憲法

◎

　日本国憲法前文が，具体的な争訟における裁判所の判断につき直接の準拠となる規範としての性格（裁判規範性）を有するか否かについて，これを肯定する見解（肯定説）と否定する見解（否定説）がある。これらの見解に関する次のＡからＥまでの記述のうち，誤っているものを組み合わせたものは，後記１から５までのうちどれか。

Ａ

　憲法本文にも裁判規範性を有しない規定があるという見解は，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。

Ｂ

　前文が根本規範であり，そこに憲法改正の限界が示されているという見解は，前文に法規範性を認めるものであるが，必ずしも肯定説を帰結するものではない。

Ｃ

　否定説によれば，憲法本文は前文の内容をすべて具体化しているのであるから，裁判所は，憲法本文の各規定を解釈する際に，憲法前文の趣旨をよりどころとすることはできない。

Ｄ

　前文は，憲法の理念・基本原則を宣言したものであると理解することは，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。

Ｅ

　いわゆる平和的生存権の裁判規範性を認める立場は，否定説からは導かれない。

　１　ＡＣ　　　　　　２　ＢＤ　　　　　　３×ＣＥ　　　　　　４　ＤＡ　　　　　　５　ＥＢ

◎	日本国憲法前文が，具体的な争訟における裁判所の判断につき直接の準拠となる規範としての性格（裁判規範性）を有するか否かについて，これを肯定する見解（肯定説）と否定する見解（否定説）がある。これらの見解に関する次のＡからＥまでの記述のうち，誤っているものを組み合わせたものは，後記１から５までのうちどれか。 (1110) 【】 * * ** *　日本国憲法の前文が裁判規範性（「それ自身直接に具体的な争訟の準拠となり，裁判所によって執行される規範」（芦部・憲法学工P 211))を有するか否かについては肯定説，否定説とが対立している。両説の論拠をまとめると以下のようになる（野中他・憲法I P 70以下参照匸法的規範性を有するか？肯定説否定説 ∵前文は，国民主権主義,人権尊重主義,平和主義という憲法の理念･基本原則を宣言したもの前文は政治的宣言にすぎない裁判規範性を有するか？肯定説否定説否定説 ∵法的規範性がない以上，裁判規範でもない ∵①前文と本文の規定の抽象性の相違は相対的なものにとどまる。　②比較法的にも，フランスなどでは肯定されているo 　③現実に認める必要性かおる (平和的生存権等)。 ∵①前文は憲法の理想・原則を抽象的に宣明したものであり具体性に欠ける。　②前文の内容はすべて本文の各条項に具体化されている。　③本文の各条項に欠陥があるとは考えられない。*
Ａ	憲法本文にも裁判規範性を有しない規定があるという見解は，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。正しい。 (1110A) 《》憲法本文にも裁判規範性を有しない規定があるという見解は，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。 (1110A) 《》 ※←　「憲法本文にも裁判規範性を有しない規定がある」とすれば，「前文についても，裁判規範性を有すると解する必然性はない」ということにもなり，否定説の立場とは矛盾しない。問題は肯定説の立場との関係である。仮に，肯定説が［憲法の規定はすべて裁判規範性を有する。したがって，前文も裁判規範性を有する］という流れで前文の裁判規範性を肯定するのであれば，裁判規範性を有しない規定があるとする見解とは矛盾することにもなろう。しかし，実際にはノ肯定説はそのような理由付けはしておらず,前文の内容（国民主権，基本的人権の尊重，平和主義）の重要性や本文規定の不備等に着目して裁判規範性を肯定しているものと思われる。そこで，憲法本文に裁判規範性を有しない規定があるとしても，結論には影響しない。とすれば,肯定説の立場とも矛盾しない。（憲法条）。（最判昭）。*
Ｂ	前文が根本規範であり，そこに憲法改正の限界が示されているという見解は，前文に法規範性を認めるものであるが，必ずしも肯定説を帰結するものではない。正しい。 (1110B) 《》前文が根本規範であり，そこに憲法改正の限界が示されているという見解は，前文に法規範性を認めるものであるが，必ずしも肯定説を帰結するものではない。 (1110B) 《》 ※←　裁判規範性は，法的規範性の存在を前提としたうえで，［さらにその条項を直接の根拠として裁判所に救済を求められるか］否かを問題とするものである。それゆえ，前提としての法的規範性が肯定されたからといって，当然に裁判規範性を肯定する見解が帰結されるわけではなく，文言の抽象性等を理由に裁判規範性を否定する余地もある。（憲法条）。（最判昭）。*
Ｃ	否定説によれば，憲法本文は前文の内容をすべて具体化しているのであるから，裁判所は，憲法本文の各規定を解釈する際に，憲法前文の趣旨をよりどころとすることはできない。誤り。 (1110C) 《》否定説によれば，憲法本文は前文の内容をすべて具体化しているのであるから，裁判所は，憲法本文の各規定を解釈する際に，憲法前文の趣旨をよりどころとすることはできない。 (1110C) 《》 ※←　否定説の中には，裁判規範性を否定する理由として，「前文の内容はすべて本文で具体化されているのであるから，敢えて前文を直接の根拠に裁判所の救済を求めさせる必要はない」旨述べるものもある。しかし，本文を直接の根拠として裁判所の救済が求められた場合に，本文の規定を解釈する指針として前文の趣旨を用いることまで否定しているわけではない。（憲法条）。（最判昭）。*
Ｄ	前文は，憲法の理念・基本原則を宣言したものであると理解することは，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。正しい。 (1110D) 《》前文は，憲法の理念・基本原則を宣言したものであると理解することは，否定説・肯定説のいずれの立場とも矛盾しない。 (1110D) 《》 ※←　前文が，憲法の理念・基本原則を宣言したものであると理解した場合，どちらかといえば法的規範性は肯定されやすくなる。しかし，Ｂの解説でも述べたとおり，法的規範性があるからといって必然的に裁判規範性の有無が決まるわけではない。とすれば，本肢の記述が法的規範性の有無の理解に影響を与えるとしても，裁判規範性の有無の問題には影響を与えず，いずれの立場とも矛盾しない。（憲法条）。（最判昭）。*
Ｅ	いわゆる平和的生存権の裁判規範性を認める立場は，否定説からは導かれない。誤り。 (1110E) 《》いわゆる平和的生存権の裁判規範性を認める立場は，否定説からは導かれない。 (1110E) 《》 ※←　平和的生存権の根拠を前文にしか求められないというのであれば，前文の裁判規範性を否定する見解からは平和的生存権の裁判規範性も認められないことになる。しかし，平和的生存権の根拠を９条や13条に求める見解もあり，これを前提とすると，前文の裁判規範性の有無とは関係なく，（９条や13条の裁判規範性の有無に応じて）平和的生存権の裁判規範性の有無が決まることになる。とすれば，前文の裁判規範性否定から平和的生存権の裁判規範性否定が当然に導かれるわけではない。（憲法条）。（最判昭）。*
	１　ＡＣ　　　　　　２　ＢＤ　　　　　　３×ＣＥ　　　　　　４　ＤＡ　　　　　　５　ＥＢ