重工業の礎石をなす「機械工作工場」
の根幹ができ上った。さらに、以上のような「機械」と「工場」の発達は、さきにもふれておいたように、エイブラ
（ムーダービー父子たち以来の伝統をもつ製鉄業日炭坑業を背景としておこなわれたのであるが、それらの発展をい
っそう推し進めるにいたったことももちろんである。製鉄業はベンジャミンー（ンツマンによる「坩堝鋼」製造（十
八世紀中葉）やヘンリー・コートの「攪煉法」やローラー使用による棒鉄製造（一七八四年）によって、炭坑業は前述の
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第２章 産業資本の形成
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「蒸気機関」による揚水をは匕め、通風法の考察や安全燈の発明（一八一五年）などによって、技術的な裏づけをあた
えられながら成長し、とくに十九世紀の二〇年代末からは、いわゆる鉄道時代の開始とともに、顕著な発達を示すよ
うになる。
＊ 小松芳喬、前掲書、一一四−九頁° Ｍａｎｔｏｕｘ｢
ｏｐ. ｃｉｔ.｢ Ｐａｒｔ ＩＩ｢ Ｃｈａｐ. ４
; Ｅ. Roll｢ Ａｎ Ｅａｒｌｙ Ｅｘｐｅｒｉｍｅｎｔ
ｉｎ Ｉｎｄｕｓｔｒｉａｌ Ｏｒｇａｎｉ-
ｚａｔｉｏｎ｢ ｂｅｉｎｇ ａ Hiｓｔｏｒｙ
ｏｆ ｔｈｅ Ｆｉｒm ｏｆ Ｂｏｕｌｔｅｎ １７７５-１８０５｢ １９３０などをみよ。
＊＊ 小松芳喬、前掲書、一〇八−九頁。Ｃｌａｐｈａｍ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢
Ｉ｢ Ｃｈａｐ. Ｖ｢ ｘ ; Ｍａｎｔｏｕｘ｢
ｏｐ. ｃｉｔ.｢ ｐｐ. ３０４ ｆt.
＊＊＊ 小松芳喬、前掲書、第五−六章。Ｃｌａｐｈａｍ｢ ｉｂｉｄ.; Ｍａｎｔｏｕｘ｢ ｏｐ. ｃｉｔ.｢ Ｐａｒｔ
ＩＩ｢ Ｃｈａｐ. ３.
ともあれ、イギリスでは、このようにして一七六〇年代に綿織物工業、とくにその「紡糸」工程からは匕まった「機
械」への移行と「工場」建設のいきおいは、前述のような客観的諸条件の成熟に掩護されて、紡糸工程↓織布工程、
繊維工業↓鉄鋼業、作業機↓動力機というようないわば連鎖反応をよびおこしつつ、他の重要な産業諸部門へ嵐のよ
うに波及していった。このことは、さしあたって、マニュファクチャーでは一つの個別資本のもとに包摂されていた
さまざまの部分諸工程を別々の経営に分裂させ（いわゆる経営の特化）、こうしてさまざまな独立の産業諸部門を新し
くつくりだしつつ、社会的分業のいち匕るしい深まりをよびおこした。しかし、もちろん、それのみに止まらなかっ
た。「機械」なる優秀な技術とそれにもとづく「工場」制度という基礎をえた産業資本は、いまや圧倒的な競争力にも
のをいわせて、マニュファクチャーをは匕め、さまざまな古い生産諸形態の徹底的な没落をひきおこすにいたった。
いままでマニュファクチャーは、「中産的生産者層」の両極分解のうちから現われ、それを推し進めるものでありなが
ら、しかも、前述のように、その技術的基礎の狭隘さのために両極分解を徹底することができないばかりか、かえっ
てある程度まで小生産者層をみずからの存立の基盤として再生産しさえした。したがって、マニュファクチャーは社
会的生産を全面的にとらえることができず、むしろ、つねに多かれ少なかれ「中産的生産者層」の広汎な展開を背景
として、その上に聳立するという姿をとっていた。ところが、「機械」のうえに立つ「工場」制度はもはやそうした狭
隘な技術的基礎から完全に解放されており、「中産的生産者層」の背景などをなんら必要としなくなってしまった。こ
うして、「産業革命」はたんに技術の変革や経営形態の推転というだけではなく、「中産的生産者層」の完全な両極分
解による産業資本の全面的な形成、生産様式としての資本主義の機構的完成、つまり資本主義の発達（＝資本の原始蓄
積）過程の完了をも意味することとなったのである。
＊ 前出、匸一三−四頁、マルクス『資本論』第一部、第十二章「分業とマニュフ″クチャー」とくに第四―五節を参照。
＊＊ 「産業革命」を、たんなる技術的変革や経営形態推転の過程に解消するような見解には賛成することはできない。そうした立
場にたつならば、資本主義発達史上における「産業革命」の地位や意味を理解しえないばかりか、「産業革命」の始期や終期
さえもほとんど確定することができないであろう。拙稿「産業革命と資本主義」『現代史講座』六、「著作集」第五巻Y所収、を
参照。
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以上のような技術的変革と、その帰結たる両極Ｘ の最終的なヽ程は、いわゆるマニュファクチャー期の二世紀に
わたる発達の速度に比べれば、きわめて急速なものであった。この点は、すでに強調したとおりである。しかし、「機
械」と「工場」制度はもちろんあらゆる産業諸部門を同時に、しかも短期間につかみとってしまったわけではない。
