保存と改革を同時に行うということは，以上とはまったく別の事柄です。旧い制度の有益な部分が依然維持されており，しかも，付加されたものが保存されているものに旨く適合しそうな時こそ，溌刺たる精神，着実で忍耐強い注意力，比較総合する様々の力，機略に富んだ判断力が繰り出す諸手段等々が発揮される時なのです。それらは，相対立する諸悪が結合した力との間の絶えざる戦いの中で，発揮されます。また，あらゆる改良を拒否する頑なさ，自己の所有物すべてに倦み果て嫌悪を感じている移り気等との戦いの中で発揮されます。しかし，貴方がたはこう抗議するかも知れません。いわく，「この種の進め方では遅い。幾時代にもわたる筈の仕事を数ヵ月にして遂行するという光栄ある議会にとって，それは相応しくない。そうした改革の仕方では恐らくは多年を必要とするのではないだろうか。」疑なくその通りでしょちし，またそうあるべきです。その作用が緩慢で，場合によっては殆どそれと認識できないのは，時間を助け手とする方法が卓越している所以の一つです。もしも，生命を持たない物質に働きかける場合においてすら，状況への細心の注意や用心が智恵の一部をなすのであれば，ましてや，破壊と建設の主題が煉瓦や材木ではなくて有情の存在であり，しかもその状態や境遇や慣習などを突然に変更すれば多数の人間が不幸になり兼ねないといった場合には，そうした注意深さは間違いなく義務の一部ともなるのです。しかしパリで支配的な考え方は，無感覚な心と疑を持たぬ信じ易さとを以て完壁な立法者たる唯一の資格としているかのようです。しかし，それほど高貴な職務についての私の観念は，著しく異なります。真の立法者は感受性に満ち満ちた心を持たねばなりません。彼は人類同胞を敬愛し，自己自身を怖れねばなりません。彼が自分の終局目標を直観的一瞥で把握するのは，気質としては許されることでしょうが，それに向う彼の運動は慎重でなければなりません。政治上の諸措置とは，社会的目的を目ざす作業なのですから，社会的手段によってのみ遂行されなければなりません。そこでは精神と精神とが相共に息づいていなければなりません。我々が目標とする善をもたらし得る唯一のものたるそうした精神の一致を生み出すには，時間が必要なのです。我々の忍耐は，我々の力以上のことを成し遂げてくれるでしょう。仮にも私が，パリではひどく流行遅れになってしまったものに――つまり経験に――訴えても良いのであれば，私は貴方にこう申し上げたいと思います。即ち，私は自分のこれまでの道で偉大な人々の知己を得ましたし，私なりの方法で彼らと協力もしてきました。しかもその私にしてなお，当該問題を指導した人物よりも判断力において遥かに劣る人々の観察によって修正の手が加えられなかった如何なる計画も，未だかつて見たことが無いのです。緩慢ではあってもしっかりと支えられた進歩から，一歩一歩の結果は看て取ることができるものです。最初の段階の成功または失敗が，第二段階で我々を照らします。こうして，光から光へと，我々は全過程を通じて安全に導かれて行きます。我々は体系の諸要素が相互に衝突しないのを知ります。極めて有望な方策にも内在する害毒に対しては，発生と共に手が打たれます。一つの利点が他のそれの犠牲になることは及ぶ限り少くされます。我々は補い，調整し，均衡をとります。そして，人間の精神や事象の中に見出される様々な異常性や，相互に矛盾する諸原理などを，調和した全体へと結合させることが可能になります。ここから，単純さにおける卓越性ではなく，それより遥かに優ったもの，則ら配合における卓越性が生れて来るのです。人類の重大利害が，幾世代にもわたり長く継承されながら問題となっている場合，それら利害にさ程まで深い影響与える諸議会においては，そうした継承という側面からの発言も幾らか認められて然るべきです。これは正義の要求するところですが，そればかりか，その仕事自体が，単一の時代では供給できない程の多くの精神の援助を要求するのです。事物についてのこうした見方の故に，最善の立法者達は，屡々，何らか確実堅固な主要原理――ある種の哲学者達が所産的性質と呼んだものにも似た権力――を統治機構の中に確立することで以て満足しました。彼らは，まずその原理を確定しておき，後はその原理自身の作用に委ねたのでした。
私にとっては，こうした仕方で進んで行くこと，即ち指導原理と豊かな行動力を持って進んで行くことこそ，深遠な智恵を測る規準です。貴方がたの政治家達が，大胆で勇敢な才能の印と考えているものは，実は嘆かわしい能力欠如の証明にしか過ぎません。己が粗暴な性急さや自然過程の無視のため，彼らは，投機屋や山師や煉金術師や燕医者などが出てくる度毎に，盲目的にその言いなりになってしまいます。彼らは，普通の事柄は何でも利用できないものと諦めているのです。彼らの治療法体系の中では食餌療法は無視されています。しかし中でも最も悪いことは，彼らが普通の方法で普通の病気を治すのをかくも見限っているのは，単に理解力の欠陥に起因しているのではなくて，何か底意地の悪い性質によるのではないかと疑われることです。貴方がたの立法者は，あらゆる知的職業，高い身分，公的地位などについての自分の意見を，諷刺屋共の喚き声や戯声を借りて形成して来たようです。しかしこの詞刺屋共自身，自分の言葉に一字一句責任を持たされるとなれば驚愕するに違いありません。こうした声だけに耳を傾けることによって，貴方がたの指導者達は，すべての事柄をただ悪徳や誤謬という側面からだけ見てしまいます。しかもそれらの悪徳や誤謬を，あらゆる誇張した色合いで見るのです。しかし，逆説とも聞えましょうが，一般的には，誤謬を見つけて見せびらかすのを晋わしとする人間というものは，改革の仕事には堪えません。これは疑もなく真実です。というのも，彼らの精神は，公正で善なる事柄を認識するための鋳型を具えていないばかりか，習性によって，そうした公正で善なる事柄を眺めることに何ら歓びを感じないようになっているからです。彼らは悪徳を憎むの余り，人間を愛することが余りにも少〈なっています。とするならば，その彼らに，人間に奉仕する気も無ければ能力も無いのは驚くに当りません。貴方がたの一部の案内人は何でも粉砕してしまう体質的傾向を持っていますが，その傾向はここから来ているのです。この底意地悪い遊びをする時，彼らはその四つ足動物的な活動のすべてを示します。そうした遊び以外の場合はどうかといえば，己が才能を験し，耳目を敍たせ，驚きを与えるための純粋な空想の戯れとして言われた雄弁な著作者の逆説も，この紳士連中の手にかかると，趣味を涵養し文体を磨くための手段という，最初の著者の精神とは別の風に解釈されてしまいます。彼らにあっては，こうした逆説が本気で行動の基礎とされ，彼らはそれに立脚して国家の最重要利害を規制しようとかかるのです。キケロは，カトーが，ストア哲学を学んでいる年少の生徒達の機智訓練に用いられた学校向け逆説に立脚して国家活動を遂行しようと試みた，と軽蔑的に述べています。もしもカト−にして撚りとすれば，この紳士連中は，カト−のほぼ同時代人たるある種類の人間同様の態度で，カトーを引き写しにしていることになります。まさに「裸足ノかとーヲ」です。ヒューム氏は私に向って，かつてルソー自身から制作原理の秘密を聞いたと語りました。奇矯でしたが同時に鋭かったあの観察者は，読者を印象づけ関心を抱かせるためには，まずはあり得ぬ程の驚異を生み出さねばならないことを理解していました。また，異教神話の驚異がその効力を失ってから既に久しく，それに続く巨人や魔術師や妖精や伝説的英雄なども，それぞれの時代なりの信じ易さの心を消尽してしまったことも判っていました。更にまた，依然創出可能かも知れず，しかも方法こそ異れ昔と同様効果のある驚異として現代の著作家に残されているものといえば，今や，政治や道徳の世界で新しい予期せざる打撃を惹き起す程の，生活や習俗や性格や異常事態などにおける驚異だけである，ということも理解していました。もしも今もってルソーが生存し，しかも間歌的にあった彼の明澄な時期のどれかにでも当っていたとするならば，彼の学徒達――その逆説においてルソーの奴隷的な摸倣者であり，不信仰者たることにおいてすらルソーへの暗黙の信仰が露見する手合――が現実行動で示している狂乱に衝撃を受けたことであろう，と私は信ずる者です。
重大な事柄を企てる人間は，たとえ在り来たりの方法を用いる場合でも，能力を推定させる根拠を我々に示さねばなりません。ましてや，病気を癒やすだけでは満足せず，国制の再生までも企てる国家の医師たる者は，並み並みならぬ力量を示すべきです。如何なる慣行にも訴えず如何なる手本をも写そうとしない人々の計画には，何らか非凡極まる智恵の相貌が自ずと現れていなければなりません。しかしそうした何物かが示されたでしょうか。以下私は国民議会の行ってきたことを概観することにします（それでも問題との均合いからいえば真に短いものです）。この概観は，まず第一に立法部の構成について，次に執行部，更に司法部について，その後に軍隊の様式について行い，そして財政組織で以て結論とする積りですが．それを通して私は，彼らの計画のどこかの部分にでも，驚異的能力が発見できるかどうかを検討してみたいと思います。もしそれが見出されるのであれば，これら大胆な計画家運が人類に対して有すると称する卓越性も正当化されることになるでしょう。