むしろ、前述したように、紡績↓織布、軽工業↓重工業、というふうに一部門から他部門へと連鎖反応的に広がって
いったのであり、しかもその速度も産業部門ごとに、技術的な制約や社会的な諸事情−たとえば小生産者層や賃銀
労働者層の反抗−によってきわめてまちまちであった。なかには古い生産諸形態が、いわゆる「近代的マニュファ
クチャー」や「近代的家内労働」の姿で、かなり長期にわたって残存した部門もあった。こうした不均等なまたジグザ
グな「産業革命」の進行過程は、いまや賃銀労働者の方向に終局的に分解されていく「中産的生産者層」の社会的苦
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第２章 産業資本の形成
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悩を倍加かつ慢性化させる結果となった。 とくにマニュファクチャＩ期を通じて国民的産業の、したがって「中産的 ２
生産者層」の背骨をＩ形づくってきた「織布エたちの徐々たる゛数十年の長きにわたった゜ついに一八三八年に完結し 14
た・破滅以上に怖ろしい光景は世界史上にみあたらない」（マルクス）とさえいわれている。そうした点で、やや異な
る評価があ。るにもせよ、「産業革命」はすぐれて社会的罪悪と悲劇の一時期たる様相を呈するにいたったのである。と
もあれ、「中産的生産者層」はこうした両極分解とその周辺に現われるさまざまな原始蓄積の諸過程、とりわけ「産業
革命」と並行して展開された第二次「囲い込み」運動の波浪のなかで基本的に消失し、その大部分は賃銀労働者の群
を形づくるようになっていく。「産業革命」は「生産過程の物質的諸条件および社会的結合とともに、生産過程の資本
主義的形態の諸矛盾および諸敵対を成熟させ」（マルクス）、それとともに、マニュファクチャー期の労働者に多かれ少
なかれつきまとっていた小ブルジョア的性格（および利害）は消失して、賃銀労働者群はいまや押しも押されぬ近代的
プロレタリアートの相貌をとるにいたった。しかし、これらの点については、次章で改めて論及しなければならない。
それはともあれ、「産業革命」はこのようにして「中産的生産者層」を基本的に分解しつくすことによって終了する。
そしてその時期は、工場立法が本格的にうちだされる一八四〇年代とみてほぼまちがいないであろう。ただ、いま一
つ指摘しておくならば、この「産業革命」という「中産的生産者層」分解の最終的局面においてさえ、たとえば「水
力紡績機」のような巨大作業機の突如とした出現よりは、ジェニーやミュールのように、「農村」の中小生産者のなか
に広くかつ深く滲透していくようなタイプの作業機の方が、結局真に革命的な影響を招来したという事実からでもわ
かるように、「農村工業」を基盤とする「中産的生産者層」の両極分解、そうした資本主義発達の基本線が明らかに貫
徹されていたのである。
＊ マルクス「資本論」、第一部、第十三章「機械と大工業」第八節。念のため一言しておくと、「近代的」マニ’フ″クチ″―と
か「近代的」家内労働は、マニュフ″クチ″Ｉや家内労働の内部になにがしか「機械」が採用されは匕めたというようなもの
ではない。それならば、単に「工場」への過渡形態を意味するにすぎない。そうではなくて、「工場」制度が支配的であるよう
な客観的諸条件のもとにおかれた「マニュファクチャー」や「家内労働」が、もはや産業革命期以前のように相対的余剰価値
の生産（＝分業にもとづく協業によって労働の生産性を上げること）への努力を放擲して、もっぱら絶対的余剰価値の生産（＝
労働時間の延長および労働密度の強化）の方向に集中し、それによ’つて「工場」制度に対抗し競争しようとする、そうした事実
がここでは「近代的」とよばれているのである。〔追記・むしろ「現代ふうの」とでも訳すべきであろうか。〕
＊＊ マルクス『資本論』第一部、第十三章「機械と大工業」、第五節、および、アシ’トン、中川敬一郎訳『産業革命』第四、六
’章、小松芳喬、前掲書、第十一章、とくに二〇四−六頁。
＊＊＊ 前出、八をみよ。その他さしあたって小松芳喬、前掲書、第十三章、Ｍａｎtｏｕｘ｢ ｏｐ. ciｔＰａｒｔ
Ｉ｢ Ｃｈａｐ. ３; Ａ. Ｈ. Ｊｏｈｎｓｏｎ｢
Diｓａｐｐｅａｒａｎｃｅ ｏｆ ｔｈｅ ｓｍａｌｌ
Ｌａｎｄｏwｎｅｒ｢ １９０９｢ Ｃｈａｐ. ＶＩぶを参照。
＊＊＊＊ Ｌr. Ｌ>｡ ｒｌ. Ｃｏｌｅ｢
Ａ ｏｈｏｒｔ Hiｓｔｏｒｙ ｏｆ ｔｈｅ
Ｂｒiｔiｓｈ Woｒｋｉｎｇ Ｃｌａｓｓ Moｖｅｍｅｎｔ｢ １９２７｢１（コール、林・河上・嘉治訳（イギリス
労働運動史ＪＩ）、およびＤｏ.｢ ｉｎｔｒｏｄｕｃｔｉｏｎ ｔｏ
Ｅｃｏｎｏｍｉｃ Hiｓｔｏｒｙ １７５９-１９５０（コール、渡辺誠毅・三宅正也訳「経済史序説」）巻
末の年表を参照せよ。
＊＊＊＊＊ 中川敬一郎「イギリス綿業における工場制度の成立」『経済学論集』二〇の四Ｉ五、とくにその‥［‥、五五頁、をみよ。
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